12.<ハルリンドはマイナス思考>
学校の実習における実地試験の結果は、芳しかった。
その当日、偶然仕事でその場に登場したシルヴァスを含め、伯爵邸でお茶を飲みながらの『お疲れ様談話』をしていたが…。
話がなぜか飛躍した。
シルヴァスの一言により、自分を冥界社交界に出すということで、後半の会話が盛り上がったのだ。
フォルテナ伯爵の屋敷でお世話になっているとはいえ、人生の大半はちょっとリッチな人間の庶民暮らししかしていない自分。
貴族なんてものの世界に正式に顔を出すのは、どうも現実味が無いし…。
そもそも、いずれ現人神として人間界で仕事をするのに、冥界の貴族スキルや人脈が必要なのか…?
昨日は早速、ステラに連れ回されて、ドレスから靴から髪飾りから…略、あらゆる貴族令嬢っぽい品物を買い足してきた…。
思わず『もったいない』と口から出そうになる。
18歳になって自立することになったら、人間界へ行く。
神様系の社会において、片親の出身世界には、そこに住む住まない関係なく、存在権・移住権を持っているものだ。
だが冥界出身であろうとされている母の出自が明らかになっていないのに、人間界で『現人神』を始める私が冥界の存在権(利)をもらえるのだろうか?
一応、冥界神としての適正があった為、冥界の孤児院に移されたのではあるが…。
お世話なった伯爵家と縁があるのも、普通の養子縁組とは違い、18歳までだし。
フォルテナ家に引き取られた日に、アスター様から何度も念を押されている。
冥界の伯爵家が後見している間なら、冥界に出入りが自由だが、縁が切れればフォルテナ家を通しての冥界との接点は無くなるような気がする…。
はっきり冥界人だという証明がないのだから、自分は冥界人(神)とは認められないかもしれない。
法律の事はよくわからない…。
ステラには、屋敷を出ても会いに行くと言ってしまっていたが、もし冥界に自由に出入りする資格が得られなければ、通行証やパスポートを取らなければならない。
それはわかる。
そうなると、審査の手間やお金もかかるので、自立してすぐに会いに行くのは無理だろう。
まずは自分の暮らしを安定させる必要がある。
それには時間がかかるのだ。
疑問は色々あるが、どうしてもステラや屋敷の者に聞くことができなかった。
だってもし…。
「そうですよ。自立をするようになったら、縁が切れるんですから、こちらには自由に来れなくなってしまいますね。お元気で。」
などと、言われてしまったらどうしようと思ってしまうのだ。
そんなことは多分、誰も言う筈ないのに、孤児院での孤独な日々を思い出すと怖くなってしまう。
親切にしてもらえるのは、お屋敷にいる間だけではないかと。
アスター様に言われて仕方なく、皆が面倒を看てくれているのではないか?
期限が切れたら、また自分はいらない子。
一人ぼっちに戻ってしまうのでは…と。
自分の中の人間の部分なんだろう…頭の中でぐるぐる、良くないことを考えてしまう。
最初は、『絵本の世界に迷い込んだとでも思い楽しむことにしよう』…くらいの気持ちでいたのに。
…と、ハルは学校の同級生達に相談していた。
「大丈夫だよ!マイナス思考だなー、そんなことないって。」
明るくマリエルさんが私を励ましてくれた。
今日も燃えるような蒼い髪がピカ一の存在感を醸し出している。
「あなたのあの実習での仕事ぶりを知ったら、誰もそんな風には思いませんわ!むしろ、手放したくなくなっている筈です…。(冥界なら尚更ほしい人材でしょ?)あなたのお陰もあり、私たちクラス全員、試験結果が高得点でした♡クラス責任!団体評価!万歳!!」
委員長もそう言ってくれた。
(最後の方は意味が分からない言語だったけど…。)
「問題ないじゃん?人間界で暮らしたって、ハルには私達がいるから一人になんかならないよ!何なら、うちに住んでもいいよ。私、一応、当主だし両親もいないから気も使わないで平気!」
緑ちゃんが嬉しい事を言ってくれる。
着物を着ていて、腕が無くて、金の髪の緑の瞳で、子供みたいな外見で…今、当主って言ってたけど?
一見何も考えてなさそうに見えて、頼もしくもある瞬間がある…彼女は不思議な現人神だった。
「まあ、なんだ…。そういった疑問を含めてさ、とりあえず担任にまずは相談してみないか?」
弁天さんが提案してくれる。
『そのまま授業がつぶれるかも…だし』
小声でなんか付け加えていたのが聞こえるが…。
月城さんが、
「弁天の不純な動機からの提案は置いといて、確かにハルはこのままいくと、皆より早く就職活動をしなければならないから、担任に色々話しとくのはいいと思うよ。」
と、後押しをした。
誕生日が来てからと思っていたけど…。
「何事も先手必勝。担任には、遠慮なく相談した方が良いでしょう。遅くて困ったことになることはあるかもしれませんが、早くことを起こして損することはあまりないと思います。」
弥勒さんが諭すように口を添える。
事の成り行きを見守っていたザキエルさんや皆が同じ意見だと視線を送ってきた。
頼もしいR組の現人神さん達に勇気づけられて、私はオグマ先生の所に足を運ぶ事にした。
人懐っこい緑ちゃんが、どうやらお供してくれるようだ。
そういう時、緑ちゃんは全く子供っぽく接してくる。
それがこちらを本当にリラックスさせてくれるのだ。
「ねえねえ~、ハルリンド。私が職員室のドア、トントンしたいんだけど、手が無いと出来ないから『失礼します』っていっていい~?」
無邪気にいい顔を向けてくる。
「勿論!私、いつも声出すの緊張しちゃうから、助かるわ。」
私もつい、笑顔を向ける。
現人神さん達は、本当に優しい。
ハルの心はほんわり暖かくなるのだった。




