11.アステリオスの心情<心は既に後悔の嵐>+(ちょっとだけ)ステラ&ハルの心情
結局、ハルの人間界での実地試験の話に始まり、今後の彼女について、尽きることなく話をしていると、夕飯の時間も過ぎ、更にシルヴァスの積もる話で、また会話が弾んでしまった。
「もう、結構遅い時間になるのではないか?」
ようやく一区切りついたところで、アスターが時計に目をやる。
「さて、ハルの社交界入りの話も纏まったことだし…シルヴァス、今日はもう遅いから、泊っていくか?」
「そうさせてもらえると嬉しいな。明日は早いから、ここから出勤させてもらうと助かる。ご迷惑でなければ…だけどね。」
シルヴァスはチラリと執事の方を伺う。
ホルドはにこやかに、微笑んだ。
ハルの社交界入りを主人に勧めたシルヴァスはお手柄である。
「迷惑だなんて、アスター様のご親友であるお方の滞在は大歓迎でございますよ。」
『ホルド…いつにも増した歓迎だな。』
と、アスターとシルヴァスが顔を密かに見合わせた。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
シルヴァスがそういうと、ホルドに部屋を案内され、退出していった。
「アスター様、私もそろそろ遅いから、部屋に下がらせてもらいますね。」
ハルがアスターに声をかけた。
「それと実習に付き合っていただいて、本当にありがとうございました。あの、人間界での初日もアスター様のお陰で楽しかったし、保護者として補佐役までやっていただいて、本当にお兄さんができたみたいで嬉しかったです。」
満面の笑顔でハルがこちらを見ると、それはもう一斉に花が開いたように見える。
アスターは固まった。
どうしてか、じっと彼女を見つめ微動だにしない。
「えっと、あのぅ…?」
返事が無いので、ハルが次の言葉をどう紡いだらよいのか、考えあぐねていた。
その姿さえ可愛いと思いながら、アスターはハッとする。
「す、すまん。考え事をしていた!いや、あの、前に約束していたしだな。人間界に一緒に行けて良かった。また機会があればいいな!兄とは光栄だ。コレからも何でも遠慮なく頼ると良いぞ。」
…可愛いってなんだ?
俺、何か変態ぽくないか?
(心の中で『俺』呼びになるアスター)
一人ツッコミをするアスターを横に、ハルがまた、ふわりと笑んで『おやすみなさい』を言った。
彼女はいつの間にか、こんなに笑顔の似合う娘になっていたのか。
「アスター様が引き取ってくれて、私、感謝してばかりです。」
最後にもう一言添えて、ハルはステラと退出した。
ドアを閉める際にステラは、何となく冷えた目でアスターを一瞥した。
ドアの閉まる音を聞いて、我に返るアスターの頭には、ハルの言葉が反芻していた。
アスターの心に『お兄さん』と呼んだハルの言葉が引っ掛かる。
嬉しい筈の言葉が、不思議と嬉しく感じられない…。
皆を見送って、自分も自室へと足を運びながら考える。
私がハルリンドと名付けた少女は、随分と成長したのだなと。
来たばかりの頃は、悲痛な表情の印象しかなかったが、今日のあの笑んだ顔は何だと思う。
元々美しい顔をしていたが、年頃になってきて、益々女性らしさが増してきたせいか、目を背けることができないのだ。
特に今日、実地試験という名の現人神の任務では、初めて自分らしい容姿を執ることができたという彼女の姿を見て衝撃を受けた。
彼女の性質にあったその姿は、正に戦闘モードにふさわしい女騎士というか、戦いの女神というか…それでいて慈悲深い面差しと透き通るような空気感、優しい紫色のオーラを醸し出していた。
一瞬、アスターは稲妻に打たれたように感じたのだ…。
「美しい。」
そう無意識に心の声がした…。
そして更に驚いたのは、ハルが死霊を鎮めたことだ。
瞬時に作動させた速攻魔法陣は実に見事なものだった。
そしてあれは、立派に冥界の能力だ。
死者をいざなう鎮魂歌。
あの旋律。
そしてあの歌声。
あのタイプの魔法陣や神力は『人』の魂を治める冥界神(人)でも、誰もが使えるわけではない。
元々の才能が必要なのだ。
今回の実習はハルがいなければ、こんなに何事もなく終えることはできなかっただろう…。
まさにハルは現人神としての資格を持っているだけで、どう見ても冥界の者なのである。
正直、人間界で働かせて良いわけがなかった。
そんなのは宝の持ち腐れだ!
そのためには、やはり、社交界デビューさせて、ハルに婚約者を見付けねばならない。
それも冥界人(神)貴族限定で!
明後日の方向に思考を進めていくアスターは、そう考えながらも苛立っていた…。
自分で決めたことなのに、早くもハルを手放さなければならない時が近づいていることに後悔の念を感じる。
もう少し大人になるまで、面倒を看てやりたい。
別に養育書類にチェックを入れたところで、絶対に花嫁にする必要なんて無かったのだから、なぜ自分はあの時、契約にサインをしなかったのだろうか…。
男ならまだしも、18歳やそこらで自立だなんて、無理に決まっている。
ここを出ればすぐに独身神どもが群がってくることは目に見えているのだから。
どうしたって、群がってくる男神どもより、ちゃんと調べて問題のない相手を用意した方がいいに決まっているのだ!
『神様』というのは、その慈悲深さとは裏腹に、ほぼ80パーセント以上の確率で男でも女でも『サド』気質である。
これはもう、どうにも変えられない事実だ。
結婚相手に選びたいのは、ソフトS・ただのS・ハードSの中で、せめて『ソフトS』を選択することだろう…。
期限を設けず、この屋敷に置いてやることができれば、婚約相手だって、もっとゆっくり選定できるのに、私の心が狭かったために18歳までにあわてて誰かを決めねばならなくなってしまった。
何としても見合い相手に当たりを引き当てて、ドSに嫁ぐような事態だけは避けてやらねばならない!
吹き荒れる後悔の中で、アスターはこれからの『自然な紹介』を装いながら、題して見合い計画を練ることにした…。
☆ ☆ ☆
同じ頃、ハルの部屋ではステラがハルの髪を溶かしながら彼女の寝自宅をしていた。
ステラはくどいようだが、すっかり自分に懐いているハルリンドが可愛かった。
もう長い間、この屋敷には女主人も娘もいなかったのだ。
(これまたくどいようだが…)
ようやくできた世話の対象であるハルが直にいなくなってしまうのは、辛い。
それもこれも、主人であるアスター様のせいである。
先程のアスターの様子を見て、心底アスター坊ちゃんには、呆れていた。
可愛いハルリンドが冥界の社交にデビューするのは、楽しみだし喜ばしい…。
その準備は本当に心躍る!
久しぶりに自分にとって、ここ一番の仕事なのだ!
しかし、さっきのハルに惚けていた主人の姿を思い、溜息が出る。
アスター坊ちゃんはご自分がハルお嬢様に見惚れているのにも、気付いていないのだ!
恐らく。。。
ステラには、アスターがハルの笑顔に釘付けになっているように映っていた。
思い込みが激しいアスターなら、きっと恋情すら妹分への愛情の芽生えと勘違いするだろう…。
近いうちに主人は大きな後悔をすることになる筈だ…。
既にアスターが小さな後悔をしているのを知らないステラは思う。
僅かではあるが、ハルを面倒見ながらステラは感じていた。
ハルリンド程、この屋敷にふさわしい女主人候補はいないだろうと…。
美しい容姿に、優しい心、学校での優秀さ、神力の強さ、そして今日聞いていた実地試験での活躍。
どれをとってもそうザラにはいない女性である。
未婚の主人がこれ程の女性を探し出すのは競争率の激しい神・社会ではそう簡単にはいかない。
ハルリンドを引き取ることに至ったのは大変な幸運だったのだ。
それなのに、うちのアスター様ときたら…。
全くこういったことに疎いアスターを思い、再び身もだえしたいほど頭を抱えたい衝動に駆られるのを、ステラは必至でこらえながら、ハルをベッドに誘った。
「ああ、ハル様。ずっとこちらで過ごして下さればいいのに!」
「嬉しいことを言ってくれてありがとう。ステラ、私はいつでもステラに会いに来るからね。」
ハルの全く出て行く気・満々発言を受け、ステラは『ダメだ…アスター様、終わったな』と小さく呟いた。
主人のためを考えれば不本意になるが、明日は早速ハル様のお見合い用のドレスなどを調達する予定だ。
ハル様には店のハシゴをとことんお付き合い願おうと予定を組んでおく…。
☆ ☆ ☆
ハルはベッドに入って今日の事を思い起こしていた。
一日中とても、充実していて、実のある日だったなぁ…と。
それにしても自分には社交界やら舞踏会など縁のないものと思っていたし、まさかそこで異性と出会おうなどとおこがましいことを考えてはいけないのは承知だが…。
ステラを初め、皆が一生懸命になってくれている。
せっかくだから、無理に否定をするのを止めよう。
ここはアスター様の好意に甘えて、絵本の世界に迷い込んだとでも思い、良い思い出を作るために楽しむことにしよう。
それが落ち着いてきたら、いよいよ自立準備のため、オグマ先生に相談して…誕生日を迎えてすぐアルバイトを探すことにしようと計画を練った。
今日保護した…シルヴァスが担当している子が気になる。
許可が出たら、是非会って何か力になりたいと思う。
現人神のアルバイトをすれば、人間界に通うので、そのついでに会いに行きやすくなるだろう。
ハルは色々、思いをはせる。
しかし実習の疲れが溜まっていたのか、しばらくすると睡魔が襲ってきた。
最後にハルの頭に浮かんだのは、人間界で純粋な人間に扮したアスターの姿だった。
「アスター様の人間バージョン、カッコ良かったな…。」
冥界(神)貴族が、アスター様みたいな人ばかりだといいな!
無理な願望を心に浮かべて、ハルの意識は消えた。




