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9.人間界にて③

 実地試験込みの実習内容は、現人神としての簡単な任務体験だ。



とはいえ、それは『本物の任務』である。



学校側から、現人神統括センターにR組生徒達に適した任務を回してもらうように依頼したのだ。

 

今回の任務は通常なら4~5人で事にあたる内容である。


だが学生が(こな)すとなると、全員で行うのが丁度良いだろう。


通常より大人数になるが、R組・総勢9名で、担当別に2人ずつペアを組み、余った1人は動かず指示を出す係に回る。

指示を出すのは委員長である。



 皆を集めて、委員長が任務を再確認する。



 現世で育つ現人神の中には、先祖帰りやハルリンドのように両親の死後、現人神の運営するセンターに保護されることなく、人間の養父母やマッド・チルドレンと呼ばれる神落ちの家系に引き取られてしまう者がいる。


いずれも、本人達に己が現人神であるという自覚が無い場合が多く、隠れ(カクレ)現人神としてセンターには認識される。


そういった隠れ現人神を探し、保護する部隊があるにも関わらず、長年見つけられないで過ごし、ハグレ現人神になってしまう者もいる。


 ここで特に深刻な問題となっているのは、マッド・チルドレンがカクレ現人神やハグレ現人神を独自で見つけ、勝手に婚姻を結んだり、隠れ現人神達を売ったり、利用したりすることだ。



 今回、我々R組に依頼された任務も、マッド・チルドレンが組織を作り、隠れ現人神の少女数名を売買しようとしているという情報を事前にセンターの諜報部が得たことで発生した。


そして、探し当てたとされたアジトの一つに、本日これから侵入。


それを阻止して隠れ現人神・ハグレ現人神を速やかにセンターに保護することが実習課題(任務)だ!



 

 少しマッド・チルドレンについて説明すると、彼らは別名『神の狂った落胤』とも呼ばれ、元々は現人神だった家系の出身者だ。



それが代を重ねるごとに、人間の血が優性になり、神の血が薄まって、神力が無くなって行く。



神の血が30パーセント以下になったところで、それを『肉体の神落ち』と言い、こうした俗にいう神落ち家系は、現人神社会の籍から外される。



だが、いきなり縁を切られるわけではなく、『先祖返り』が現れる可能性を考えて人間として生きながらも、三代目までは現人神統括センターの監視付きで、『特例籍』に置いてもらえる。


その間、特に現人神とされる者が現れない場合、子孫は完全に『人間籍』になるのだが、やはり神の血を引いているため、多少の不思議な力を持っている者が多く、中には神の世界にしがみつき、神々とは遠い行動や思想に走って、問題行動をおこすのだ。


しかもマッド・チルドレンは、現人神としての知識をなまじ持っているので、ハグレやカクレ現人神達よりも始末に悪い。


神々の力が薄まったとはいえ、普通の人間より能力が高く、人間社会で重要なポストについている者も多く、その影響力は現人神達の活動と対局した場合、大きな障害になっている。



今回も隠れ現人神の少女達を、どうやって現人神の捜索部隊を出し抜いて見つけ出したのか…。


そして、一体どこへ売買しようというのだろうか。



そんなことができるのは、人間社会の国のトップに係るような人物でなければ、無理だろう…。


いや、それらを追求し調べるのは、統括センター内のそうした専門部署の現人神だ…。


まだ学生の私達ではない…。



私達は自分達の出来ることをしっかりして、拘束されているであろう隠れ現人神を助け出さねばならないのだ。



その為に!!



 委員長が次々と指示をとばす。



「月城命!マリエルのツートップは最初に潜入して敵を討伐。」(委員長)

「了解。」(月城命&マリエル)


「様子を見てザキエルと緑は、戦闘に参加。援護をして!」(委員長)

「わかった…。」(ザキエル)

「ハイハイな~。」(緑)


「ハルリンドと弁天は隙を見て、保護対象の少女に接触し、怯えないように助けにきたことを知らせて外に連れ出して!」(委員長)

「了解。」(弁天&ハルリンド)


「アリエル&弥勒ペアはハルリンドと弁天が保護対象を連れ出している際、危険が及ばないように警護すること。マッド・チルドレンの能力はわからないし、彼らが少女を一人でも取り返して、そのまま逃げようとしないとも限らない…。」(委員長)

「心得てるよ。」(アリエル&弥勒)


「それでは、今再確認した通りに…後は模擬練習の通り進めるよ!」



先生や補佐役のアスター様達が無言で見守る中、私たちは中つ国風ショップの裏口から、情報のあったビルへと静かに侵入を始めた。



行動は終始無言。

足音は殺す。

階段では気配を消して素早く駆け上がり、目的とされる部屋の前で、委員長の合図を待つ。


全員配置と役割の早い順に並んで、戦闘役とされる先発と援護の二人は準備した人間使用の武器を再確認するように握り直す。


その様子を見て、委員長が全員の顔を一様に見回し、頷いてから目で合図を送った。



キィツ…。


そおっと扉を開ける。


誰もいない…。


ミニキッチンの方と隣の部屋に人の気配がする。


先発班に続き、全員が複数の気配がすると見られる隣の部屋へ向かい、一番出番が遅めであろうペアの一人が分かれて、弥勒がミニキッチンを確認に行く。


文武両道クラス特有の『武』の部分が確かに発揮され、全員、隠密さながらの動きを見せる。


天使系といってもうちのクラスにいる天使系の同級生は、変わり種のマリエルを始めとする戦闘職の強い者か技術系をセットで売りにするタイプだから、ちょっと雰囲気が違っている。


一見して、一番温和に見えるのが弥勒さんだけど、彼女もまた女性の肉体を持っているというだけで、中性っぽかった…。



さて、月城命さんとマリエルさんが少女達を確認したみたい。



口は開かず目で合図を送ってきた。


マリエルさんが指を三本立てる。

『敵』と思われるマッド・チルドレンの人数だろう。


我々に『いくよ』と言うように、マリエルさんがもう一度、視線を流して月城命さんと最後に目を合わせる。



素早く突入!



私があっと驚く位のスピードで、先発二人が中にいた中年風の男を殴り倒していく。

少し遠くの方でダイニングテーブルの椅子に腰かけていた白衣の男が立ち上がって、驚いた顔でこちらを見る。

援護の必要もなさそうな先発の二人を横目にザキエルが素早く白衣の男に銃を突き付けて脅し、拘束。


後から付いて行った緑は両腕が無いので、特に何をするでもなく、ザキエルの後をぴったりと金魚のフンのようにくっついている。


私と弁天さんは、部屋を見回し少女がいないか探すが、見当たらず、戦闘中の間を抜けて、更に奥の部屋のドアに手をかける。


鍵はかかっていない!


開ける!!


中に4人…。


何もない部屋に少女が力なく座っていた。


しかし、ドアの付近に札が貼られていて結界が張り巡らされている。


先に入ろうとした弁天さんが見えない何かにはじき出されて、二メートル程、吹っ飛んだのだ。



後方に控えたアリエルが私に『どいていろ』と一言はなつと、両手を合わせて光の玉を瞬時に造った。

アリエルの眼が本来の青色になっている…。



次の瞬間、アリエルが光の玉を開いたドアへ目掛け、強く投げつけると見えない壁が打ち破られたように、周りの空気が一機に振動して、衝撃が走った。



結界が破られたのを感じ、私は中に入って少女達に『助けにきたの。付いてきて。』と声をかける。


弱々しく、生きる気力の薄い目をした少女の一人の手を引いて、何とか立ち上がらせるとそれを見ていた残りの少女がよろよろと起き上がって、あとに(なら)ってくれた。


そのまま、外の方へ誘導する。


特にケガは無かったらしい弁天さんとアリエルが少女達のやや後方で両脇を固める。


部屋の最初の入り口に差し掛かった所で、途中、ミニキッチンの方へ分かれて見に行った弥勒さんが着物をきた女性を拘束して待機している。


後にしたクラスの皆もマッド・チルドレンを全て拘束したらしく、無事に任務完了という瞬間だった。



委員長が担任に報告をし、マッド・チルドレンの取り締まり専用機関へ送るためビルの下に待機していた護送用の小型バスへ連絡をとる。


速やかに拘束した人間を護送車に乗せようとマッド・チルドレンの4名を集め移動しようとした時、白衣の男が暴れだした。委員長と補佐役の保護者が駆け寄って、全員で取り押さえようとしたその時、私達が気を取られている隙をついて、着物の女性が神通力を解放して部屋に火を放った。


まずい、マッド・チルドレンはこうした常人には無い能力を色濃く持っている者も多くいるのだ。


更に炎の中に魔法陣を描き、呪文を唱えている。

ビルの下に封じられてたであろう死体の怨霊がいくつも大地から競り上がってきた。

彼女は術師だ…。



呪文を辞めさせなければ!



このままだと、ビル全体に火が回って、他の階の人間達にも被害が出てしまう。



誰もがそう思った時、素早く副担任が宙に印を結び、部屋を覆うように巨大な結界を貼った。

頼りない筈の副担任が別人に見える!



結界内だけが異空間となることで、火はこの部屋から外へは出て行かない。



しかし呼び起こされた死霊は、操られているように保護対象である隠れ現人神を狙って襲おうとするのだ。

この建物自体がこの死霊達を封ずる楔のようだが、術死の呪文はその楔を魔法陣を通じてずらしているようだ。

ずれて空いた隙間から死霊が漏れるように湧いて出ている。

地下から魔法陣を通じ、空間移動して、私達の前に現れているようだ。


オグマ先生が術師の女性の口を塞ぐべく詰め寄ろうとするが、死霊がことごとく邪魔をし、その合間にも魔法陣から新たな死霊がボコボコと湧いてきて、その数を増やしている。



優勢でマッド・チルドレン達を取り締まった筈が、いつの間にか想定外の状況に陥っていた。



保護対象の隠れ現人神を守るため、皆で死霊に立ち向かい始めたが、マッド・チルドレン達を逃すわけにはいかない。


副担任先生の結界が破られない限り、マッド・チルドレンもこの部屋を出れないが、我々もこの呪文を止めさせることができなければ、死霊を消しても切りがない。


だが、皆、拘束する者、保護対象を守る者など、自分の持ち場からも手を離せない。


オグマ先生が委員長に向かって、『援護をするから女を黙らせろ』とすごい勢いで、死霊を蹴散らし始めた。



そんな中、死霊が私達の守りのガードを突き破る様に、隠れ現人神の少女達に向かい、飛び掛かろうとした。



「あっ!!」



と、思ったとたんに自分の中の何かが熱くなり、守らなきゃと思った…。



私は死霊の前に通せんぼをするように立ちはだかっていた!


無意識だったが、自分で強く何かを念じた気がした。


パっと私の中の何かがはじけて、死霊が弾き飛ばされるように、後退する。


自分が光ったと感じたが、、、。



どうやら私は瞬時に()()の神様ルックに変身していたようだ。



皆が丸い目をしてこちらを見ながら、相変わらず自分たちの役回りを熟している。



私の姿は、長い紫がかった黒髪を自らの発光と神気ではためかせ、女騎士のような出で立ちに剣を(たずさ)えている。

マントと剣には、共通の桔梗の花のような家紋が入っていた…。

体の中からマグマのように熱を帯びた力が満ちているのを感じる。

勿論、瞳は青紫に輝き、その存在を主張していた。



私の放つ光が眩しいのか、死霊は私の傍には近づかない。

ひとまず、少女達の前に立つことで、危険を一時的に回避した。



改めて、これが自分の神様モードなのかと思うと、やはり可愛くて、可憐な天使や妖精さん風では無いなと再確認する。



羽や角が生えるわけでもないので、コスプレイヤーなレベルでは?



いや、それにしては良く出来すぎている筈だ…と自分を鼓舞してみる。



チラリとアスター様の方を見ると、アスター様は驚いたような目でこちらを見ていた。


私はフッと誰にも気付かれないように、小さな溜息を吐いた。


自分でも少し落ち着いてきて、頭が回り始めると、本能のままに母に幼い頃から教わっていた速攻魔法陣を無意識に作動させていた。



「いい?ハル、こんな時はね…。」



母の声が聞こえてくるような気がした。


そんな母の声に誘われるように、私は魔法陣に力を注ぎ始めていた。


魔法陣が更に光を増す。


そこで私は声を出した。


呪文でも命令文でもない、歌声を。


その音階は母から教わったものの一つで、悲しくも優しい旋律だった。


魔法陣に神力と歌声を載せると速攻魔法陣は唸りを上げるように羅列する文字が動き出し、輝きながら私の声に何らかの効果をのせて再び放出させる!



母から遠い昔に聞いた…死者を癒す冥府の曲の一つだった。



死霊は次々に安らかな表情を浮かばせ、消えていったり眠る様に薄れていったりし始めた。


遂には死霊達が動かなくなり、天に登るものすら現れる。


大概は眠る様に魂のただの球になり、私はそれを母から聞いていた通りに魔法陣の文字を一部動かして回転させ、吸引の風を起こす。


魂の球は全て私の魔法陣に吸い込まれていった。


行先は転移により冥界となる筈だ。


私の魔法陣の威力に押され、術者の女性の魔法陣は既に機能を停止した。



アスターは、その様子をじっと絶えず…見続けている。



 死霊の邪魔が入らなくなったところで、すぐにオグマ先生が術者を取り押さえた。



そうして、ようやくマッド・チルドレン全員を拘束し、用意された護送用の小型バスに乗せ終わると、改めて保護した少女達に目を向けた。



彼女達には別の迎えが来ることになっている。



先生と委員長は、任務完了したものの、想定外の状況に陥った件と術者の使った能力について、マッド・チルドレンを引き渡したセンターの担当者に報告していた。


すると、どこかで聞いたことのある騒がしい声が、聞こえてきた。



「はーい!現人神養成学校のお嬢さん達、ご苦労様~~♪隠れ現人神ちゃん達をお迎えに来たよぅ。」



颯爽と急に湧いたように現れ、底抜けなく明るい調子の声のトーンの持ち主に一同が注目。



シルヴァスさん!!




シルヴァスがもう一人の職員と笑顔でそこに立っていた。




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