9.人間界にて②
大和皇国で、現人神のご用達である名門老舗ホテル。
その会議室の一室にて。
R組のオールメンバーが、既に集まっている。
その中に、生徒達にもしもが及んだ場合の補佐として、担任だけでは手が足りないため、副担任とボランティア参加をしてくれる保護者が2名含まれている。
それは、今回の課外実習は、実地試験のため危険が伴う内容だということだ。
一人は、月城命さんのお社で神使と彼女自身の保護者を兼任をしている白蛇の白雨さん。
もう一人は、ちゃっかりアスター様がボランティア保護者枠に入っていた。
ここでも、『せっかく人間界に来たから、学校教育に貢献しよう!』という模範貴族的な姿を見せてくれた結果だ…。
アスター様は確実に、子煩悩な良い父親になるタイプだ。間違いないなと思う。
(ただ張り切っちゃう当たり、少し子供にウザがられる傾向はありそうだが…。)
同級生達の昨日は『どうしてた~?』的なおしゃべりが始まりかかって、ざわつき始めたのを見計らい、担任のアレステレス・オグマ先生が立ち上がって口を開いた。
会議室に用意されているホワイトボードを手でコンコン叩いて合図をしながら、
「お前ら静粛にしろ~。今日は、保護者の方も助っ人に来てるんだからな。普段よりシャキッとしな。説明始めるぞ~!」
そのままの流れでオグマ先生は、白雨さんとアスター様を軽く紹介して、本日の実習内容を皆に説明した。
ちなみに副担任先生の事はスルーだった…。
悲しそうな顔をする副担任。
(しかも男のクセに何も言えないタイプ)
前にあいつ気に入らねーとオグマ先生が職員室で誰にも聞こえないような音量でぼやいていたのを聞いたという弁天ちゃんが、『何か、職場いじめって奴じゃない?』と小声で耳打ちしてくる。
いや、オグマ先生はカラッとしてるからハッキリ言うタイプでそんなジメジメしたことしないと思うよ?
まあ、本人の積極性を育てるため、あえて放置とかはしそうだけど…。
副担任をこっそり盗み見る。
オドオドオドオド…。終始!
多分これだ。
ハルリンドは大人の世界の事情を想像しつつ、オグマ先生の説明の方に耳を傾けた。
弁天さんは天才肌で相変わらず、先生の声は耳に入っていないように見えた。
いつもの事である。。。
「あー、今日は将来君達の中で現人神の行政機関に就職した場合、下っ端の新入社員に多い任務の中からだな…こんな仕事もある!…ということを実際に1件、クラスの皆で協力し、片付けるというものなんだが。」
そこで、説明を切ってから、全員の顔を見回しながら先生は再び口を開き、
『そういった仕事に就かない生徒や卒業後結婚するような生徒でも、社会情勢を知る上で、一度は経験した方が良い案件をセレクトしてあるので、しっかり参加するように!』
と付け加えた。
実地試験の点数については、しっかり取り組めているか、仲間と協力できているか、危険を回避する能力などの即時判断、実際の戦闘シーンでの能力など多方面から、5段階で点数を入れていくという。
オグマ先生は副担任を呼んで、『君からも何かあるか?』と尋ねた。
「い、いえ、何もありません…先生の説明で良いと思います。」
とだけ、おずおずと言った。
「何もないじゃ、困るだろ!?だったら、何か生徒たちに激励の声でもかけてやれ!」
保護者の前を意識したオグマ先生が、大声を押し殺しながら副担の耳元まで行って、息で声を出し、コソコソ言ったつもり…だったのだろうが…残念ながら、全て聞こえていた。
地声の大きすぎるオグマ先生には、空気で声を出してもその振動で広範囲に会話が広がるようだ…。
数十秒かけて、前に出た影の薄い副担任は、
「僕も何かあった場合は全力でサポートしますから、皆さん、緊張せずに頑張ってくださいね。」
とだけ、声を絞り出すように話して引っ込んだ。
正直、こちらの方がサポートしてやらねばならなそうな、頼りがいのない雰囲気である。
オグマ先生は小さく溜息をついて、気を取り直す様にキリッとした眼差しを全員に向け、
「行くぞ!」
と声をかけた。
クラス全員が、会議室の椅子から立ち上がった。
全員、人間に扮しているが気合を入れた瞬間に鋭い空気感が立ち込める。
先程まで、だらけて椅子に座っていた弁天さんも無言で、強い神気を放っていた。
クラス全員が颯爽と会議室を出て行く中、最後に補佐の保護者とオグマ先生が、何か会話をしながら生徒達の後に付いていく。
その更に後ろを、背後霊のように副担任が付いて行って、会議室のドアは閉められた。




