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ある森の中で

作者: しげ丸

 この物語は私たちの日誌のようなものである。事実のみを記し、全くの空想や推定(ただし事実に基づいた予想などは可)は極力排除する。

 いつか見たあなたの崇高な知識の一部になっていれば、研究者冥利に尽きる。

ある森の中で


「一月二十六日、雲量十二パーセント。気温二五度、湿度六十パーセント。異常はありません」

「紫外線、大気オゾンの状態は?」

「概ね良好かと」

「よし、出発するか」

教授と私は荷物を持って枕崎第四基地を出発した。


 基地前は鬱蒼とした森になっている。この森の大部分を占めているのは一年中葉を保つ常緑広葉樹である。ただこの辺りは温帯であるのでジャングルと言うほどまではいかない。風が吹けば葉の擦れる音が四方から聞こえるし、森の奥からは二足歩行型哺乳類の朝吠えが聞こえる。

 基地を出発した私たちは基地西方にある川を上流方向に向かって歩き出した。この川は他の川と比べて不純物が少なく、人体に有用な鉱物が含まれている。水は生きるために必要な材料である。喉が渇いた時にこの川の水を濾して飲むことが推奨されている。

 川辺は(調査したわけではないが)隆起した地面が両岸に存在している。長い嶺のようになっていて、この上部はしっかりとした石灰を多分に含んだ地層が露呈している。そして植物は割れ目から覗くごく小さなもの以外生えていないので、とても歩きやすい。

 川の上流方向を目指して歩くこと一時間、私たちは「ぬ中継小屋」に到着した。木でできた直方体の背丈は二メートル程度の簡単な建物である。木製の扉を開けて中に入る。背負っていた荷物を木の床に置いて、簡易の椅子に座った。

「段々と暑くなってきたな。アキくん、今気温はいくつくらいだ」

 私は荷物とは別の足に縛って固定しているサブバックの中から温湿度計を取り出し、軽く振って正しい温度が反映されるまで待った。

「三十一度ですね。だいぶ上昇してきました。湿度は変わらず、いや、下がってます。五十五パーセントです」

「湿度に関してはこの辺りの土壌に含まれる成分が影響しているのだろう。この先はさらに湿度が下がると思われる。こまめに水分補給をするように」

「分かりました」

「温度は、あれだな。気にすることはない。正常な上昇率だろう。体感的には異常とも言えるがな」

「主観的な状況判断は時に悪手を誘う、と教授自身が言っていましたよ」

「分かっているさ。冗談だよ。さて休憩が済んだら出発しよう。今日は洞窟調査の下準備をしなくてはならないからな」

 洞窟というのは五日前に浮揚式赤外線調査機が、たまたま不調で低空飛行していた際に木々の奥に隠れていたのを発見した。機械の特性上、洞窟の奥まで探索することは出来ないので、私たちが直接調査することにした。今日はその準備である。

「洞窟の中には何があるのでしょうか」

「さあね、私たちはそれが何なのかを調べるために今こうして向かっているのだよ。危険な動物でもいなければ良いがな」

「物騒なこと言わないでくださいよ。と言いましても心当たりがあるので否定はできませんが」

 枕崎第四基地に到着して間もない頃のあの事件は一生忘れないだろう。

「洞窟といえば凶暴な未知の生物と相場が決まっているからな。胴体しかない毛むくじゃらの二足歩行型哺乳類だったり、頭部が八つに分かれている匍匐型爬虫類だったり、鉱物で構成された浮遊型球菌類だったりと、先人の創造力は豊かだった。今は科学が発達してしまってほとんどの事象が解明されているがな」

「未知の生物云々は物語上の話ですけどね。教授がそのような非科学的な存在に興味を持つとは驚きです」

「非科学的だから興味が湧くんだよ」

「わかります」

「非科学的な創造物は非科学的であるからこそ面白い。実際に存在していてもーーまあ、いたらいたで興味が湧くかもしれんが」

「『人間が想像できることは、人間が必ず実現できる』という言葉がありますよね」

「先時代の言葉だな。まあ実現しようならできるのではなかろうか。ただ天然物として存在したら面白い、という話だしな」

「そうですね」

「さて出発しよう、長話がすぎた。十分休憩もできただろう。」

 私が、はい、と返事しようとした時、小屋の外から不自然な物音が聞こえた。明らかに風ではない、固形の何かが雑草の間を通っていった音だった。

「なんでしょう、小動物が通ったのでしょうか」

「この辺りは調査済みだが、何らかの生き物の巣は確認出来なかったはずだ」

「遠征の可能性も」

「土壌の特性上、本能的に近よっては来ない」

「石や岩、硬い植物などは」

「あのレベルの音がするほどの物がどのようにして動く。風は吹いていなかったはずだ」

「どっちにしろ、何者かがいる、ということですね」

「ああ」

 武器の準備を済ませて構える。臨戦態勢をとり、周囲を警戒する。

「音がしませんね」

「まだそこにいるかもしれない。気を抜くな」

その瞬間、ドアの方で物音がした。反応してドアを見る。ドアは開けられていた。ゆらりとドアが開いていく。ドアの先にいたのは、私たちとおなじ、人型生命体だった。

「」

 少女の姿をした人型生命体は私たちを見ると力なく地面に座り込んだ。呼吸が荒く、酷く疲弊しているようだった。簡易の布を身にまとっている。

「呼吸を、しているのか」

「息絶えだえですね。大丈夫なのでしょうか」

 見知った姿形をしているので少し気が和らいだ。

「」

 しかし、その姿形をした生き物は謎の鳴き声を発生していた。言葉に近いなにかである。別言語の人種と相対した時の感覚に襲われた。

「何を言っているのか分かりますか?」

「いや、なんとも。ただ、命乞いをしているような感じがする」

「奇遇ですね、私もそんなことを思ってました。助けますか?」

「食料だけでも渡して、というのは危険か」

「何をするのかわかりませんしね……」

「たsえ、pえ」

 人型生命体は何かを発した。

「聞きました? 少し聞き取れましたね」

「たせぺ? とはなんだろうか」

「たす、けて」

 次は明らかに言語であった。

「……どうしますか」

「興味深い、保護しよう。私が近づく。アキくんは武器を構えたまま、照準を彼女に」

「分かりました」

 教授は人型生命体に近づいて、栄養食を人型生命体の足元に置いた。それを手に取って一口かじる。安堵した表情を浮かべて、まもなく倒れた。


 人型生命体の意識が回復して意思疎通が可能になるまで、それほど時間はかからなかった。とても拙いが会話ができる程度の言語能力であった。恐らくこちらに言語を合わしているがゆえのものだろう。

 彼女はこの惑星に元来棲んでいる生命であるらしい。言語能力を有しており、他地方に生きる仲間とコミュニケーションを交わしながら生活している。糸を編んで作られた服を着ていることからも少なくとも先時代の私たちと同程度の文明を築いていることが窺える。

「だれ。は。おねいさん、と、おねいさん」

 私たちのことも聞いてきたので、ある程度答えた。私たちに興味があるらしい。

「私たちのことを初見で女性と判別したのは初めてだな。口調や服装でよく男と間違えられるんだ」

「におい」

「そんなに臭っていたか?」

「『いdえんし』」

「遺伝子?」

「それ。わかる。で、におい」

「なるほどな」

 生命体の遺伝子がにおい(本能的なものだろう)で分かるらしい。私たちにはそういう機能は持ち合わせていないので、似て非なる生物なのだろう。

「なぜ、ここにきたんだ? 仲間は? できることならこの辺りにいないことを願うが」

「いない。えない、みる。と、なかま。ふつか」

「そうか。それは大変だったな。ずっとひとりだったのか」

「いや。ひとり、なかま。に、どうくつ」

「洞窟、というのは川を上ったところのやつか?」

「それ」

「私たちそこへ向かうつもりだったんだ。案内してくれるか」

「わかった」

「本当に洞窟に未知の生物がいたことになってたかもしれませんね」

「見た目はよく見た『人』だがな」


 数十分会話を交わし、私たち三人(二人と一体か?)は荷物を背負い小屋を出た。この辺りの地学を教えてもらいながら川を上っていく。枕崎第四基地周辺はシラス台地と呼ばれる地域らしい。火山の噴出物が堆積して長い年月をかけて凝固したものだ。第一次シラス台地と第二次シラス台地があるらしく、今歩いている地層は第二次シラス台地だそうだ。

 洞窟に着くと、少女は躊躇することなく中へと入っていった。私たちも彼女を見失わないように後を追う。洞窟内部は無風で、空気の通りが悪いから蒸し暑いのだろうかと思えばそうではなく、いたって涼しい。中の体感温度は低そうだ。教授のすすめで温度と湿度を測ってみると、温度は二十七度、湿度は三十五パーセントだった。洞窟の構成物質がなにか推測されよう。

「どのくらい掛かりそうか」

「はやい」

「そうか」

 四つの分かれ道を全て左に進む。進んだ先に曲がり角があった。光が漏れている。少女が声を(もちろん彼女独自の言語で)掛けながら先へ進む。私たちもそれについていく。

 曲がった先、目に飛び込んできたのは光りに包まれた裸体の女性だった。

「」

「」

 彼女らは会話をしているようである。ときおり私たちの方を指差したり頷いたりしている。

「裸?」

「なんでしょう。異様な雰囲気を感じます」

「一応、いつでも武器を取り出せるように準備を」

「分かりました」

 服の下に忍び込ませてある武器に手をかけて、重心を低くして臨戦態勢をとった。私の行動に気がついたのか裸体の女性は私に微笑みかけた。冷や汗が背筋を流れる。その女性は息を大きく吸って、口を開き、声を発した。

「はじめまして、同志。わたしは***です」

 聞こえてきたのは私たちがよく知る言語だった。

「私は旅人のナツという者だ。この辺りの地質に興味があって、探索しているところを彼女に出会った。保護し、事情を聞いた」

「そうですか。ありがとう。最大限の感謝を貴方達に。ところで、言語は通じているでしょうか」

「円滑すぎて驚いているくらいだ」

「それはよかった。学習して間もないので自信がなかったのです」

「私たちの住む地域では言語能力があなたよりも数段劣るものが溢れるほどいる。見習わせたいほどだ」

「面白いことをおっしゃいます」

 彼女らのコミュニティでは私たちの使う言語を学習する習慣でもあるのだろうか。

「さて、こうして出会えたのも何かの縁、積もる話がたくさんあることでしょう。しかし、あなた方もご存知のことかとは思いますが、時間がありません。なので単刀直入に問います。貴方達は何者なのでしょうか」


「『私たち』は先日この惑星に飛来してきた未知の物体を探していました。いくら探しても出てこず、捜索を諦めました。数週間後、貴方達が現れたのです。それが六日前。そこで派遣隊を出動させたらしいのですが、この周辺で連絡は途切れた。改めて問います」


「貴方達の目的はなんですか」


 洞窟から出ると、日が傾いて森が橙色に染まっていた。

「危なかったですね。一歩遅かったら二人共死んでいました」

「こういうこともこの先あるだろう。心していかなければならない」

「そうですね」


「さあ、調査を再開しよう」


ありがとうございました。

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