はい、サンタクロースですが
あなたはサンタクロースを信じますか?
この質問に「YES」と応える人間はこの世にどれほどいるだろう。
小学校入学前後の子だったらきっと信じているこの方が多い。
だが歳を重ねるにつれてその数は段々と減っていく。
現実というものを理解していくのだ。
当たり前のようにそこにある、普遍的な物が全て。それ以外の非科学的なものは全て虚構。存在するはずがない。
だが、もしサンタクロースが作り話だとしたら今世界でその存在が認知されているのはどうしてだろう。大人になっても次世代の子供に語り継いでいくのは何故だろう。
いつからか俺は心の中でこんな疑問を抱いていた。
皆に合わせてその存在を否定するほうが無難だろうに。
12月24日。クリスマスイブ。
俺、風翠月璃陽都は雪の積もる街中を歩いていた。
今朝からずっと降り続けているからか一歩進むごとに靴が雪に沈む。
途中通り過ぎた普段から賑わっている駅前の広場にはいつも以上の人で埋め尽くされていた。きっと広場の中心に立てられたクリスマスツリーが集客効果を発揮しているのだろう。
カップルの数も見るからに多い。
遠巻きに電飾の光るツリーを眺めてからその先の商店街へと向かう。
無宗教の人間にとってクリスマスなんのはただの平日だ。
なのにどうして普段は興味すら持たないキリスト教の行事に浮き足立っているのやら。
カップルはデートをし、街はクリスマス色に飾り付けをする。
その飾りの中には当然のようにデフォルメされたサンタクロースやトナカイがいた。
その存在を信じてもないくせにどうしてこの時期だけ......
「あー、やめだ、やめだ。」
俺がそんなこと考えたって仕方がない。
この世は大多数の意見が尊重されるという素晴らしく理不尽に出来ている。その中で1人が何を言ってもあっさりと切り捨てられるだけだ。
面倒な事は極力やらない。それが俺のモットーだ。そのモットーを持っている......いや、持ちたいと思っているから俺は自分の心にすら嘘をつく。
ハーっと白い息を吐く。マフラーと手袋をしていても寒さからの完全防御は出来ていない。手袋の内側で手がジンジンと痛む。
「...ったく。...なんでこんなに寒いんだ......」
少しでも暖まらないかと手を擦り合わせて目的地へと早足で向かう。
今すぐ家に帰ってコタツでぬくぬくとしていたい。
だが、目的のブツを手に入れないとそれも出来ない。
およそ1時間ほど前。コタツに潜り込んでコタツムリ化している俺の元に母親からミッションを言い渡された。
「あんた、今暇でしょ?ちょっとケーキ買ってきてよ。」
俺の家は毎年クリスマスに便乗して家に親戚を招いてクリスマスパーティーをしている。
いつもなら面倒事を頼まれる前に自室に引きこもるのだが今日は毎年行われているはずのパーティーのことすら頭からすっぽりと抜けていた。
冬休みに入ってからというもの大した量でもなかった宿題を早々と終わらせダラダラと毎日を過ごしていたから多分それで曜日感覚というものがなくなっていたんだと思う。今日がクリスマスだというのも母親には言われてようやく気がついたくらいだし。
ともあれあれは失態だった。お陰で俺は雪の降る中外に出る羽目に......
「さっさと買って帰ろう......」
そして俺はコタツムリになるんだ。
チリンーーーチリーンーー
澄んだベルの音が商店街に響く。
「...ん?」
数軒先の目的のケーキ屋の前に何やら赤い服の女の子が立っていた。どうやら呼び込みがてら外でクリスマスケーキを販売しているらしい。
わざわざ店に入る手間が省けたと思い客が集まっていないその机の前に行く。
「い...いらっしゃいっ、ませ!」
売り子をしていたのは俺と同年代くらいの少女だった。
寒さで歯をガチガチと鳴らしながら精一杯声を出している。
それもそのはず、少女の格好はーー
「ミニスカ...サンタ......」
一応モコモコとした素材で寒さ対策はしているのだがやはりその短いスカートは寒そうだ。
胸元にはネームプレートがあり(『樅ノ木夢乃』と少女の名前が書かれていた。
「あっ.....あの!!け...ケーキっ!か、かか買われますか!?」
「は、はい。1つください。」
「あ、ありがとう!ございます!」
お金を渡してケーキの入った箱を受け取る。
箱を手渡す少女の手は寒さで赤くなっていた。
「バイト...なんですか?」
気がつくと俺は少女にそう質問していた。
「あっ、はい。」
「大変...ですね。」
「え、ええ。まあ。でも平気です。」
そう言って少女は鼻をすすりあげた。
その鼻も寒さで赤くなっている。
どうして...
「どうして、そんなに頑張るんですか?バイトをするにしてもこんな日にこんな自分を犠牲にするようなバイトをしなくてもいいでしょうに。」
なんだか報われない努力を喜んでする少女の姿が昔の自分と重なる。
そのせいかなぜだか無性にイライラしてくる。
「報われなくなんかないです。」
「...え?」
少女は胸に手を当てもう1度同じ言葉を繰り返した。
今度は自分に言い聞かせるように。
「明日、弟と会えるんです。両親が離婚して...もうずっと会えなくて。...私一人暮らしをしているんですけど他のバイトをしてても弟に会うための費用が足りなくて...このバイトは高額な上、日払いなんです。確かにキツいバイトなんだと思います。応募したのも私だけですし。何時間も外で販売して身体の感覚もありませんし。でも私はやりきらないといけないんです。今日私はあなたの言う通り自分を犠牲にするためにここに来たのですから。」
張りつめていたものが切れたかのように少女は事情を話してくれた。
きっと俺と歳が近そうだったからというのも理由だろう。
話し終えたあと少女はハッとして頭を下げた。
「すみません。お客様にこんなこと...ケーキ。買ってくださってありがとうございました。」
微笑んで少女は笑う。体は寒そうなのに心の奥はとても暖かそうで...
「ケーキ...もう1つください。」
気がつくと俺はそんなことを言っていた。
母親から預かったお金は尽きたが自分の財布がある。ちょうど近々ゲームでも買おうとお金を多めに入れておいたから足りないなんてことはないはずだ。
「え...いいんですか?」
「いいんだよ。客なんだから。それに売れ残ったらケーキが可愛そうだ。」
きっと1つでも多く売れた方がいい。
少女の願いを叶えるためにも。
「あ、ありがとうございます!」
少女は箱に少し乗った雪を素手で払って丁寧に俺に渡した。
俺は代金とあと鞄に入れていたもう1つの物を少女に渡す。
「...カイロ?」
冬の便利アイテム、カイロは俺の冬の必需品だ。出かけるときは必ずと言っていいほど身につけている。そして念の為貼る用と貼らない用のカイロの予備はいつも鞄に入れていた。
仕事をしても邪魔にならないように貼る用のカイロを少女に差し出す。
「お礼。もらって。」
「お礼って...あの、私何もしてないです。」
「いいから。ケーキありがと。メリークリスマス。」
そう言って俺はケーキの箱を2つ抱え帰路につく。
きっとこれはただの自己満足なのだろう。
努力はきっと報われるって、少女に証明して欲しいだけなのかもしれない。
だけど...なぜだろう。
マイナスの気温の中で俺の心はカイロのようにポカポカとしていた。
努力が報われないことがあってもそれは決して無駄なことではない。
自分の願いを叶えられるのは自分だけだ。
欲しいものがあるのならそれにめいっぱい手を伸ばして掴み取るしかない。だけど、それをやり遂げる人間はこの世にどれほどいるだろう。
多くは途中で投げ出すことが多い。俺だってそうだ。
自分を犠牲にしてまで願いを叶えようとはしない。
きっと少女の願いはサンタクロースに届くのだろう。
「さて、今晩の仕事のためにエネルギーでも充電するか。」
雪道を2つのケーキの箱を持ってザクザクと歩きながら俺ーーサンタクロースの末裔。風翠月 璃陽都は帰途へとついた。
短編2作品目です!
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