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立ち止まるな・・・そして、風になれ

8.立ち止まるな…そして、風になれ



 リレーの準決勝第1レース。

8チーム中3チームが順位で決勝に進出することが出来る。

4位以下のチームはタイムで2チームが決勝にいくことが出来る。

したがって、5位でも、タイム次第では決勝に行くチャンスが残されることになる。

恭子の一中は第二コース。

もちろん恭子がアンカーだ。

予選のタイムでは準決勝に進んだ16チーム中9位だった。

この第1レースの8校の中では4位。

微妙な位置にいることはチームの全員が自覚していた。


 「いいか、予選のような走りでは決勝に行くことは難しい。分かっていると思うが、予選で流してきた学校も、ここでは力を出してくるぞ。第2レースに強豪が揃っているから3位には入れなかったら、タイムで残ることはないと思え。」

野村は、恭子たちに檄を飛ばした。

リレーのメンバーは円陣を組んで気合を入れた。

「由美、スタート大事だからね。」

キャプテンで第二走者の大橋歩美が言った。

橋本由美は頷いた。

そして、歩美は続けた。

「そしたら、私も頑張るから、陽子も何とか恭子にバトンを渡すまでふんばって。」

「頑張るわ。」

秋本陽子も気合充分だ。

「最後はいつも頼ってばかりで申し訳ないけど、やっぱりあなたが頼りなの。お願い!私達を決勝に連れて行って!」

キャプテンの大橋歩美と他のメンバーが一斉に恭子を見た。

「任せなさい!」

恭子は一言言い放った。

そして、キャプテンの号令で最後の気合を入れた。

「イッチュウー ファイッ!」

「オー!」

野村は腕時計を見てキャプテンの肩を叩いた。

「時間だ。一中のど根性を見せてみろ!」

メンバーは声を揃えて「ハイ!」と応えると、それぞれのスタート地点へ散っていった。


 円陣を組んだ一中のメンバーを見ていた拓と悠斗は、決勝へ進むのが微妙な状況であることは把握していた。

「ずいぶん気合が入っているなあ。」

悠斗が言う。

「ああ、ギリギリの線だからなあ。この第1レースで3位までには入れなかったら2レースの顔ぶれからしても、タイムで拾われるのは難しいだろうからな。」

拓は、相変わらずどこか遠くを見ているような視線で答える。

「なあ、拓。どうかしたのか?さっきから、なんか、上の空みたいだけど、気になることでもあるのか?」

長年一緒にいる悠斗には、拓の微妙な心の変化も手にとるように分かった。

「別に。なんでもないさ。」

そう言って拓は意識をトラックに集中させた。

「そうか?だったらいいけど…」

悠斗は、このとき、拓が恭子とのことで何か隠しているに違いないと確信した。


 スターターがピストルを持った手を空に向かってかざすと、第一走者たちは意識を集中させ、その時を待った。

パーン!

その瞬間、8人のランナーは一斉に地面を押しのけるように飛び出した。

一中の第一走、者橋本由美は持ち前の瞬発力でトップに立った。

しかし、第二走者の大橋歩美にバトンを渡すときに少しもたついて2位に転落した。

歩美はそれで動揺したのか、実力を出し切れないまま、二人に抜き去られ、一中は4位に後退した。

それでも最後は意地を見せて、第三走者にバトンを渡す間際には3位とほぼ同着くらいまで盛り返した。

「お願い!」

歩美からバトンを受け取った秋本陽子は、しっかりと頷いてバトンを握りしめた。

陽子は必死に食らいついていこうと頑張ったが、恭子にバトンを渡すときには少しはなされた4位だった。

恭子はバトンを受け取ると、すぐにトップスピードに入って、前を行く3位のランナーを追いつめ、ほとんど同時にゴールしたが、完全に追い抜くことは出来なかった。

そして、どっちが3位に入ったのかは写真判定になった。

写真判定の結果、一中は惜しくも4位となった。

恭子たちはがっくりと肩を落とした。

中でも、バトンの受け渡しで失敗したキャプテンの大橋歩美は膝をついて泣き崩れてた。

「まだ、落ちたと決まった訳じゃないわ。」

由美が歩美の肩を抱いて励ました。

「そうよ。第2レースの結果を見ましょう。」

恭子もそう言って歩美を抱き上げた。


 スタンドで見ていた、拓と悠斗は電光掲示板の順位とタイムを見比べていた。

「4位か…こりゃあ、まずいな。」

悠斗が呟く。

「ああ、でもタイムを見てみろよ。第2レースの結果では充分可能性を期待できるタイムだ。」

「なるほど。よく頑張ったな。これなら期待できるぞ。あいつら、そのことにまだ気が付いていないらしいな。」

「そのようだな。」

グランドでうなだれている一中のメンバーを見て、拓と悠斗はそう思った。

悠斗は大声で一中のメンバーに呼びかけた。

そして、掲示板の方を指して、両手で大きな○を作った。

それに気が付いた恭子が、同じように両手で○をつくって返したので、恭子がまだ諦めていないと二人は理解した。


 拓が予想して通り、第2レースでは上位3チームが圧倒的な強さを見せたものの、4、5位のチームは大きく離されてゴールした。

その結果、一中は7番目のタイムでギリギリ決勝進出を果たしたのだった。


 第2レース5位のチームのタイムが電光掲示板に浮かび上がったとき、恭子たちは飛び上がって喜んだ。

キャプテンの歩美はこの幸運を神様に感謝した。

そんな恭子たちを野村は戒めた。

「おい、嬉しいのは分かるが、喜ぶのはまだ早いぞ。決勝では少しでも上の順位を目指して貰わないと、あいつらにも失礼だぞ。」

そう言って、野村が示した方には、僅差で敗れた第2レース5位だったチームのメンバーが肩を落として泣き崩れていた。

ついさっきまでは自分たちがそこにいた。

そのことを考えると、恭子たちも浮かれているわけには行かないと思った。


 100mの決勝に残ったのは8人。

準決勝で3番目のタイムだった恭子は第3コース。

1コースには南部三中の君塚真奈美。

2コースは川村中の江藤和美。

4コースが南部四中の原智子、準決勝の1位のタイムを出した選手だ。

5コースは高野台中の田中美由紀。

6コースはつつじヶ丘中の進藤麻衣子。

7コースは南部四中の原郁子、4コースの原智子とは双子の姉妹だ。

そして、8コースには東部二中の柳瀬川純子。

恭子と原智子とのタイム差はわずかに0秒02。

準決勝をトップ通過を確信した瞬間からスピードを落として、流した恭子には充分逆転可能なタイム差だった。


 「いよいよ100の決勝だな。」

スタンドの手摺にもたれかかった悠斗は拓に向かってそう言った。

スタンドのプラスチック製の椅子に座っていた拓も立ち上がって手摺にもたれかかった。

「そろそろ行かなくちゃ。」

「なんだって?」

「そろそろ練習に行かなくちゃならない。」

「何を言ってる?今日は休みじゃなかったのか?」

「ああ、会社は休みにしたが、練習を休むわけにはいかない。」

「じゃあ、せめてこのレースだけでも見ていってやれよ。」

「イヤ、見るまでもないさ。」

そう言って、拓はスタンドを後にした。

「冷たいヤツだなあ。」

歩き去る拓の背中を見つめて悠斗はそう呟いた。


 拓が競技場の外に出たとき、ピストルの音が響き渡り、場内に歓声が沸き上がった。

「立ち止まるなよ。君はこんなところで躓いてなんかいられないんだから…そして、風になれ。」

拓は一瞬だけ振り向くと、そう呟いた。


 スタートと同時に恭子は一歩前に飛び出した。

それからみるみる他の選手たちを引き離した。

50mに差し掛かる前に既にトップスピードに乗せていた。

4コースの原智子と5コースの田中美由紀が食い下がる。

しかし、誰も恭子の影を踏むことすらできなかった。 


電光掲示板に浮かび上がった数字を見て野村は腰を抜かしそうになった。

11.75。

女子の中学生記録に0秒02届かなかい数字だった。

走り幅跳びの5m87cmも大した記録だが、これは中学生記録から比べると、30cm以上差がある。

これが2年の秋の新人戦で出た記録となれば、当然、中学生記録の更新が期待される。

野村は改めて自分の運命を神に感謝した。

もしかしたら、自分の教え子が男女の日本記録を両方塗り替えるかもしれないのだ。

そう思ったら、気絶しそうになった。


 それは不思議な感覚だった。

まるで空を飛んでいるような気分だった。

廻りの景色が消え去り、歓声も雑音も聞こえなくなった。

自分が今いるのは陸上競技場のトラックの上、しかも、100mの決勝の舞台だということさえ忘れてしまいそうな感覚。

恭子は風邪と同化してゴールを駆け抜けた。

テープを切った瞬間、意識が戻って後ろを振り向いた。

1、2、3…7人いる。

恭子の前には誰もいない。

『勝った?』

そう思った瞬間、「やったぞー!」そう叫んでいる野村の声が耳に飛び込んできた。

そのまわりでチームメイト達が、飛び跳ねてバンザイをしている。

「そうか、私レースに出てたんだ!」

恭子にはまるで実感がなかった。

すると、原姉妹が恭子のそばに駆け寄ってきて祝福の言葉をかけた。

「三浦さんおめでとう。さすがだわ。でも、リレーでは負けないわよ。」

「ありがとう…」

恭子はようやく自分が優勝したことを意識した。

優勝するのは当たり前。

レースお前まではそう思っていたが、いざ、実際に優勝してみると、その言葉の重みがズシリとのしかかってきた。

そう、まだリレーの決勝が残ってる。


リレーの決勝では原姉妹がいる南部四中が油症候補の筆頭に挙げられている。

準決勝の第二レースでは、100の決勝に進む原姉妹を温存して1位通過しているのだ。

しかも、タイムは決勝に進んだ8チーム中で最速だった。

その南部四中が4コース。

1コースが恭子達、第一中学。

2コースは新藤麻衣子率いる、つつじヶ丘中。

3コースは君塚真由美率いる南部三中で原姉妹率いる南部四中にはライバル意識をむき出しにしていて、100決勝でのリベンジを目論んでいる。

5コースは江藤和美率いる、川村中。

6コースは田中美由紀率いる、高野台中。

7コースの東洋中は100の決勝には選手を送れなかったが、4人がそこそこまとまったチームだ。

そして8コースが、柳瀬川純子率いる、東部二中。


 恭子達、第一中学のタイムは50秒38。

原姉妹のいる南部第四中学の記録は飛車角抜きでも48秒23。

この段階で2秒以上劣っていた。

これに原姉妹が加われば、中学記録の47秒73を更新するかもしれないという期待がかかる南部四中にどこまで善戦できるか…

正直、野村は6位入賞できれば言うことはないと思った。

いくら、100mチャンピオンの恭子がいるとはいえ、他のメンバーの力量を考えたら、決勝に出られただけでも、奇跡に近かったからだ。


 男子はことごとく予選で敗退し、かろうじて走り高跳びの佐藤良伸が6位入賞を果たし、面目を保った。

したがって、第一中学としてはこの女子100×4リレーが最後の種目となる。

特の近隣校も、リレーでは決勝に残ることができなかったので、このレースにはそれらの学校の選手や関係者が期待を込めて第一中学の応援に集まってきていた。

恭子は、こういったプレッシャーを存分に楽しむことができる選手だったが、他のメンバーは相当緊張しているようだった。

野村はメンバーの緊張をほぐそうと、冗談を交えて励ましの言葉をかけたが、これがかえって逆効果になったようで、準決勝でバトン抜け私でミスをしたキャプテンの大橋歩美と第一走者の橋本由美は手の震えが止まらなかった。

見かねた恭子は他のメンバーを集めて円陣を組むと小さな声でささやいた。

その言葉を聞いた他のメンバーは、プッと吹き出して笑い始めた。

「だから、気楽にいきましょう。それに、私達、一度、準決で落ちてるんだから。そう思えば、このレースはロスタイムみたいなもんだから。ねっ!」

歩美と由美の震えは止まっていた。

そして、いつものようにキャプテンの大橋歩美が気合を入れる言葉を口にした。

「由美、スタート大事だからね。」

「任して!」

橋本由美は頷いた。

そして、歩美は続けた。

「私は今度こそ、頑張るから、陽子も何とか恭子にバトンを渡すまでふんばって。」

「OK!頑張るわ。」

秋本陽子もいつも以上に気合充分だ。

「最後はいつも頼ってばかりで申し訳ないけど、やっぱりあなたが頼りなの。だけど、今日は思いっきり楽しみましょう。」

キャプテンの大橋歩美と他のメンバーが、いつものように一斉に恭子を見た。

「任せなさ〜い!」

恭子も、いつものように一言言い胸をパーンと叩いた。

そして、キャプテンの号令で最後の気合を入れた。

「イッチュウー ファイッ!」

「オー!」

さあ!準備は整った。


 選手たちは中央の表彰台の前の整列して、メンバーの確認が行われて後、レースに関しての注意事項を聞かされ、それぞれのスタート地点へ散っていった。

第一走者の橋本由美は他のメンバーを見渡した。

準決勝で一緒に走った南部三中、川村中、東部二中は同じ顔触れだった。

少なくともこの三人には先行できると確信していた。

できれば、トップで歩美にバトンを渡してやりたいと思ったが、南部四中は第一走者に原郁子を起用してきた。

100m決勝では4位に入賞した選手だ。

由美自身も、決勝には残れなかったが、準決までは勝ち残ったランナーで、恭子に比べれば見劣りするが、他の学校だったら、アンカーに起用されてもおかしくない実力ああった。

実質、第一中は由美が逃げて、他の二人が持ちこたえ、最後、恭子が突き放す。

これがリレーでの必勝パターンだった。

しかし、由美は原郁子の顔を見ても動じることはなかった。

不思議と、落ち着いて物を考えることができた。

『まあ、最悪、5位くらいでいければ、最後、6位入賞は出来るかもね。』なんて計算をする余裕すらあった。

反対に、他の学校の選手たちはかなり緊張している様子だった。


 第二走者の大橋歩美は、あくまで、つなぎに徹することと割り切っている。

第一走者のメンバーを考えると、おそらく由美は2位でバトンを運んでくるだろう。

『私が二人、陽子が二人に抜かれたとして、最悪6位で恭子にバトンが渡ればそこから順位が下がることはないから、入賞確実、野村先生大喜び!』

二人に抜かれてもいい!そう考えると、気分が楽になった。


 第三走者の秋元陽子も歩美と同じような計算をしていた。

しかし、他のメンバーの様子を見ると、明らかに緊張しているのが分かった。

この新人戦では、ほとんどの選手が初めて決勝のレースに出ているのだ。

場慣れしているものなどほとんどいない。

南部四中の選手だけが、200mで優勝している。

そんな選手が入ってきた第3グループの他のメンバーは相当南部四中を警戒している。

しかし、陽子にとっては彼女を計算に入れる必要がない。

当然、自分より先にバトンを受け取るだろうし、彼女を追い抜くとか差を詰めるなんてことは全く考えていなかったからだ。

何より、自分のうしろには恭子がいる。

こんなに心強いことはない。


 恭子のいる第4グループ。

さすがに、ここは100mの決勝を再現したかのようなメンバー構成だった。

当然、他の学校の選手たちは恭子を警戒しているようだった。

しかし、これはリレー。

ここのバトンが運ばれて来た時の順位とタイム差が重要になる。

当然、ここで横一線だったら誰も恭子にはかなわない。

ここに来るまでに、第一中学をどれくらい離して来られるかが、他の学校の作戦上のキーポイントだった。

したがって、第二、第三走者にある程度実力のある選手を廻したいところだったが、そうなると、第一走者が手薄になる。

スタートでの出遅れはやっぱり避けたい。

その辺の駆け引きがレースのポイントだと考えていた。

ただ、一校南部四中以外は。

南部四中は、明らかに実力が抜けていた。

最後に三浦恭子がいても、相手は第一中学ではなく、中学記録だけ。そう考えていた。

各校、様々な思惑を秘めてスタートに時間が、刻一刻と近づいていた。





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