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運命の出会い

3.運命の出会い




 拓たちが学校に戻ると、校庭の周りにはかなりの人だかりが出来ていた。

「何だ?この人だかりは。なんか面白いことでもやるのか?」

「何を人事みたいに言ってるんだ?みんな、お前を見に来たに決まってるじゃないか!」

拓は正直驚いた。

高校では、これほどスター扱いされることはなく、一歩間違えば、代表の座さえ危ういのだ。

実際、都大会クラスのランナーは数人いる。

拓たちのようにある程度完成されたクラスになると、0.01秒の壁がどれほど高いものなのかは、所詮素人にはわからないのだ。

それが、ちょっとテレビで取り上げられただけでこの騒ぎだ。

ただ、拓にしてみれば、こんな風にもてはやされるのは心地いいものだと思っていた。

それだけに、全国で無様な走りをしようものなら、何と言われるか…

考えただけでも、ぞっとする。

もし、そんなことになったら、当分家に帰ってこられないな…


 合同練習の主催者でもあり、この地区では指導者としても評価の高い野村が挨拶をしてから、拓を紹介した。

「ボクは第五小でこの野村先生に陸上を教えてもらったのがきっかけで本格的に走るようになりました。いわば、野村先生に出会わなければ、今のボクはありませんでした。みんなも、野村先生に教えてもらえることはすごく幸せなことだと思います。今日は野村先生のお手伝いをさせていただきますのでよろしくお願いします。」

拓が挨拶を終えると、周囲から嵐のような拍手と、歓声が上がった。

野村が拡声器を使って、予想外の見物者たちに注意を促した。

それから、各学校の引率の先生を集めて、子供達を種目別に振り分けた。

子供たちはそれぞれの学校の体操着を着ていて、どの子もな名前を描いた布を胸に貼っている。

拓は、第三小の体操着が今でも変わっていないのを確認すると、懐かしさにとともに安心感を覚えた。

第五小の野村が長距離走、第三小の小林先生が投擲競技を、第四小の唐沢先生が跳躍競技を指導することになった。

拓と飛び入り参加の悠斗で短距離を教えることになった。

全員で準備運度をして、1週200mのトラックをゆっくり2週ほど走ってから、それぞれの種目別に分かれての練習が始まった。


 短距離の選手は、各校男女二人ずつの12人。

とりあえず、各々の実力を見たかったので、一人ずつ50m走をやってもらうことにした。

悠斗にタイムを計ってもらうことにして、拓は一人一人のフォームや走るときの癖をチェックした。

野村の指導を受けているだけあって、第五小の子供たちはタイムもフォームも申し分なかった。

なかでも、長谷部と書かれた布を貼っている男子は、この時期の子供にしてはかなりいいセンスをしていた。

才能があるというのはこういう子のことを言うんだろうな…と拓は思った。

話を聞いてみると、陸上競技が盛んな私立の中学に進むということだった。

第五小の子供たちに比べると、他の学校の子供たちはフォームもバラバラで教えがいがありそうだった。

全員が走り終わったところで、悠斗が拓のところに走り寄ってきた。

悠斗は、驚いたというような表情でタイムを記録した表を拓に見せてこう言った。

それを見た拓も、一瞬目を細め、悠斗に確認した。

「お前、計り間違えたんじゃないのか?」

悠斗は首を左右に振って、否定した。

「断じてない。なんなら、もう一度、彼女には知ってもらえばいいじゃないか?」

拓は“三浦”と書かれた布を付けている少女を捜した。

少女はすぐに見つかった。

第三小の体操着を着て、こちらをじっと見ていた。

拓は彼女を手招きした。

「三浦さん?ちょっといい?」

そう言って悠斗からストップウォッチを取り上げた。

「お前、他の子たちに、もも上げ特訓やらせといてくれ。」

もも上げ特訓とは、拓と悠斗が中学の時、教育実習で来ていた体育教師の卵に早く走る方法として教えられたものだった。

文字どおり、モモを高くあげてスキップするように走る練習方法だ。

「了解!」

そう言うと悠斗は三浦と書いた布を貼った女の子以外の子供たちを集めた。


 恭子は、拓にアピールしようとか、“あの話”をしようとかいう気持ちは全くなかった。

今はまだ、その時期ではないと感じていたからだ。

ただ、“あの人”の顔をその目に焼き付けておきたかった。

テレビや新聞の写真では何度も見たが、実物を見るのはこれが初めてだった。

そして、振り向いた拓と目が合うと、拓が手招きしていたので、辺りを見回してから、拓の方に向き直り、自分を指して、読んでいるのが自分なのかを確認した。

拓は頷いて、恭子の名を呼んだ。


 「三浦さん、ごめんね。ちょっとタイムを計り間違えたみたいだから、もう一度走ってもらっていいかな?」

「わかりました。」

恭子は頷いて、スタートラインの方に歩いて行った。

ゴールラインに着いた拓がピストルを高くあげてスタートの用意を促した。

恭子はクラウチングスタイルでピストルの先端を見つめた。

白い煙が上がるのと同時にスタートした。

その瞬間、パ〜ンと鳴り響く音が辺りにこだました。

 拓は、恭子のスタートを見て、抜群の集中力とタイミングの良さに感心した。

荒削りだが、前傾姿勢で、足も高く上がっている。

恭子の走りは、こうして見ていると、さっきとは違って何かにひきつけられて行くよな気がした。そんな感覚に見舞われているうちに、恭子はみるみるゴールに迫ってくる。

そして、あっという間にゴールを駆け抜けて行った。

先ほど、悠斗がしましたタイムより0.02秒速いタイムだった。

「これは…」

拓は、ふと、長距離の選手たちにフォームの型を教えている野村の方を見た。

野村はすぐに拓の様子に気がついた。

「はい。じゃあ、そんな感じでちょっと走ってみようか。トラックをゆっくりでいいから3週走ってみて。」

そう言って子供たちをトラックに送り出すと、拓の方に駆け寄った。

「どうした?」

拓は野村にストップウォッチを見せた。

「先生これを見てください。」

「ほ〜う!大したタイムじゃないか。どこの子だ?」

野村が感心してると、ゴールを駆け抜けて、校門の近くまで走っていった恭子が戻ってきた。

「今度はちゃんと計れましたか?」

声の主を見て野村は驚いき、拓を見た。

「まさか…」

「はい。」

恭子は、きょとんとした表情で二人を交互に眺めた。


 拓は久しぶりに自宅に戻っていた。

普段は、高校の体育寮に入っていて、土・日も練習があるので、通常は月1回の連休の時くらいしか自宅には帰らない。

この日は特別に次の日の練習も休みを許可されていたので、自宅でくつろぐことにした。

 拓の部屋は、高校に入る前のままで、入試のための参考書などがぎっしり詰まった本棚に混じって陸上競技の雑誌や専門書が陳列されている。

拓は、ポケットアルバムを何冊か手に取って、懐かしい写真を眺めてみた。

幼稚園のジャングルジムの天辺で、夕陽を受けながら風呂敷のマントを首にまいた自分の姿を見て、思わず吹き出してしまったが、すぐに真顔に戻って窓の外を見た。

窓からは沈んでいく太陽の日差しが入ってきていた。

あの頃見ていた西の空と同じ夕陽だった。

今日の合同練習は、久しぶりに、のびのびとした気持ちで陸上に接することができ、有意義で大いに収穫もあった。

三浦恭子という女の子の才能には本当に驚かされた。

最初の50m走では、女子の中では抜群のタイムだった。

男子を含めても、レベルの高い第五小の二人と遜色がなかった。

その後の練習で、ちょっとしたアドバイスをすると、すぐに走る“コツ”をつかんだようだった。

練習終了前にもう一度50m走のタイムを計ったら、どの選手も0.01〜0.1秒程度は早く走れうようになっていた。

しかし、三浦恭子は特別だった。

タイムだけなら、今日集まったどの子よりもいいタイムを叩き出した。

もちろん、男女含めての話だ。

連合陸上大会で走れば、彼女のもとに名門校と言われる学校のスカウトたちが群がるに違いない。

これは、ちょっとした楽しみができた。

拓は、自分のことのように嬉しくて仕方がなかった。

 そして、この日いちばん大きな収穫だったのは、“あの子”の名前を知ることができたことだ。

“あの子”は拓が予想した通り、少し前にこの町に引っ越してきていたのだ。


 三浦家では、恭子の父親孝幸が興奮して話している。

「でかしたぞ、恭子。あの、西崎拓に見初められるとは大したもんだ。」

「見初められるってなんなの?」

恭子は、うざったそうに孝幸を睨み返した。

「そんなに西崎拓が気に入ったのならお父さんが結婚すればいいでしょう!」

「なにを悠長なことを言っているんだ?このチャンスを逃す手はないぞ。他の誰かに持っていかれないように今からつばを付けておいても損はないと言ってるんだ。」

晩酌のビールを飲みながら、ほろ酔い気分の孝幸は目をワクワクさせて夢を膨らませている。

「お父さんったらいい加減にしたら?恭子はまだ小学生なんだから。」

「何を言うんだ、戦国時代や江戸時代には12、3で嫁に行くのは当たり前だったんだぞ。」

「今は江戸時代でもなければ、戦国時代でもないでしょう?いい加減にその話はもうやめにしましょう。さあ、御飯よ。」

孝幸は、グラスに残ったビールを飲み干すと、しぶしぶこの話題を切り上げた。

「第五小の野村先生と拓さんに、ちゃんとした先生について練習すれば、高校生くらいまでには全国大会に出られるようになるかもしれないって言われたわ。今度の連合陸上大会くらいなら軽く優勝できるかもしれないって。」

恭子は大皿に盛られたサラダを自分の小皿にとりながら自慢げに話した。

「足が速いのはお母さんに似たんだな。お母さんも、高校生の時にインターハイに出てるんだぞ。」

孝幸が言う。

「そうなの!知らなかったよ。」

恭子は驚いて母親の早紀を見た。

早紀は照れ臭そうに、優子と浩人の皿にサラダを取り分けていた。

「赤ピーマンは入れないでね。」優子が注文を付ける。

「好き嫌いはダメよ。」早紀は優子をたしなめ赤ピーマンの入ったサラダの皿を優子に渡した。

優子は恭子の妹で小学校4年生だ。

「俺、ピーマン大好き。」

弟の浩人が言う。

「浩人は何でも食べるから偉いね。」早紀に褒められると、自慢げに優子の方を見る。

浩人は小学校の2年生だ。

「ところで、恭子、中学はどうするんだ?」

孝幸が聞いた。

孝幸は、この町に引っ越してきてから、積極的に町会の行事に参加している。

そのため、町会のお偉いさん達ともひたしくなっていた。

実は、今日の合同練習を見に来ていた町会長が、野村先生から私立の中学のスカウトが恭子を勧誘に来るというような話を聞いたと聞かされていたため、恭子が望めば、陸上競技の名門校といわれる私立中学への進学も考えはじめていたのだ。

そんな孝幸の考えなど知ってか知らずか、恭子はあっけなく「一中に行くよ。」と答えた。

一中というのは、もちろん、地元の公立中学校で、拓の母校でもある。


 練習が終わった後は、拓の周りにサインを求めたり、写真を撮らせてほしいという、保護者達が群がってきた。

拓は、丁寧にこれらの人たちの希望を聞き入れてやることにした。

そんな中、一人の少女に意外な話を聞かされたのだ。

その少女は、どこで手に入れたのか、拓の写真を持って来てサインをねだった。

「伝説のガキ大将、西崎拓さんですよね。」

拓が卒業した後、第五小でそんなうわさ話がささやかれ始めていたのは拓も知っていた。

まさか、今でも語り継がれているとは思わなかったので、照れ臭そうに苦笑いした。

その少女は、拓に写真とサインペンを渡すと、こう告げた。

「運命の人へって書いてください。」

拓は一瞬、心臓が止まりそうになった。

「まさか…」そう思ったものの、気を取り直して、少女の顔を見つめた。

“あの子”の面影はどこにもない。

この少女がそんな風に言ったのは、ただの偶然か、もしくはミーハー的な発想からのことだろうと考え直した。

ところが、その少女は言葉をつづけた。

「恭子にあげるんです。拓さん、恭子はどうでした?あの子ったら、おかしいんですよ。拓さんのこと、生まれる前からしていたっていうんだもの。」

ペンを持った拓の手が止まった。

「キョウコって?」

「今日、練習で教えたでしょう?三浦恭子よ。」

拓は愕然とした。

辺りを見回し、恭子の姿を捜してみたが、どこにも見当たらなかった。

もう、帰ってしまったらしい。

「ねえ、早くサインして。」

少女に促されて、拓は再びペンを走らせた。

そして、サインをした後にこう付け加えた。

“何があってもボクがささえてあげるから…信じて”

写真を受け取った少女は拓が付け加えた言葉を読んで、ニッコリ笑った。

「最後の言葉、私には意味が分からないけど、恭子なら、きっと喜ぶわ。」

そして、拓に礼を言うと、小走りにその場を去った。

走り去る少女の後姿を拓は、ただ、ぼ〜っと見つめていた。


 彼女はボクのことを知っていた…

なのに名乗らなかった。

どうしてだろう?

部屋の窓から夕陽を見つめながら考えた。

ボクが思っていた人間とは違ったからか?それとも…

いくら考えても、納得のいく答えを見つけることは出来なかった。

何か理由があることは間違いないはずだ。

だが、やっとわかった。

“あの子”の名前は三浦恭子。

これからは、直接会うことがなくても、見守ってやることができる。

今後、彼女の身に何が起こるのかはわからないが、とにかく今は見守ってやることしか拓には出来ない。

白いヒゲのおじいさんの予言だと、恭子とひたしくなるのはもう少し先になる。

どんな経緯でそうなるのかは想像がつかないが、あの予言が、どうやら真実であることがはっきりと見えてきた。


 野々村仁美は、翌日の日曜日にバレーボールの練習試合があったため、恭子に拓のサイン入り写真を渡したのは月曜日になってからだった。

「恭子!土曜日の合同練習、よかったね。“あの人”どうだった?」

恭子と仁美は、恭子が転校してきた4年の時からずっと同じくラスで、出席番号も16番と17番で、席も、前と後だった。

仁美は後ろ向きに椅子に座り、背もたれに両腕をおいて、恭子の顔を下から覗き込むようにして尋ねた。

恭子は、机に両肘をついて両手で顔を支えるようにした。

「拓さんって、すごいね。あの人のアドバイスの通りに走ったらすごく早く走れたのよ。」

仁美は、恭子を睨み付けて、違う、違うという風に首を振った。

「そうじゃなくて、告白しなかったの?」

「わざわざ言わなくても、その時になれば自然と近くにいけると思ったから。」

「そんなことだろうと思ったよ。」

仁美は、やれやれというように両手を上げて、自分のカバンから1枚の写真を出して恭子の机の上に置いた。

その写真を見た恭子の表情を仁美はニヤニヤして眺めていた。

「仁美!あなた…」

「“あの人”運命の人のこと知ってたよ。でも、それがあなただってことは知らなかったみたいだけど…驚いてたし。」

「どうして、そんな余計なことをしたの?」

「あら?じゃあ、これはいらないのね。」

仁美が写真をしまおうとした瞬間、恭子の手がさっと写真をさらっていった。

「それとこれとは別。仁美、ありがとう。」

恭子は、写真に書かれたメッセージを心に刻んだ。

“何があってもボクがささえてあげるから…信じて”




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