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15.一騎打ち

15.一騎打ち




 恭子がスタンドのほうに歩いて来るのが見えたので、孝幸達は我先にとスタンドの最前列へ移動し始めた。

真っ先に駈け降りてきた孝幸は拓に握手を求めると、拓も右手を差し出ししっかりと握り返した。

それから早紀に頭を下げて微笑みながら言った。

「おめでとうございます」

「西崎君のおかげね」

「そんなことはありませんよ。 これは彼女の持って生まれた才能というか・・・ ある意味、宿命なんですよ」

「宿命だって? それは大袈裟じゃないのか」

孝幸は、拓の言葉に謙遜しながらも、胸の内では興奮していた。

「ほら、ボク等のヒロインのお出ましだよ」

悠斗が言うと、いっせいに拍手の嵐が始まった。


「すごい応援団ね。 羨ましいわ」

高部知美は、そう言いながら、なんだか自分も勇気を貰えるような気分になっていた。

「ごめんなさい。 みんな下町の人たちだから」

「いいのよ。 私の家は農家だから、この時期は夏野菜の収穫があって応援どころじゃないの。 だから気にしないで。 それより、私にも紹介してくれる?」

「ええ! いいわよ」

恭子は、スタンドの前までやってくるとみんなに向かって頭を下げた。

すると早速、高橋から祝福の言葉が飛んできた。

「恭子ちゃん、よくやった! 今の準決勝のタイムはすごかったなあ。 決勝もいけるんじゃないか?」

「それは分からないけど、とにかく頑張ります」

「ところで、隣にいるのは・・・」

高橋は恭子の出るレースしか見ていなかったが、この赤いユニフォームだけは目に焼き付いていた。

「埼玉光陽中の高部です」

高部知美が頭を下げて挨拶すると、高橋は納得の表情でうなずいた。

「どうりで、見覚えがるわけだ。 けた違いに早いヤツが一人いるなと思っていたんだが、お前さんだったのか」

「はい、申し訳ありません。 でも、決勝は三浦さんがいるので全力を出しますよ。 そうしないと、きっと勝てないでしょうから」

「そうかい、そうかい、恭子ちゃんはそんなに強敵かい?」

「はい! わたし、ずっと前から、三浦さんだけが私と一緒に楽しんでくれる相手になりそうだと思っていたんですよ。 今日の走りをずっと見てて、私の予想が正しかったと確信しました」

「そうか! 君は大したものだなあ。 敵になる人間に対してそんな風に考えられるなんて」

「そうですか? 三浦さんもそうだと思いますけど、私は単純に走るのが好きなだけですから」

高部智子の話に高橋は深く感心した。

「まあ、『類は友を呼ぶ』ということでしょう」

拓がそういうと、高橋たちは一様に納得した。

「おう! じゃあ、君もがんばりな。 応援してやるからな」

高部智子は改めて頭を下げ、感謝の気持ちを示した。

そして、拓に向って挨拶をした。

「高部さん、中学を卒業したらウチに来るんだって?」

拓の言葉に恭子達は驚いた。

高部智子は、高校へは進学せず、中学卒業と同時に東洋電機の陸上部に入ることが内定しているとういうのだ。

「ウチは農家だし、ゆくゆくは私も後を継ぐつもりだから学歴は必要ないしね。両親も、今のうちに好きなことをやっておけというものだから」

「ウチは女子のスプリンターがいないから監督が期待しているみたいだよ。 頑張ってね」

「ありがとうございます。 皆さんには悪いけど、決勝では三浦さんにも負けませんよ」

「よく言った。 それでこそ、恭子ちゃんのライバルだ」

高橋は、すっかり高部知美のことが気に入ったらしい。

 そんなやり取りを恭子は黙って聞いていたが、拓が恭子の方を着てウインクしたので、改めて報告をした。

「拓さん、なんとか決勝に残ることができましたよ」

「ああ。 真田先輩から話は聞いているよ。 先輩が決勝までは保証すると言っていたよ」

拓は、大会前に恭子達が東洋電機で合宿した時の様子を、真田綾子から聞いていた。

「真田さんにはとても感謝してます。 なんだか、今までにない力を引き出してもらったみたい」

「決勝、楽しみにしているよ。 それから高部さん、君も負けるなよ」

「はい!」

恭子と高部知美は、二人一緒に返事をすると、お互いに顔を見合せて吹き出すように笑った。

「じゃあ、決勝で。 そして表彰台で」

高部智子はそう言うと、その場を後にした。



 準決勝のタイムは、高部知美が11秒85でトップ。

恭子は自己ベストの11秒90で2番目だった。

3番目以降の選手たちはほとんど11秒9の後半から12秒を少し超えるくらいのところでかなり接戦が予想された。

スタートのタイミング一つで充分に順位が入れ替わるレベルだ。

そんな中にあって、高部知美の優勝は間違いないというのが大方の見方だった。


 フィールドでは既にすべての競技が終了していた。

トラックでは決勝のスタートが近付いて、選手たちがトラックに出てきた。

恭子と高部知美は二人並んでレーン向って歩いた。

他の選手たちは、かなり入れ込んでいるようだった。

これが全国大会の決勝という舞台なのだ。

 しかし、さすがに、高部知美は離れしているようで、ちっとも緊張した様子は見られなかった。

恭子も、リラックスしていた。


 スタート時刻が近付いて、選手たちが自分のレーンに入った。

1コース、宮崎県延岡西中学校、若居(わかい)香奈子(かなこ)

2コース、福岡県博多女子短大付属中学校、中島(なかしま)小百合(さゆり)

3コース、地元、香川県高松第三中学校、小倉(おぐら)真紀(まき)()

4コース、埼玉県埼玉光陽中学校、高部知美。

5コース、東京都城東第一中学校、三浦恭子

6コース、大阪府堺南中学校、吉田(よしだ)ひとみ

7コース、兵庫県神戸青陵中学校、古沢(ふるさわ)順子(じゅんこ)

8コース、秋田県角館桜花中学校、南優子(みなみゆうこ)

選手たちは、入念なウォーミングアップを終え、それぞれのスタート位置に着いた。

恭子の隣のレーンにいる高部知美は、さっきまでの穏やかな表情と違って、既にゴールだけを見据えている。

恭子も気持ちを切り替えた。

スターターがピストルを構える。

選手たちは一斉にスタート態勢に入る。

「よーい・・・」

ピストルの引き金が引かれると同時にパンパーンとピストルの音が2階なり響く。

6コース、大阪の吉田ひとみ福岡の中島小百合がフライングを犯した。

二人は、一か八かの勝負に出て失敗したのだ。

思わぬ仕切り直しに、一度、緊張が緩んだ。

選手たちは、気持ちをリラックスさせようと首を回したり、屈伸をしたりしながら再スタートに備えた。

恭子は、スタートを切らなかった。

隣の吉田ひとみの飛び出しが明らかに早いと感じ取ったからだ。

他の選手たちは、恭子が出遅れたのに運が良かった、と思っていた。

高部知美は、そんな恭子を見て鳥肌が立つのを覚えた。

(この子は本当にすごいわ。もしかしたら、負けるかもしれない)

陸上を始めてから、常にトップを走り続けてきた高部知美が初めて負けるかもしれないと感じたのだった。

 恭子と高部知美以外の選手たちは、一度途切れた緊張と集中力を、再び同じレベルに引き上げることはできなかった。

恭子は一度立ち上がって深呼吸をした。

そして再び、スタートの態勢に入った。

恭子は、スターターが引き金を引く腕の筋肉のふるえ、そして指先の動き、100m先の人間のわずかな変化がすべて感じ取れるほど集中していた。

ピストルが鳴った瞬間、恭子は地面を思いっきり蹴って飛び出した。

その瞬間、恭子の視界にはゴールのテープしか見えないはずだった。

ところが、一陣の風と共に一歩前に出たのは高部知美だった。

高部知美は、そのまま一気に加速すると、少しずつ恭子を引き離していった。

恭子は、スタートの勢いを殺すことなく加速したが高部知美との差を詰めることはできなかった。

スタンドで見ている者には、まったく同じ位置を走っているようにしか見えないくらいの差が、二人の間では10メートルの距離ほどに感じられていた。

スタートした時点で、最初にフライングを犯した2人が出遅れた。

これは仕方がない。

せっかく、全国大会の決勝にまできて、失格になるわけにはいかない。

2回目のスタートはどうしても慎重にならざるを得なかった。

3コースの地元香川の小倉真紀子はほぼ、高部知美と同時にスタートを切った。

しかし、高部知美のスタートの爆発力は半端ではない。

準決勝でも一緒に走っていた小倉真紀子は、十分に承知していたので、ゴールまで、差を広げられないようについて行けば、2位になれると計算していた。

しかし、自分が2人の背中を見ることになろうとは、全く予想していなかった。

7コース、兵庫の古沢順子と1コース、宮崎の若居香奈子、8コース秋田の南優子はほぼ横一線に並んで4番手で追走する。

50メートルを過ぎたあたりで、兵庫の古沢順子が少し抜け出す。

そして、大阪の吉田ひとみがじわじわと盛り返してきた。

 この段階で、トップは高部知美、続いて恭子、少し離れて吉田ひとみ、ほぼ同じ位置で古沢と小倉真紀子、さらに離されて南、若居、中島はスタートの出遅れが響いて最後尾から抜け出せずにここまで来た。

先頭から最後尾までは5メートルほどの接戦だった。

 レースはいよいよ後半戦に入っていく。

恭子は前を行く高部知美の存在を気にすることなく、ただ、心地よい風を感じていた。

高部知美もまた、追いかけて来る者たちのことなど意識の中には置いていなかった。

地元の吉沢順子は、なんとか表彰台をキープしたいと思っていた。

高部智子にはかなわないとしても、2位は確保したい。

あわよくば、高場知美の調子いかんで、棚ぼたの優勝もあるかもしれないとさえ思っていただけに、今までノーマークだった恭子の存在は予想外だった。

吉田ひとみも同じ思いだった。

高部知美を負かすためには、一か八かのスタートに賭けるしかなかった。

結果的にはそれが裏目に出てしまったが、高部知美以外のものに負けるわけにはいかなかった。

古沢順子は決勝に残れただけで満足していた。

この決勝のレースは、中学校生活の最後のご褒美というような感覚で臨んでいた。

スタートで二人が出遅れてくれたことで、表彰台へ欲が少し出てきた。

 中島小百合は最後まであきらめていなかった。

恭子と同様に、今大会中に自己記録を塗り替えながら、勝ち進んできた。

さほど注目もされていなかったので、逆にあっと言わせてやろうという思いが最初のフライングにつながった。

 若居と南は、準決勝2組目で高部智子達と走り、若居が4位、南が5位だった。

順位で決勝に進むことができず、タイムで拾われた。

組み合わせのあやとはいえ、一度は決勝をあきらめた二人だった。

ただ、決勝を走るからには、無様な走りだけはしたくなかった。


 ゴールが近付くにつれ、前の二人と他の選手の差が広がってきた。

3場番目の位置にいる吉田は必死にもがいたが、差を詰めるどころか、次第に二人の背中が小さくなっていくのが分かると、後続の選手に足元をすくわれることのないよう気を引き締めた。

3位争いはし烈になってきた。

吉田ひとみがわずかに抜け出しているが、古沢順子、小倉真紀子もほとんど差がなくゴールへ向かってくる。

中島も後半追い上げて入るが、若居と南を交わすところまではいかず、最下位争いもほぼ横一線となった。


高部知美はトップを走りながらも内心焦っていた。

恭子の走りは最後の20メートルの加速がケタ違いだということを知っているからだ。

今のままでは逃げ切れないかもしれない。

そう思う反面、恭子が並んできて一緒にゴールできたら、最高にいい気分だろうな、とも思っていた。

いずれにしても、ここまで来たら、残っている力をふりしぼって悔いのないようにレースを終えよう。

そう思った。

 恭子はスタートで高部智子が前に出た時、『さすが!』だと思った。

しかし、あとは自分以外の選手の存在も、周りの景色も感じなくなっていた。

ただ、風に導かれるように走った。

いや、走っているというよりも、風に乗って飛んでいるような感覚だった。

そして、やがて決着の時を迎えようとしていた。


 高部智子のスピードは既にMAXに達していた。

それでも恭子を引き離すことができなかった。

ゴールまであと20メートル。

恭子のスピードがMAXを迎えた瞬間、スタンド中のすべてのものが恭子と同じ風を感じたに違いない。

 まさに、ほんの一瞬の出来事だった。

しかし、その瞬間はまるで2時間ドラマでも見ているようにゆっくりと瞼に焼き付けられた。

 今までなかなか追いつけなかった高部知美が、その一瞬であっという間に抜き去られた。

まるで、瞬間移動でもしたかのように。

追いつく・・・ そう思った時には、恭子が真っ先にゴールのテープを切っていた。


 恭子がいちばんにゴールを駆け抜けると、スタンドにいた恭子の応援団は一斉に万歳を繰り返し始めた。

悠斗は拓に握手を求めた。

「やったな!」

「ああ。 きっとこうなると思っていたよ」

孝幸と高橋は、早速、宴会の準備をホテルに申し入れようと携帯を電話取り出した。

「おい、早紀、ホテルの電話番号は?」

「すべて用意できてますよ」

「えっ?」

「宴会の準備なら、もう出来てますよ。あなた達の考えることなんてすべてお見通しです!」

早紀は、仁美と二人で、既に、宴会の段取りを行っていた。

実は、ここに来る前からホテルと打ち合わせして、貸し切りに出来るパーティールームをホテル近くに予約してあったのだ。

今頃は、ホテルからご馳走が運び込まれているところだ。

「じゃあ、恭子が勝つことが初めから分かっていたのか?」

「そんなことは思ってませんよ。 私は今まで頑張ってきた恭子に御苦労さんの意味でパーティーの用意をしていたのよ」

「そういうことか。 まあ、考えてみれば当然だな」

「だけど、これで東京に戻ったら大変なことのなりそうね。 “ばれいしょ”が!」

「早紀さん、その通りだよ! そんときは、売上の半分は恭子ちゃんにあげたいくらいだよ」


 電光掲示板に着順が表示された。


1.三浦(東京 城東第一) 11.71 R

2.高部(埼玉 光  陽) 11.72 R

3.吉田(大阪 堺  南) 11.89

4.小倉(香川 高松第三) 11.90

5.古沢(兵庫 神戸青陵) 11,93

6.南 (秋田 角館桜花) 11.95

7.若居(宮崎 延 岡 西) 11.96

7.中島(福岡 博多女附) 11.96


拓は、その数字をじっと見つめた。

11秒71。

中学生女子の日本新記録。

何も言わずに、ただ、強くこぶしを握り締めた。


 その瞬間、恭子と高部知美は抱き合った。

優勝した恭子も、準優勝の高部知美も中学生女子日本記録を更新したのだ。

「三浦さん、あなたのおかげよ。 やっと超えられたわ。 あなたと走れば、きっといけると思っていたの! でも、あなたがその上に行ったのは、ちょっとシャクだけどね」

「ごめんなさい。私、余計なことしちゃって・・・」

すると、高部知美は突然笑い出した。

「もう、冗談だってば。 あなたって本当に素直なんだね」

そして、すぐに、美由紀や野村が駆け寄ってきた。

一緒に走った選手たちも集まって来て、恭子の胴上げが始まった。


 そんな光景をスタンドで見ていた拓は、今のこの瞬間を心から祝福した。



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