13.いざ、全国へ!
13.いざ、全国へ!
恭子は年が開けて、正月の3が日はどこへも出かけず家で過ごした。
4日には学校のグランドでランニングをはじめた。
新学期が始まる頃にはいつでも記録を更新できるような気がするほど充実した練習を消化することができた。
そして、あっという間に4月になり、恭子は3年になった。
恭子が廊下に掲示されたクラス分けの結果を見ていると仁美が後ろから声をかけた。
「また同じだね。神様に感謝しなくちゃ!」
「そうね。 仁美と同じクラスで本当によかったわ。 三年間同じクラスでいられたのはきっと神様のおかげだね」
「それより、見て! 担任」
「ええ、知ってる! 野村先生」
「野村先生ったら、恭子にクビったけって感じだね」
「そうね!違う意味で、だけどね」
そんな話で盛り上がっていると、恭子は背後に人の気配を感じて振り向いた。
野村だった。
「それより、もっと凄いニュースがあるぞ。 二組のメンバーをよく見てみろよ」
そう言われて恭子は二組のところを順番に見ていった。
「田中・・・ 高野台の田中美由紀?」
「そうだ。 春休みの間に最近できたマンションに引っ越して来たんだと」
田中美由紀は去年の100m決勝で3位に入った選手だ。
「そう言えば、彼女も2年生だったわね。 原姉妹が抜けたとはいえ、四中は選手層が厚いから彼女が来たのは大きいわ。 これでリレーも期待できるじゃない」
仁美は恭子の手をとって飛び跳ねた。
ちょうどそこへ田中美由紀が現れた。
「三浦さん、同じチームで走れて光栄だわ」
そう言って田中美由紀は手をさしのべた。
こうして、恭子の中学生活最後の1年は、学校も万全のサポート体制で、いよいよ全国へ行くための花道が設けられたのだ。
春の中体連陸上大会では、一中から恭子と美由紀が決勝に駒を進めた。
結果は言うまでもなく恭子の圧勝だった。
美由紀が2位に入り、一中がワン・ツーを決めた。
恭子走り幅跳びでも優勝し2冠を達成した。
恭子以外のメンバーが卒業していなくなった、100×4リレーでは第一走者の美由紀が貫録で先頭に立ったが、第二走者の横井直美と第三走者の宮下麻衣子は共に2年生で実力は他の学校のメンバーと比較しても見劣りしたが、懸命に頑張って、僅差の3番手で恭子にバトンを渡した。
その時点で、野村は一中の優勝を確信した。
恭子は麻衣子からバトンを受け取ると、一気に大外を回って前の二人を抜き去った。
直線に入ると、その差は広がる一方だった。
「やったネ!」
表彰台の上で美由紀に握手を求められて恭子は笑顔で答えた。
そして、二人の2年生に労いのことばをかけた。
「あなた達も頑張ったわね」
直美と麻衣子は首にかけられた金メダルを噛むポーズをしてVサインを返した。
「さあ、次は都大会だ。そして全国が待っているぞ」
野村は恭子達の肩に手を廻して涙目でそう言った。
都大会では、手始めに走り幅跳びで5m89を跳び優勝すると、100mでは中学記録の迫る12秒07で優勝し、全国の切符を手にした。
「よしっ!いいぞ!」
応援に駆けつけてきた孝幸と高橋がガッツポーズをとると、横で見ていた早紀は思わず吹き出してしまった。
「課長、夏休みは8月の末にして下さいね」
「当たり前だ!俺も四国に行くぞ」
今年の全日本中学陸上選手権は8月の末に四国の香川で開催されることになっていた。
美由紀も決勝まで進み、3位と健闘したが標準記録の12秒60にはわずかに届かない12秒65で全国行きの切符を逃した。
100×4リレーは残念ながら準決勝で敗退した。
2年の直美と麻衣子は自分たちが足を引っ張ったと泣き崩れたが恭子と美由紀は二人のおかげで都大会まで来ることができたのだと二人を称えた。
「先輩、来年は私たちだけでも決勝に行けるように一生懸命頑張って練習します」
涙ながらに、恭子達にそう訴える二人を見ていると、自分も、もっと練習し根ければと言う気持ちになった。
「全中選手権は夏休み中だからみんなで応援に行くわね」
美由紀がそう言うと、直美と麻衣子も頷いた。
「仁美先輩に頼んで“ばれいしょ”でアルバイトをさせてもらいましょう!それで旅費を貯めなくっちゃ」
そんな二人を野村は睨みつけた。
「なにバカなこと言ってるんだ。中学生がバイトなんかできるわけないだろう!それに、今、一生懸命練習するといっただろう」
「そんな~」
拓は国体に備えての合宿中で応援には行けなかったが悠斗からのメールで恭子の活躍を喜んだ。
「今年の全中選手権は確か四国の香川だったな・・・」
9月に開催される国体が兵庫で時行われるため、千葉県代表で参加する拓は他の競技に参加する東洋電機のメンバー達と会場の下見を兼ねて8月末には兵庫に行く予定になっていた。
「・・・どんぴしゃだ!」
野村に全日本陸上選手権の日程を確認してもらったら、100mの決勝が行われる日に拓は兵庫にいる。
しかも、その日は下見を終えた後の自由行動になっていたのだ。
拓は早速、孝幸と連絡をとり、同じホテルを手配してもらった。
孝幸は快諾し、早紀や夏休み中の子供たち、高橋に“ばれいしょ”の一家、悠斗も同じホテルに泊まることを告げた。
「こりゃあ、まるで、町内会の旅行だな」
拓は、苦笑いしながら宿舎の窓を開けて空を眺めた。
ひときわ輝く星が二つ、そして、その周りには無数の星が集まっているように見えた。
まるで、自分と恭子のように思えた。
夏休みに入ると、野村は東洋電機の陸上部と合同練習を申し入れ、グランド近くにある女子寮に恭子と美由紀を止めてもらう手配を陸上部の池田監督に依頼した。
池田は快く引き受けてくれた。
「いきのいい子が来てくれるとウチの真田にもいい刺激になるってもんだ」
真田と言うのは、東洋電機陸上部の女子部員で恭子達と同じ短距離の選手である。
男子は拓や篠塚といった全国区のトップランナーを抱えていたが、女子は長距離に有望な選手が多く、短距離ではこの真田綾子がリーダー的存在で、高校生の時に関東大会まで行って池田にスカウトされた。
実業団に入ってからは伸び悩んでいて池田も頭を悩ませていた。
綾子本人も陸上をやめようかと悩んでいるようだった。
野村の申し入れは、まさに“渡りに船”で、恭子達を指導することで綾子が何かを掴んでくれるのではないかと期待していた。
合同練習を前日に控え、恭子は身の周りの物をバッグに詰め込んでいた。
そんな恭子に孝幸は手提げ袋を差し出し、激励した。
「いよいよ明日だね。しっかり練習してくるんだぞ。香川にはそのまま行くんだろう?」
「そうよ。だからしばらく会えないね」
「みんなで応援に行くからな。それにしても西崎君がいないのは残念だなあ」
「仕方ないわ。拓先輩は国体の会場の下見に行ってるんだもの」
恭子が中身を覗いた後の笑顔を見ると、Vサインをして出て行った。
「じゃあな。ちょっくら、ばれいしょに行ってくる」
孝幸が差し出した手提げ袋の中には新しいシューズが入っていた。
恭子は早速そのシューズを履いてみた。
まるであつらえたように恭子の足にフィットする。
「お父さんったら夏のボーナスを全部それにつぎ込んだのよ。西崎さんの靴を作ってくれている職人さんの所へ恭子がはきつぶした靴を持って行ってお願いしたらしいわ」
恭子は孝幸がくれたシューズを抱きしめて心から感謝した。
“ばれいしょ”はこのところ連日の大盛況だった。
話題はもっぱら恭子のことだ。
町内会の連中はもちろん、常連の客は皆恭子のことを小学生の時から知っている。
孝幸が店に着くと、高橋がカウンターの奥から手を挙げて合図した。
孝幸は高橋の隣に腰かけると、生ビールを注文した。
「おそいぞ。主役がいないと始まらないじゃないか」
「すいません、ちょっと用事があったもので・・・」
「まあいい、よし!それじゃあ始めるとするか」
青少年部の高橋の呼びかけで恭子の応援ツアーが企画され、父親である孝幸が団長に任命されたのだ。
ツアーには町内会の連中をはじめ、“ばれいしょ”の常連客や地元出身の議院、金村雅夫もいた。
「なんだか知らないけど、ずいぶん大袈裟になっちゃったなあ・・・」
そう思いながら孝幸は、この町に引っ越してきて本当に良かったと思った。
兵庫に来ていた拓は千葉県代表の選手団とともに練習場となる近くの高校のグランドにいた。
選手団の中には同じ東洋電機陸上部の篠塚や女子マラソンで前回のアテネオリンピックに出場した渡辺弘子らがいた。
弘子は拓の横に来ると拓の腕を掴んで話しかけた。
「三浦さんだっけ?今頃ウチで練習始めた頃ね」
「そうですね」
「私期待してるのよ」
「それはありがとうございます」
「違うの。彼女のことじゃなくて綾子のことよ」
「真田先輩のこと?」
「そうよ。あの子、私の後輩なんだけど、ウチに入ってからパッとしないでしょう?」
「・・・」
「監督が言ってたけど、三浦さんの指導をすることで何か得るものがあるんじゃないかって」
「そうですね、ボクも真田先輩は才能があるとずっと思ってましたよ。高校生の時はあこがれたいましたから」
「へ~っ!そうなんだ。まあ、それはさておき、私みたいなマラソンランナーと違ってスプリンターとしては、あの子も年齢的にそろそろ厳しいと思うのよ。」
「・・・」
「高校生の時から思ってたんだけど、あの子はどっちかっていうと選手より指導者に向いていると思うの」
「そう言えば確かに。ボクがスランプのとき真田先輩に声を掛けてもらったことがあるんですけど、それがきっかけで吹っ切れたことがありました」
「だから、今回、三浦さんを教えているうちにそう言う自覚を持ってくれるといいなって期待してるんだ」
東洋電機の女子寮はほとんどの寮生が陸上部に所属している。
恭子と美由紀は2階の二人部屋に案内された。
荷物を置くと早速とレーニンウェアに着替えてグランドに出た。
他の部員たちは日中仕事をしているので、グランドにはまだ誰もいない。
二人でストレッチを始め、軽くトラックをランニングした。
綾子は早めに仕事を切り上げると、池田のもとを訪れた。
「よう!真田か」
池田は、東洋電機陸上部の監督をやっているが、東洋電機を定年退職して以来、グランド近くの一戸建てを購入し、夫婦二人で悠悠自適の生活を送っていた。
「前にも話したが、今日から中学生が二人一緒に練習に参加する。お前と同じ短距離の選手だから面倒みてやってくれ。もう寮についているころだから、そろそろグランドに顔を出すだろう。紹介するからついて来てくれ」
「わかりました」
綾子は池田とともにグランドへ向かった。
二人がグランドに着くと、既に恭子と美由紀はトラックをランニングしていた。
「おっ!早速やってるな」
綾子がグランドに入ろうとすると、池田はそれを制止してこう言った。
「ちょっとあいつらの走りを見ていよう」
恭子達は、ランニングをしながら時々、交互にダッシュをしては追い付いた時に相手にタッチするといったような練習をしている。
これは、野村が考えたリレーメンバーの練習方法だった。
それを見ていた綾子はあることに気が付いた。
「あのショートカットの子・・・タッチされてからの反応がすごく早い!」
「ああ、そうだな」
池田は、綾子の目の色が変わるのを感じえ内心『しめた!』と思った。
「そろそろ行こうか?」
そう言って池田はグランドに入るとトラックの前で二人に声をかけた。
二人が気付かないようだったので、綾子は一歩前に出て大きな声で合図を送った。
それでも二人は夢中で走り続けている。
コーナーを回って池田と綾子がいる方に向いた時、始めて気がついたようにこっちへ向かって走ってきた。
二人は池田と綾子の前まで来ると立ち止まり、「よろしくお願いします」とお辞儀をした。
池田が「ようこそ」と言って手を差し伸べると、二人は互いに顔を見合せてから、ハッとしたように耳に手を当てた。
二人は耳から耳栓を外し、改めて挨拶をした。
「耳栓?」
綾子は驚いた。
「耳栓をして走っていたの?」
「はい!リレーの練習のときはバトンを受けてからの反応が大事だと言って、野村先生が足音や周りの雰囲気をシャットアウトしてバトンを受け取った感触に集中できるようにって考えた練習方法なんです」
綾子も当然リレーの経験があるから分かるが、バトンの受け渡しが大きく順位に影響するのがリレーだ。
こんなことを思いつく先生も先生だが、それをサラッとやってのける二人に改めて感心した。
それで、あの反応の良さはまさに天性のものだと感じた。
池田は大したものだと感心し、それを聞いた綾子の表情を見て更にニヤッと笑った。
「どうだ?教えがいがあるだろう?」
「ええ、なんだかワクワクしてきました」
全中選手権開会式の3日前、合同練習の最終日に野村が二人を迎えに来た。
野村は池田のもとを訪ね礼を言った。
池田は笑顔で野村に握手を求めた。
「いや~あ、野村さん、こちらこそありがとうございます。おかげでうちの選手たちにもいい刺激になったようで次の試合が楽しみですよ。三浦さん、いいところまで行けるんじゃないでしょうか。ウチの真田が太鼓判を押しましたから!」
「そうですか。それは心強い。」
野村が寮へ行くと恭子と美由紀は既に荷物をまとめて、真田綾子とともに玄関先で待っていた。
「先生、ありがとうございます。いい勉強になりました」
二人が、そう声を揃えて言うと、野村も満足そうに応えた。
「そうか、じゃあ、行こうか。いざ、日本征服へ!」
「日本征服ってなんですか?それじゃあ、まるで悪の秘密結社みたいじゃないですか」
そのやり取りを聞いていた綾子は思わず吹き出してしまった。
「それを言うなら全国制覇でしょう?」
綾子がそう訂正すると、恭子と美由紀もうん、うんと頷いた。
「まあ、そうとも言うな」
野村は、綾子に深々とお辞儀をするとお礼を言った。
「いろいろとお世話になりました」
「どういたしまして。私も色々と勉強になりました。向こうにいたら西崎君によろしく伝えて下さい」
そう言って綾子は3人を見送った。
3人がバスに乗るのを見届けると池田がやってきて綾子に隣に立った。
「監督・・・」
綾子の表情が晴れやかに輝いているのを見て池田は満足そうだった。
「監督、わたし今度の試合で引退します。その後は指導者の勉強をしようと思うんです。あの子たちと一緒にいて気が付いたんですよ。わたしにはその方が合ってるって。あの子たちがウチに来るころには、きっと、東洋電機を短距離王国にして見せます。」
「そうか、それは残念だが、お前がそう思うのなら仕方ないな。だが、次の試合はそれなりの結果を出して、指導者としての箔をつけてくれよ」
「はい!任せて下さい。たぶん、監督が、『頼むから現役でいてくれ』と泣きつくかもしれませんけど」
「こいつ!」
池田はそう言うと、綾子の頭を手を当て髪の毛をくしゃくしゃにした。
「も~う!監督!」




