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記憶喪失の君と、君だけを忘れてしまった僕  作者: 小鳥居ほたる
記憶喪失の君と、君だけを忘れてしまった僕
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1.打ち合わせ

記憶喪失の君と、君だけを忘れてしまった僕

LAST EPISODE


二〇四〇年 四月


『まったく、君には驚かされてばかりだね』

とある平日の昼下がり。僕は日頃お世話になっている女性の担当編集さんと、打ち合わせの電話をしていた。とはいえ、もう原稿は全て出来上がっていて、後は本になり店頭に並べられるだけだから、ただの世間話みたいなものだけれど。

「すいません……こんな無理を押し通してしまって……」

『いくら謝っても、全然足りないぐらいだ。私の青臭くて忘れたい過去話も、君はこれから白日の下に晒そうとしているんだからね』

先輩――女性編集者である桜庭奈雪さんは、とても愉快だと言わんばかりに笑っている。この話を持ち出したとき、この話を書いているとき、そして書き終わった時、いつかは本気で怒られるだろうと思っていたのに。

「本当に、すいません……」

僕はもう一度、菜雪さんに謝罪する。彼女には最初から最後まで、たくさん迷惑をかけてしまったから。

『別に、本当は怒ってなどいないよ。これが、君の選んだ道なんだろう? あの瞬間から、君はこの時だけを目指してきたんだから。何年も経ったんだ。私はもう、覚悟くらいできている』

「……ありがとうございます」

再び小説家を目指すことを決意したあの時、僕は同時にあることも決断していた。それは、僕の書いた小説で華怜のことを見つけるということ。

僕の小説がたくさんの人に読まれて、僕の名前がたくさんの人に知られれば、世界のどこかにいる華怜が気付いてくれるかもしれないと思ったから。だから僕は小説家になって人気が出て来たら、この話を書くことを心に誓っていた。この、僕の物語を。

『一番心配だったのは、編集長に話を通す時だったね。君にはたくさんお世話になっているとはいえ、こんな突拍子もない物語を本当に出版してもいいものか、私も正直疑問に思っていたから』

「奈雪さんが編集者になっていなかったら、出版まで漕ぎ着けなかったかもしれません」

『そんなに私を過大評価するんじゃない。でもまあ、編集者としての最後の仕事で、この作品にたずさわれて本当によかったと思っているよ』

奈雪さんは今回の仕事を最後に仕事を退職して、家庭に入るようだ。本当に最後までお世話になりっぱなしで、彼女の前では頭を下げっぱなしである。

『編集長から聞いたけど、こういう裏設定的なものがあった方が読者の反響を期待できるそうだよ』

「裏設定というより、全部事実なんですけどね」

『まあ、こんな不思議なおとぎ話を、まともに信じるやつなんていないだろうからね。編集長もきっと、今も半信半疑だよ。でもほかの編集者さんは、きっとこの物語の中に真実が隠されてます! と主張していたけどね』

僕はくすりと微笑む。こんなファンタジックで不思議なおとぎ話を本当に信じる人がいるとしたら、その人はとても変わっている。でも、一人ぐらいは信じてほしいと思った。華怜は本当に、あの時あの場所にいたのだから。

 しかし実際のところ、もうSNSなどでは小さな話題となっていた。小鳥遊公生が、自分の名前を小説の中に登場させたのだから。もっと広まってくれれば、本当に華怜が見てくれるかもしれない。

『とってもロマンチックな話じゃないか。小鳥遊先生』

「その呼び方はちょっと……」

「君はいつになったら慣れるんだい?」

小説家になって日は浅くないけれど、それでもまだその呼ばれ方は慣れていない。なんだかむずがゆくなってしまう。

『それにしても、私の指摘を覚えていて、まさか物語の中に取り込んでくるなんてね』

「あぁ、あの時のことは今でも忘れられませんから。先輩のアドバイス、今でもしっかり覚えています」

あの時先輩には、『一人称の物語なんだから三人称の視点を混在させてはいけない』と指摘された。だけど僕はその指摘を逆手に取り、今回の話ではわざと三人称の視点を挟ませている。

この話に至っては、こんな反則技を使っても何の問題もないだろう。そしてうまく騙された人は、最後まで読んでようやく『そういうことだったのか』と理解する。

一種のお遊びみたいなものだ。

『ところで、茉莉華さんは今どこに?』

「今は外で、華怜と洗濯物を干してます」

『そうかそうか、仲の良い家族だね』

僕は「ありがとうございます」とお礼を言った。

しばらく電話をしていると、向こうから、男の声が聞こえてくる。どうやら公介くんに呼ばれたようで、茉莉華さんは『それじゃあまた今度。茉莉華さんによろしくと伝えておいてくれ』と言った。

「わかりました。よろしく伝えておきます」

『それじゃ、サイン会の日が楽しみだね』

そう言って、奈雪さんは通話を切る。

 僕は手持無沙汰になり、原稿の一番最初から物語をもう一度読み直してみる。それは僕の記憶を辿る行為だ。あの頃の出来事は、今でも鮮明に思い出すことができる。

 二〇一八年の五月二十一日から、二〇二八年の四月まで。完全に僕の視点を忠実に追ったこの物語の中に、真実は隠されているのだろうか。

 そういうことを必死に考えていると、ドアの向こうから「ただいまー!」という元気な声が突き抜けてきた。僕はそれだけで笑顔になり「おかえり、華怜!」と言ってリビングへ向かう。

 果たしてそこにいたのは十年前そっくりに成長してくれた華怜の姿で、あの倒れていた時と同じ制服に身を包んでいた。

 僕を見つけるとパッと笑顔になり、勢いよく抱きついてくる。そしてもう一度「ただいまー」と言って嬉しそうに笑った。

「華怜はもう十七歳だろ? いつも思ってたけど、ちょっと子どもっぽくないか?」

「いいもーん、子ども心を忘れないのは、とってもいいことだからっ!」

 やがて茉莉華もリビングへと戻ってきて、華怜に「おかえり」と微笑む。華怜は「ただいま、お母さーん」と、僕に抱きついたまま返事をした。

 茉莉華は「本当に二人は仲が良いわね」と微笑む。華怜はその言葉に誇らしげに胸を張った後、僕の身体から離れた。

 そして次は茉莉華へ抱きつき「お母さんも大好きだよー」と甘え始める。

 こんなことをするのはさすがに家の中だけのことだが、華怜は幼稚園の頃と同じく高校でも僕らの自慢をしているらしい。最近はそのことが原因で、マザコンファザコンと言われるようになったらしく、だけどなぜか本人は喜んでいた。

 華怜にとっては喜ばしいことらしい。

 スキンシップもほどほどに、茉莉華は一枚の紙を棚から取り出して華怜に見せた。

「ほら、来月の修学旅行で必要なもの揃えなきゃ。前日になってあれがないこれがないって言われても困るのよ?」

「わかってるよー」

 少々めんどくさそうに華怜は言った。あまり修学旅行には乗り気じゃないらしい。行き先は香港らしいけど、海外旅行なんて滅多に行けないから楽しんでくればいいのにと思う。

 そんな華怜は僕の腕を掴み、すり寄ってきた。

「ねーお父さん、本当に修学旅行行かなきゃダメ?」

「絶対行かなきゃダメってことはないけど、行かないと思い出が作れないから後悔すると思うぞ?」

 すると華怜は唇を尖らせてそっぽを向いた。いったいどうしたんだろう。

 茉莉華は呆れたようにため息をつく。

「海外旅行なんて一生に何度も経験できることじゃないんだから、精一杯楽しんできなさい」

 今度の華怜はさらに唇を尖らせて「もういいっ!」と言って自分の部屋へ戻っていった。茉莉華は肩をすくませる。

「華怜、どうしたのかしら?」

「もう高校生だから、いろいろ多感な時期なんだろ」

「いいことなのかしら」

「ちょっと寂しいけど、これも成長したってことなんじゃない?」

 寂しいけど、いつまでも僕たちにべったりというわけにもいかない。華怜もいずれは親離れをして、大人になっていくんだから。

 しかしそうは言うものの、やっぱり親離れというのは寂しいものだ。

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