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34.新しい命

 あの時と違うのは、僕らが同じ布団の中へ入って眠っていたこと。


 朝焼けの眩しさに思わず目を開き、目の前の茉莉華もほぼ同じタイミングで目を開けた。目が合って、お互いにくすりと笑う。


「お仕事、二日間お休みを貰えばよかったかも」

「だね。僕も、今日が休みの日がよかったかも」


 割と早い時間に目を覚ましたから、まだ寝転んでいる余裕はあった。


「私、とっても幸せだよ」


 僕のことを抱きしめながら、茉莉華は耳元で囁く。軽く息が吹きかかって全身がピクリと震えた。その様子に茉莉華はくすりと笑う。


「茉莉華は、いつも大胆だよね」

「大胆な私は嫌い?」

「好きだよ。でも、無理させてないかな?」

「無理というと?」

「僕って、結構控えめな性格してるから。いつも茉莉華に踏み出してもらってばかりで、無理させてるのかもって」


 ちょっと心配になったことを訊いてみると、茉莉華は「なあんだ、そんなことね」と言った。


「無理なんてしてないよ、これが本当の私。ちょっと積極的なのは、やっぱり事故があったからかな。色々と行動しないで後悔するのは嫌だからね」

「茉莉華も、同じこと考えてたんだ」

「公生くんも?」


 こくりと頷くと、今度はお互いにくすりと笑いあった。


「後悔したらダメだって思ったから、茉莉華のところに走っていけたんだよ」

「私も、後悔したらダメだって思ったから、公生くんに告白できたの」


 最悪な事故は奇しくも僕らの後押しをしてくれていて、どこか複雑な気分だった。喜んだらダメなのに、ああいった出来事がなかったら結ばれなかったかもと思うと、やっぱりどこか複雑になる。


 でも今は、余計なことを考えなくてもいいと思った。ただ結ばれたことを喜ぼう。


 ちょうどいい位置に茉莉華の唇があって、僕はまたそれをふさいだ。キスは不思議だ。触れ合わせただけで、愛していると相手に伝わる。


 その間に言葉なんてものはいらない。

 僕らは照れたように笑う。


「これはまた時間がある時にしなきゃだね」

「だね、危うく自制が効かなくなるとこだった」


 時間的に、もう布団から出ないといけない。それが分かっていたから、もう一度だけ短いキスをして気持ちを切り替えた。


 僕は大学へ、茉莉華は仕事に。


 こういうのを欲張るのはあまりよくないことだと思うけど、もっと茉莉華との時間が欲しかった。

 それはたぶん茉莉華自身も思っていたことで、だから茉莉華はそれから週に二、三回ほど部屋に泊まりにくるようになった。


 だんだんと茉莉華の私物が部屋に増えてきて、いつの間にか仕事と大学以外の時間はすぐ側にいることが当たり前になってくる。


 そのほかに変わったことといえば、僕が大学四年に進級した頃に七瀬先輩が結婚したことだ。名字は清水に変わって、僕も茉莉華も先輩の呼び名は「奈雪さん」になっている。


 奈雪さんが結婚して隣の部屋を出ていっても、三人の友好関係に変化はなかった。茉莉華は相変わらず奈雪さんと連絡を取り合っているし、僕もたまに三人でどこかへ行くときは話をすることがある。


 奈雪さんの子どもが生まれたのは、僕の進路がようやく決まった頃。僕はかねてより志望していた出版社に就職することができて、茉莉華は本当に泣きながら喜んでくれた。


 清水公介。


 それが奈雪さんの子どもの名前だった。なぜかその名前を聞いて茉莉華が一瞬微妙な顔をしていたけれど、ちゃんと笑顔で祝福していた。


 奈雪さんも、幸せな笑顔を浮かべていた。


 僕と茉莉華は、僕が大学卒業とほぼ同じタイミングで結婚した。それはずっと決めていたことで、就活をしながら何度も茉莉華の実家へ足を運んでいた。


 運んでいたといっても、嬉野家の人はみんな僕を受け入れてくれていたし、特にいざこざが起きるなんてことはなかった。


 そういえばいつの間にか茉莉華の妹さんとは打ち解けていて、僕らのことを祝福してくれた。


 そのようにして僕らは結ばれて、茉莉華は『小鳥遊茉莉華』という名前に変わる。


 週に二、三回だった二人暮らしは当然毎日のものとなり、二人だけの時間が格段に増えていった。


 それから二年が経過した二〇二二年の春の終わり頃、突然茉莉華は体調不良を訴えて仕事が休みがちになった。


 僕は心配になって「もし万が一のことがあるから。病院、行ってみようか」と提案すると、すぐに首を縦に振って了承してくれる。


 最初は病気かと思ってとても心配したけれど、違った。それは密かに二人で望んでいたことで、実はようやく叶ったのだ。


 茉莉華のお腹に新しい命が宿っていた。


 その事実を僕らは泣いて喜び、共に抱きしめあった。


 それから何週かほどが過ぎて、生まれてくる子どもが女の子であると判明した。


 僕らは今、茉莉華のお腹を撫でながら、生まれてくる子どもの名前を決めている。

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