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13.柑橘の味

 アパートへ戻っても、華怜の表情が晴れることはなかった。

 大学を出てからずっと思いつめたような表情をしていて、何を話しかけてもどこか上の空だ。

 おそらく、飛行機事故で亡くなった教授の娘さんのことを気にしているのだろう。

 後から小耳に挟んだ話だが、葬式関係の都合で地元へ帰っているらしい。

 今まで飛行機事故がどこか遠い世界で起きた出来事のように感じていたけれど、違った。

 今日街ですれ違った人の中にも、飛行機事故で家族を失った人たちがいるのかもしれない。そう考えてしまうと、地に足がついていないように錯覚してしまう。

 僕たちはずっと、不安定な場所で生きているのかもしれない。

 華怜は座布団の上へ座って、テレビを付けた。

 飛行機事故のあらましが放送されていて、それを食い入るように見つめている。

「こういうの、やっぱり知っておかなきゃダメだと思うんです」

 そう彼女が言うのなら、僕も見ないわけにはいかない。華怜の隣へ座って、ちゃんとニュースを見た。

 過去に起きた飛行機事故では生存者がいたようだが、今回の飛行機事故は乗客が全員死亡したらしい。落ちた時の衝撃で亡くなった人もいるだろうけれど、直後の爆発が決定的だったようだ。

 みんな、あの時あの瞬間で死ぬとは夢にも思っていなかったのだろう。

 テレビを消して華怜は呟いた。

「私たちは、いつ死ぬかわからないんですよね……」

 本当にその通りだ。

 今日にでも原因不明の心臓発作で倒れるかもしれないし、歩いている時に自動車に跳ねられるかもしれない。

 通り魔に刺されるかもしれないし、はたまた病気にかかって死ぬかもしれない。

 その可能性を一つ一つ考えてしまうと、僕はとても怖くなった。

死ぬことじゃなくて、華怜と離れることが。

 それはきっと、華怜も同じことを考えていた。

 だからこそ、昨日の残り物を温めて夜ご飯と風呂を済ませた後、布団の中で華怜が抱きついてきたのかもしれない。

 彼女を守ると誓った僕は、しっかりと抱きとめる。

 初めにキスをしてきたのは、華怜の方からだった。薄暗闇の中柔らかく温かいものが当てられて、それが唇であるとすぐに理解する。

 夢の中にいると錯覚するぐらい、それは甘美な行為だった。

 唇を離した華怜は、今度は僕の胸のあたりに顔をうずめる。

「迷惑でしたか……?」囁くほどかすかな声だったけれど、それはハッキリと聞こえた。

「迷惑じゃないよ。ずっと、こうなればいいなって思ってたから」

「私も、ずっとこうなればいいなって思ってました」

 不安定な場所に立っていると知った僕らは、きっといつもの僕らより素直になれている。

「本当は寄り添った時も、手を繋いだ時も、励ました時も、すっごく恥ずかしかったんです」

「僕の方こそ、必死に抑えてた」

「ずっとそうしたいって思ってて、だけど恥ずかしいからできなくて、公生さんの夢を利用してたんです。なんとなく、公生さんも私に気があるのかなって、感じてましたから」

 僕の夢を伝えておいて、本当によかったと思えた。

「こんな私、嫌いになりましたよね」

「好きだよ」

「もしかすると、記憶を失う前は極悪人だったかもしれません」

「それでも、華怜であることは変わりないから」

 たとえどんな人間だったとしても、僕は華怜を嫌いになったりしないだろう。

 もし誤った道をひた走っている人だったなら、きっと元の道へなんとしてでも引きずると思う。僕は華怜というたった一人の女の子を好きになったんだから。

 最初は、一目惚れだった。だけど今は、華怜のことが好きな明確な理由が存在する。それはいつだって、いつまでだって変わることはないし、一生ずっと変わらないものなのだろうと、この時の僕はハッキリと自覚していた。

「嬉しいです」

 再び顔を上げてきたため、もう一度キスを受け止める。

「早すぎ、ですかね」

「時間なんて関係ないと思う」

「最初、公生さんに抱いた気持ちは、もしかするとこういった気持ちだったのかもしれません」

「一目惚れってこと?」

 そう訊くと、華怜は頷いた。

「僕も最初は、一目惚れだった」

「嬉しいです。でも、最初は、なんですか?今は、違うんですか?」

訊き返してきて、僕は誤魔化すように曖昧に微笑む。華怜のことを好きな理由を、この時の僕は言葉にするのが照れ臭かったのだ。 

 それからの僕らは、一つ一つを確認するように何度もキスを交わした。それは焦りという感情から来ていたのかもしれないけれど、僕らの気持ちに嘘偽りはなかった。

 だけどキスより先には決して進まない。

 それはダメだと本能のようなものが告げていて、きっと華怜も同じことを思っていたのだろう。彼女もそれ以上のものを要求して来ることはなかった。

 だけど華怜が記憶を取り戻して高校を卒業さえすれば、すぐにその先へ進む予感はあった。愛しているのだから当然だ。

 しばらくはずっと、綺麗な付き合い方をしていくのだと思う。

「大好きです。公生さん」

 最後は僕から、キスをした。

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