第8話 鬼化
「あれ、異変ってなんだったっけな……」
思い出している内に、パジャマ姿のまま1階の洗面所までいつの間にか着いていた。
無意識に蛇口を捻り、ふと前の鏡を見つめる。
「は、はぁっ!?」
鏡に映った自分の姿に驚愕する。 一瞬見えた彼の姿、それは銀色の尖った角が頭に生えていた姿だった。だが、目をこすってもう1度鏡を見て確かめると、そこにはいつも通りの自分が映っていた。
「なんだ、幻覚か……角なんて生えてるわけないよな。多分、睡眠不足のせいだ」
蛇口から出っぱなしだった水をすくい取り、顔を洗う。少し冷たい水が、彼の顔を刺激した。まるで夢にあった、バケツの水のように。
「そういや昨日のやつ、何者なんだったんだろ……あの2人の家まで行ってみるか」
パジャマから私服に着替え、早足で外に出る。眩しい朝日に一瞬目を細め、まだ人が少ない道を記憶を頼りにして歩く。
「……あった、あの家だ」
1度も迷わず、昨日とほぼ同じ光景の場所まで辿り着いた。だが、例のローブの男がいるという所までも同じだった。違うところといったら、その男が家の向かいの裏路地から家を見張っているという所ぐらいだ。
「おい、お前昨日のやつだろ。あの家の人に用があるのか? まぁ、とてもいいような用では無さそうだけど……」
月鬼は少し用心しつつ、ローブ男に話しかける。が、その男は裏路地の奥へと逃げていく。明らかに怪しいと思い、幅が1mほどしかない道を追いかける。
しかしその速さは尋常ではなく、運動不足の彼には追いつけそうにない。
「まだ、まだ行ける……っ!」
必死でそう心で唱える。すると途端に足が軽くなり、スピードがぐんと上がった。
理由は分からない。が、そんなことは考えずに、男の背中を追いかける。
数mもあった距離を一気に縮め、届くと確信した月鬼は思いっきり手を伸ばし、
「捕まえたぁーっ!!」
そう言って、男のローブをしっかりと握る。が、そこにはローブしかなく、男は幻のようにいなくなっていた。
スピードが止まらず、勢い余って転びかけるが、全力で右足でカバーして止まる。
「ど、どういうことだ……」
息を切らしつつ、その状況にただひたすらローブを握りしめる。
顔、手、足、胴体……よくは見えなかったが、たしかにローブの下にあったはずだ。
「もしかして、魔術か?」
「ああ、分身魔術みたいだな」
「分身魔術か……って、え?」
自分の独り言に誰かが突然答え、月鬼は素っ頓狂な声をあげる。
驚きつつ前を見ると、見覚えがある人物が裏路地の出口で仁王立ちしていた。
「お前は昨日の……」
「ドロイだ」
クリーム色の髪と青い目、フサフサのファーがついた革ジャン。昨日、いちゃもんをつけてきた人、いや、ロボットだ。
「アイツはお前ん家を偵察してたけど、なんでお前達を?」
「さぁ……数日前から見張られているけどな」
「そうか……」
自分達のことなのに、無関心そうに答えた。そしてドロイは「そんなことより」と前置きし、
「俺はお前のことに興味がある」
意味が深いようなセリフを言って、月鬼の頭を見つめる。
「まさか『鬼人族』が戦鬼団以外にいたとはな」
「鬼人族?」
もしやと思い、前頭部に手を当てる。すると、何かがあった。
そう、角だ。1本の角が生えていた。多分、朝に鏡で見た時と同じ角だろう。月鬼は騒然とするが、ドロイは冷静に返す。
「鬼人族はたしか滅びたはずなんだが……とりあえず、戦鬼団に知らせるか」
その後ドロイに案内され、俺がこの冥府京に来て初めて見た光景、大通りまでやってきた。
そして、どこまでも連なる高い壁にドでかい扉がある。
「懐かしいな……ここから俺の第2の人生が始まったんだよな。まだ2日前のことだが」
1人でボケて1人でツッコむ月鬼を無視し、扉の持ち手に手を掛ける。
「無視か。で、なんでここに来たんだ?」
「知らないのか? 戦鬼団は閻魔様が結成させたって」
「あー、前聞いたことあるような。聞いてないような」
曖昧に答えたが、たしか初めて紅鬼とあったときに聞いた覚えがある。
ドロイはゆっくりと扉を開けると、大きな椅子の背が見えた。そして、金髪の女性の後ろ姿も。
「閻魔様ー!」
その後ろ姿に、月鬼はつい声をかけた。すると閻魔はチラリと振り返り、その顔を見せる。相変わらず美しく、そして全ての動きにエロさがあった。