第7話 夜の冥府京
──あいつ、あの2人に何かしようとしているんじゃないか……?
そういう疑問を抱いた途端、妙な胸騒ぎがした。
気がつくと月鬼は、ローブを着たそいつの後をつけていた。
シェリーとロボットが右に道を曲がると、やはりローブの男も右に曲がる。
気づかれないように5、6mほど後ろにいた月鬼も、急いで道を曲がろうとする。
だがローブ男は大きな家の前で立ち止まっていていたので、道を飛び出しかけた月鬼は焦りつつ曲がり角で身を忍ばせる。
「2人はあの家に住んでるのか」
「おい、ここで何をしている」
ローブ男の方に気がいっていた彼の背中に、何かを当てられた。多分それは銃だろう。一瞬振り向こうしたが、そんな事すると何されるかわからない。
いや、もしかしたらそいつはローブ男の仲間なのかもしれない。どちらにしても殺られるかもしれないだろう。
「聞こえないのか? 何をしているんだって言ってるだろう」
「えっと、道に迷っちゃって……」
恐怖のあまりに月鬼の声は、壊れた楽器のように震える。作り笑いをして自然に振舞おうとするも、大量の冷や汗をかいていて隠しきれていない。
「お前、名前は何だ」
「げ、月鬼……です」
「ああ、君があの……」
彼の名前を聞いて、二人称が「お前」から「君」に変え、すぐに銃を向けるのをやめる。それに安心した月鬼は怯えつつ後ろに振り向く。
そこには、葉の裏側のような色のスーツを着て四角の縁のメガネをかけた薄黄緑の髪の鬼がいた。高身長で、角は2本。できるサラリーマンのような雰囲気だ。
「僕は戦鬼団の柳鬼。君の話はだいたい聞いているよ。で、何を見ていたんだ? 僕の推測だと……罪人とかかな」
「え!? い、いや、違います!」
「図星、か。僕の推測は相変わらずよく当たるよ」
動揺を隠しきれず、さっきひいたはずの冷や汗が、また出てきた。彼の言う通り、本当に月鬼は嘘をつくのが下手だ。
「まあ、罪人はもうどこかへ行ってしまったようだけど……」
驚いた月鬼は、再びローブ男がいた方を見ると、そいつはどこにもいなかった。
「君も早く家に帰るんだね。そうしないとまた罪人に襲われる」
「家……あ」
「僕の推測だと、ここがどこか忘れたんだね?」
「……当たりだ」
月鬼は自分の間抜けさと、柳鬼という彼のナルシストさに苦笑い。
そして柳鬼は、ドヤ顔気味で
「ここの通りを北に50m。そこを右に曲がって65m。そしてそこにある角を左に曲がり20m歩いたところ。まあ簡単に言えば、ここから先の2番目の曲がり角を右に曲がって、3番目の曲がり角を左。そして少し歩いたところの左手に見えるところが君の家だ」
無駄に長ったらしく説明してくれた彼に 「少しウザイな……」と思いつつ礼を言って、言われた道を辿って家に帰った。
「また、悪夢だ……」
目の下には濃い隈、黒髪はボサボサで目は虚ろに。一晩中魘されていたようだ。
「2日連続はマジでついてないぞ……どんな夢だったっけな」
振り返るのも嫌になるほどの悪夢ということはハッキリと覚えている。
寝惚けつつも重い足取りで階段を一段一段ゆっくりと下りていきながら、夢を思い出す。
「たしか……誰かにいじめられてる夢だったっけな……」
1人の金髪の不良男子生徒に校舎の壁まで迫られている、とある青年は、怖くて足が動かない。迫る男子生徒はなにやら彼に、言い掛かりをつけているようだ。
「──おい、俺の自転車の鍵盗んだのお前だろ。いつもいじめられてるからって、盗むことはねぇよなぁ? なんとか言えよこの野郎っ!!」
生徒は壁ドンをしつつ、怯える彼を責める。しかし本当は盗んでなどいない青年は、何も言い返せずにただひたすら黙っていた。
「ちっ、面白くねぇな……お前ら、ぶちまけてやれ!」
数歩ほど後ろに下がり、そう2階の窓に向かってその生徒が叫ぶ。すると窓がガラッと開き、2、3個に並々まで溜められた大量の水が一気に青年に降り注いだ。
水浸しになって蹲る彼の姿に、金髪の生徒も2階でバケツをぶちまけた生徒達も声を上げて嘲笑い、満足げにそこから去っていった。
「──ぶっ飛ばしてやる……」
その言葉で、目が覚めたんだった。
一瞬だったのでよくは分からなかったが、その時の彼の目は、弱々しさが消えていて、どこか殺気が籠っていたような気がした。
そして彼の姿に、異変が起きていたのだった。