第6話 夕の散策
──おい、アイツが来たぜ
暗い暗い闇の中、2、3人の小学生らしき声が聞こえる。
「あんな弱っちそうなのがー?」
「ああ見えても、変な角が生えると人を殺すらしいぜー」
「うわ、怖ーっ! 殺人鬼ー!」
「さーつじんき! さーつじんきっ!!」
『殺人鬼』という、からかう声が一つ一つ深く心に刺さる。
怒り、恨み、憎しみ、悲しみ……様々な不の感情が、彼の心の中でごちゃ混ぜになっていた。その彼は誰なのかは分からない。
だが、身に覚えがあるような気が少しした。
──どうして僕だけ、角があるんだ……? なんで皆には角が……
そこで月鬼は、パチリと悪夢から目を覚ます。彼の息は少し荒くなっていて、汗だくになっていた。
「なんだったんだ、あの夢……」
苦い顔をしつつ体を起こして、ふと窓を見ると空はオレンジに染まっている。
「気分転換に、散歩でも行くか。日が沈みかけてるけど、ここら辺のことも知りたいしな」
ギシ……という音と共に、ベッドから起き上がる。
「今気づいたけど、ずっとこの服着てたんだな……。たしか、ジャージっていったっけ」
ぐるりと1周部屋を見回してタンスを見つける。そのとても高そうなタンスのドアを開けると、中には一応服はあった。
「うわっ、なんだこれ……」
が、流石偉人の世界。とてもきらびやかで、ウン十万までありそうなドレスやスーツが20着ほどあった。これを着るのはどうかと思い、月鬼はそっとドアを閉じた。
「お、こっちの方はいいな」
別のタンスを見ると、見慣れたような服が掛かっていた。
その中から黒いTシャツと黒いパーカー、ジーパンを選んで着替える。サイズはだいたいピッタリで、近くに置いてあった鏡を見て身なりを確かめる。
「なかなか似合ってるな。って、いつまでも着替えてないで、早く散歩しねぇと……」
すこし足を早めて家から出て、ジャージのポケットに手を突っ込みながら道をなんとなく歩き進む。
人々は黒髪黒目のよく見たことがある人や、金髪で青色の目の人が多いが、エルフや獣人などは見かけない。
「多分ここら辺は、死ぬ前の俺が元々いた所の偉人が住んでるんだろうな……」
独り言をブツブツ言いつつ歩いていると、青目でクリーム色の髪の若い男性に肩がぶつかった。反射的に「ごめんなさい」と謝ると、予想外の返事が来た。
「おいお前、罪人だろ? 俺のデータにない」
その質問を聞いた月鬼は、またややこしい説明をしないといけないのかと思い、つい少し大きめのため息をする。
「あのさぁ、罪人が堂々と人通りがある道を歩くと思うか?」
半ギレ気味の月鬼は、正義感が強い青年に正論をぶつける。しかし、彼は怯むことなく質問返しする。
「確かにそうだ。ならばお前は何者なんだ?」
心の乱れを落ち着かせようと、軽く1回深呼吸をして、
「俺は月鬼。死んだ時に記憶失っちまったから仕方なくここに来たって、お前のデータにしっかりとしまい込んどけ」
「あ、いたー!」
突然、女性の声が2人の背後から聞こえる。驚く彼らが振り向くと、灰色のつなぎ姿で後ろでクリーム色の髪をくくっていて、彼と似ている女性が駆け寄っていた。
「もー、何やってたのよ。帰りが遅いから探したのよ?」
「別に何やってても良いだろ」
彼女は心配していたが、青年は不義理に返した。そこで月鬼の存在に気づいて、
「私のロボット、また何かしましたか?」
「え、ロボット?」
その言葉に、ロボットが一体誰のことを示しているかということが分からず、頭が動転する。
「あ、この子、本当の人間みたいな見た目と言葉だけど、ロボットなのよ。一緒にいると、よく姉弟と間違われるわ」
動きも質感も言葉も何もかもが人間そっくりだ。彼がさっき言っていた、『データ』とはそのままの意味で言っていたのだろう。
「もう帰るぞ、シェリー。そろそろ日が暮れるし」
「迎えに来てもらってそれは無いでしょー! ちょっと、聞いてるー?」
仲良さげに言い合いつつ彼らは、さっきよりも人通りが少なくなった道を帰っていった。
「……さて、俺も帰るか。ん?」
クルリと方向を変えて、彼らが行った方向とは真反対を見た月鬼の前方に、ローブを頭まで被った背の高い人がこちらへ歩いていた。
その怪しげな人を少し警戒しつつ、月鬼は目を合わさないように歩き進む。そして、すれ違いざまに怖いもの見たさで顔をチラリと見た。
あまりよくは見えない。が、その人の目は狂気に染まっていて、何かをじっと見つめていた。
そいつが見つめていたもの。それは、さっきのロボットとシェリーというあの女性だった。