第3話 新生活の最悪な始まり
「死後の世界から消されたくなかったら、今すぐ地獄に帰りなさい!」
月鬼の身体に向けられる手。そこにはジリジリと小さなエネルギーが少しずつ集まってきていることが、彼にも感じれた。
──やべぇ、詰んだ……
ここから逃げるか説得する、もしくは地獄に行くことぐらいしかできない。
いや、もし仮に逃げたところですぐに殺られるだろう。
ここは説得しか……だがその時、どこからか声が聞こえた。
「やめろ、吹鬼。そいつは罪人じゃねぇ」
振り向く少女──吹鬼の見る先には、たくましい体つきの青年が、通行人達の前に立っていた。
その青年の腰には、上着を巻き付けていて、剣を2本も差している。
そして、彼にも1本の角が生えていた。角は先が割れていて、中からは紅色の真新しそうな角が見えている。
多分この人が、さっき閻魔が言っていた紅鬼という人だろう。
「あんた月鬼ってやつだよな?」
「ああ、そうだが……」
その問いに、戸惑い気味に月鬼は答える。一方、吹鬼は仰天し手を素早く月鬼から放す。
「もしかしてこの人、鬼人族なの!?」
「いいや違う。月鬼という名は、閻魔様がお付けになられたんだ。まぁとりあえず、事情は後にして……今はそいつの案内のほうが先だ」
『そいつ』に紅鬼は、「ついてこい」と言わんばかりの表情で月鬼を見たあと、歩き出す彼の背中に月鬼はついていく。
そして周りの通行人達は何も無かったのように動き出し、さっき通りの様子に戻った。
「もう既に知ってるかもしんねぇけど、俺の名は紅鬼。紅の鬼って書いて紅鬼だ」
彼は歩きつつ、手短に自己紹介をする。黒地に炎のイラストが入ったTシャツに、赤い目と髪。名前の通り、赤鬼のような見た目だ。
「にしても、冥府京に行かしてもらえるなんてついてるな。たしか記憶をなくしたんだって?」
「ああ、原因は分からないけどな……。こんなことよくあるのか?」
「いえ、数十年も閻魔様に仕えていますが、こんな事例は初めてです」
性格似ていて話しやすかったのか、 2人は元から知り合いだったかのように馴れ馴れしく会話する。
その中に、一緒についてきていた少女が警戒気味に割り込んだ。
「そういや、お前と紅鬼はどういう関係なんだ? 親子?」
「私と紅鬼さんは、どちらとも戦鬼団に入っているんです。決して親子という関係などでは……」
冗談で言ったのを間に受けて、吹鬼は否定する。"戦鬼団”について質問しようとしたが、それを紅鬼が予知したかのように先に答える。
「戦鬼団っていうのは閻魔様が結成した騎士団みたいなもんで、地獄から這い上がってくる『罪人』を退治するために作られたんだ」
「さっき言ってた『罪人』ってそれのことか……」
会話が終わった時、紅鬼の足が止まる。と共に、月鬼と吹鬼も足を止めた。
そして前を向くと、広い庭があり2、3階ほどまである立派な一軒家が建っていた。その豪華な家に、月鬼は思わず目を見張る。
「着いたぞ。ここがお前ん家だ」
「え、もしかしてこれ俺の家なのか?」
「ああそうだ。不満か?」
「いや、寧ろ大満足だぜ……」
家の中は無駄に広く、基本的な家電製品は揃っている。それだけだとまだいいが、意味不明な形の器具や見たことない家具も置いてあり、とてもではないが不気味だ。
「さっき大満足って言ったの訂正。ちょい満足だ」
「ははは、まあそのうち慣れると思うから、心配すんな」
と紅鬼は他人事のように笑って済まし、玄関口に背を向ける。
「それじゃあ俺達は街を見回ってくるからなー」
「ああ、ありがとな!」
こう素直に、「ありがとう」と言える。そんな自分に、彼はすこし違和感を感じる。
月鬼は紅鬼達を見送ろうと1歩踏み出したその時、吹鬼がパッと振り返る。
「待ってください!」
すこし冷や汗をかく吹鬼は、月鬼の後ろの家具の影を見ながらこう言った。
「この不穏な気配……そこに罪人がいます!」
「えっ!?」
一同がその家具の方へ振り返るとその影から、とても鋭利な剣を逆手に持ってギロリと不気味な目をした、『罪人』が出現する。
「ちぇっ、バレちまったかぁ……。まぁ昼間から暴れるのも悪くはねぇかなぁ!!」
ドタドタと大きな足音を1歩ずつしっかりと鳴らしながら月鬼に走り近づく。
「俺の剣の餌食になるがいいッ!!」
「──ッ!」
大きく振りかざされた剣の軌跡がゆっくりと見え始めたと思ったら、真っ直ぐと月鬼の身体へ目指し斬り込まれる。
その瞬間に、死んだ。──そう月鬼は思い込んだのだった。