第2話 第2の人生の始まり
──閻魔。彼女はそう名乗った。
基本、閻魔といえばおっかなくてコワモテな男というイメージが強いが、彼女には閻魔という要素など一欠片もない。
なので思わず、「……は?」と声を漏らす。
「『は?』とは何じゃ!? 妾のあまりの美しさに言葉がなにも出ないのか!」
「いやいや閻魔様がこんなエロいわけがないだろ!! もう少し閻魔要素入れろよ!」
バカでかい声で叫び合いながら、青年は閻魔につっこむ。(決して卑猥な意味ではない)
「そのセリフ、過去にも何百回か言われたことがあるのう……」
と言い、遠い目をする。そして彼女は「さて」と前置きし、
「お主は天国に行かそうか、地獄に行かそうか……どちらにしようかのう?」
「天国や地獄に行ったらどうなるんだ?」
「天国は10年間自由に暮らし、地獄は30年間罰を受け続けるのじゃ。その期間が切れたら元の世界へと転生する」
閻魔は淡々と説明するが、青年は「うーん」と唸り悩む。
まず地獄はおいといて、天国はたった10年しかいられない。転生すれば記憶はまた無くなるのだろうから、どちらに行くのかが悩みどころだ。
だがその時、閻魔は「そうじゃ!」と言い、その悩みの種をスッキリと解決する提案をした。
「冥府京に行くがよい!」
「めいふ、きょう……?」
初めて聞く意味不明な単語に、彼は一瞬思考が止まる。
が、閻魔は構わず話を続ける。
「普通、冥府京は偉人しか行けない場所じゃが、特別に行かしてやろう。そこだと永遠に暮らし続けられるしの」
「おお、最高じゃねーか! あと足りないことと言ったら……名前か」
名前を考える2人の間に、一瞬の静寂が訪れる。
親が子供の名前を考えるように、真剣に考えるが、そもそも自分の名前なのでハッキリと決まらない。
なので青年は、閻魔が口を閉ざすことをやめるのを、考えているような仕草をとりながら待っていた。
「名前は……月鬼でどうじゃ?」
「うわ、適当! 俺、月も鬼も関係ないんだけどな。まぁそれでいいや」
「名前を考えてもらいながら無礼な態度じゃのう……」
苦笑いする閻魔は大きな椅子から立ち上がり、椅子の後ろにあるドでかく重そうな扉の前まで行く。と思ったら、手のひらを扉に向けてハンドパワー的な何かでその扉をゆっくりと開ける。
扉の隙間からは眩い光が差し、その光が周りに溶け込んだ。
「これは……」
青年・月鬼──思わず息を呑んだ彼の目線の先。そこには、とても賑やかで、とても美しくて、とても楽しそうな、輝いた世界が写っていた。
獣人やエルフがいて、中には魔法を使っている者もいる。
空は晴れ晴れとしていて、まるで御伽の国のようだ。
「どうじゃ、天国よりもいい世界じゃろ?妾が直々に案内してやりたいところじゃが、妾も忙しいのでのう。代わりに紅鬼に案内してもらうのじゃ」
閻魔は扉を開けたまま、また椅子の前に戻り、座って話を続ける。
「後で妾がそやつに知らせておくから、お主は先に街を巡ってでもいるがよい。待たせたのう、次の者〜!」
「……ありがとな、閻魔様ー!」
閻魔は、活気溢れた街に走りながら言う月鬼の感謝の言葉を、微笑し左手を軽く挙げて、何も言わず見送ていった。
「にしても、偉人ってこんなにいるもんなんだな……」
と呟いたが、全ての世界の偉人がここに集うというのだ。そう考えれば、これぐらいの人口でも納得はつく。
立ち並ぶ露店を見る限り、冥府京の言語は月鬼が知っている言語と一緒だ。というより、魔法か何かで分かるようになっているのだろう。とても便利な魔法だ。この魔法があれば、外国語のテストは大の得意になるだろうに。
「ま、そんな簡単に魔法なんて使えるはずないよな……」
「──そんなこともないわよ」
「えっ?」
彼のボソリと言った独り言に、幼げな声が答える。
少し焦って、ふと振り返ると、月鬼の後ろには右目が長い黄金色の髪で隠れた小さな少女が立っていた。
よく見ると彼女の頭には1本の角が生えていて、赤めの瞳がとても可愛らしい。
「あ、いきなり話しかけてごめんなさい。この辺りではあまり見かけない顔だけど、新しい偉人さん?」
「いや、俺は偉人じゃないんだ……」
子供とは思わぬ礼儀正しさと口調に、思わず彼は一瞬動揺する。
が、彼女は偉人ではないかということが分かった彼はさらに動揺した。
いや、動揺したというより衝撃を受けたというほうが、この場合正しいだろう。
「偉人じゃない? ってことは、もしかしてあなた、罪人!?」
罪人。という言葉が、彼女の口から発される。と共に、街の人々は一斉に月鬼の方を向き、ざわつきだす。
「なんなんだ、罪人って……」
「誤魔化さないでっ! 私達の目を欺いて、隙を狙って暴れようなんて考えなんてさせないんだから!」
彼女の態度は豹変し、月鬼に手のひらを向けて目をキッと睨みつける。
その状況が把握しきれない月鬼は、ただひたすら黙り続けることぐらいしかできなかった。