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死後の世界エンジョイ勢  作者: 冥府京の住人
第1章
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第1話 ようこそ、冥界へ

 とある青年がすむ、7階まであるマンションの屋上。

 そこから彼は、星のように輝く街を見下ろした。


 ──今日の街の景色は、いつもより綺麗だな


 そう思いつつ、青年は背中を押すように吹き付ける風と共に、身体の力を抜いてふわりとそこから身を投げ出す。


 真っ逆さまになった世界を飛ぶ青年は、腕をピンと伸ばした。街の星を一つ一つ掴むように。

 その星々の輝きが大きくなるにつれ、周りは時を刻むのをだんだんと遅くする。


 やがて、とても美しく光り輝く夜の街に、一つ、大きな衝突音が響き渡った。


 と同時に、青年の視界は目を開いているのか瞑っているのかも分からないほど真っ暗になった。

 そして、青年の意識はその闇の中に取り込まれ、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などなど……全ての感覚が無になったのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ──ここは……?


 その青年は再び意識が戻ると、綺麗な星々が広がっていた空は赤みがかった暗い空に変わっていて、呆然と立つ彼の前と後ろにはたくさんの人々が1列にならんでいた。


 だが、彼に起きたことはそれだけではない。


 ──俺は誰だ?


 そう、彼は今までの記憶を無くしていたのだった。

 彼は一瞬にして混乱したが、ゆっくり大きく深呼吸をして頭の中で数少ない情報を整理する。


 とりあえず今分かることは、彼の記憶がほとんど無くなっていることと、なぜか1列になって並んでいる列の中に紛れ込んで並んでいることだけだ。


 だとしたら、今できることは1つ。


「……そう、この列の先にあるものは何か、なぜこんな大勢の人達が並んでいるのかを確かめることだ」


「おい! さっきからブツブツブツブツうるせぇんだよ! 後ろ詰まってるんだから早く前進め!」


 いつの間にか考えている事を口にしていた青年。

 それを、彼の後ろに並んでいた男性がものすごい剣幕で怒鳴りつけた。

 その姿は熊のように大きく、表情は狼のように恐ろしかった。

 真っ直ぐに細くなった瞳孔で睨みつけられ、顔や身体のあちこちにある傷が今までの経歴を物語っている。

 そんな男に怒鳴られた青年は一瞬心臓が止まり、「は、はい」と虫のように弱々しい声で返事をして列を前に詰め、しばらく口は固く閉じたままでいた。



 そんな中、身がすくんでいる青年の前の方で、2人の人が雑談をしていた。

 何か手がかりを掴めそうだ。と思い、青年はその話に聞き耳を立てる。



「閻魔様はどういう御方なのだろうか……」


「噂によればかなりの美人らしいぞ〜!」


「ほんとか!?早く会ってみてぇ〜!」


 ──閻魔、聞き覚えがあるような……


 記憶を無くした。といっても、全ての記憶を無くした訳ではないようだ。

 言葉や物の名称や意味などは、彼の記憶の隅の方にうっすらと残っていた。



 数分経ってからのこと、列の先頭が少し先に見えてきた。


「ふぅ、やっとここから解放される……ん?」


 と共に、そこに建物があることにも気がついた。

 その建物は城のような形で、屋根は赤っぽく、和風な雰囲気を醸し出していた。

 どうやらこの列の人々はその建物を通るために並んでいるようだ。

 どうやら1人ずつ順番に通っているようで、進むのが遅い理由はそのためだろう。


 1人、また1人と通っていき、青年はついに列の先頭となり建物へ呼ばれる。


「次の者〜」


 少し色っぽく、大人な声が彼の所へと届く。と同時に、彼はそそくさと建物の中へと入った。


 建物の内部は天井が高いうえ広く、床に満遍なく敷かれた赤い絨毯の真ん中に、デンっと大きく豪華な椅子が置いてある。

 その椅子には、建物と合う真っ赤な和風の服を着た金髪の女性が堂々と座っていた。

 彼女の服は肩ほどまで下がっていて、足は際どい所まで露出しており、とてつもなくエロい。

 これが世にいう花魁(おいらん)というものなのだろうか。

 その女性が、手に持つ尺を青年の方に向け、こう聞いた。


「お主、名はなんという?」


「名? あー、それが忘れてしまってて」


 という彼の慮外(りょがい)な返答に、彼女は一瞬戸惑う。が、足を組み直し、こう言葉を続けた。


「名を忘れた、とな。今までの悪行を隠すために妾の目の前で嘘をつくとはの……」


「ほ、ほんとだって! ここがどこかも知らないし、あんたのことも知らねぇ」


 まあ、それが当たり前の返事だ。

 記憶喪失なんてことは非現実すぎる。

 だが、それが本当に起きている以上その言葉を否定し続けなければならない。


 こんな時、嘘を見抜くアイテムなどあればいいのに。なんていう馬鹿らしいことを思っていた時、その馬鹿らしい思いが何故か叶った。

 彼女はツルツルに磨きがかった綺麗な水晶を手に取りこう言ったのだ。


「ならばこの水晶を通してお主を見てやろう。嘘をついているならばお主の姿は黒く影って映っているはず、じゃが……」


 余裕の表情だった彼女は、水晶を通し青年を見た途端に言葉を失う。

 その結果はもちろん、水晶には凛々しい青年の雄姿が映っていた。


「嘘をついていないじゃと!?」


「だから言ったろ。記憶無くしちまったって」


 と、得意げな顔で返すと彼女は苦々しい顔になり、


「ぐぬぅ……では何故記憶などを無くしたのじゃ?」


「それを知ってたら苦労しねぇよ。てか、さっきから気になってたんだけど、あんた一体誰なんだ?」


「うむ、仕方ないのう。教えてやるか」


 そして彼女は、小さく「コホン」と1回咳払いをし、自信げにこう言った。


「──妾の名は閻魔! 冥界一の美貌を持つ大王じゃ!」

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