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勘違いしてしまいそう

 こちらを見る卯月の顔が引きつっているのが分かる。


 世界が変わり、性別が変わったとしても月影卯月は一高校生。大衆の視線を浴びるのに慣れているわけがない。

 仮に彼女にヒットポイントのゲージがあればどんどんと減っていき、すぐにレッドゾーンに突入するだろう。


 彼女は幼馴染である責任を果たそうとしているのだ。

 本来、男の役目であるはずが、この世界では女性の役目。少し考えればそのことに合点が行く。


「…ごめん、何も考えてなかった」


 自分でも、萎縮して行くのが分かる。体の体積が小さくなって行くような感覚があるのだ。


 幼馴染との関係を取り戻そうと張り切ったはいいがこの体たらく。

 如月睦月という人格が変わってしまっても、所詮僕はクソ野郎だ。


「いいって」


「でも…」


 でもと、言いかけて考える。仮に逆の立場なら、僕はどう思うだろうか。

 目の前の可愛い少女が大衆の好奇の目に晒され、それを守っているのが僕自身だとしたら。

 どうしたいのか、どうされたいのかを考え、屑なりに答えを出す。


 簡単だ、僕がされたい事をすればいい。相手は幼馴染、多少可笑しくても後で幾らでも言い訳は効く。

 ここはあべこべ世界。男女の観念が変わってしまった世界なのだ。


「…ちょっと合わせて」


 電車の喧騒の中、卯月の耳元で囁く。

 それから、周りにも分かるように彼女に笑顔を向けた。我ながら心の中で辟易とする営業スマイルである。

 

「卯月、今日も可愛いね」


 自分の言葉にドン引きする。

 これが本心であると言うことに顔が引きつりそうになるが、笑顔は崩さない。


 卯月には『こいつやべえ、キモ』くらいは思われていそうだ。


 まあ、何をしたいのかと言えば。

 名付けて『俺らリア充なんだよ近付くな』作戦。


 仲良さげなカップルを演出して周りを遠ざける。

 成功する条件として『ただしイケメンに限る』と注意書きがあるが、多少『イタイ』と思われようと、関わりたくないと思ってもらえればそれでいいのだ。

 相手は見ず知らずの他人、通学の過程で会うことはあるだろうが、今後関わることがないであろう人達。


 モブ顔の僕がやるにはだいぶキツイものがあるが、自業自得と言ってしまえばそれまで。


「……⁉︎」


 卯月を含め周りが目を逸らした。作戦は成功だ。彼女を視線の針から避けることに成功したのだ。


 卯月もさすがに引いて俯いているが、謝ればなんとか許してもらえるだろう。

 彼女は幼馴染であるし、何たって工業高校病であるのだから。


 そのまま恋人同士っぽく電車内で過ごし、駅で電車を降りる。

 あまり人の目の無いところに行き、速攻で頭を下げた。


「…えっ、と…さっきはごめん」


 例え幼馴染であろうが、いきなり恋人扱いされて嬉しいと言う人は少ない。しかも相手は決してイケメンとは言えないモブ。

 僕の場合は彼女にそうされても寧ろ嬉しいくらいだが、生憎、自分が嬉しいなら相手も嬉しいなんて言う残念な思考回路は持ち合わせていない。


「…いや、その…こっちこそ、ごめん。私がちゃんとしてれば、ね。謝ることじゃないよ」


 僕なりの誠意を分かってくれたのか、どうやら卯月も穏便に事を済ませてくれるようだ。

 幼馴染と仲良くなろうとして逆に嫌われる、なんて目も当てられない。


 と、少しいい事を思いついた。


「その…お詫びって言ったら怒られるかもしれないけど、今日、弁当作ってきたんだ。よかったら貰ってくれない?」


 我ながら中々に図々しい奴だと思う。こう、押し付けるような。

 ただ昼食代も浮くし、彼女にとって全く利益にならないなんてことはない筈だ。

 もとからあげるつもりではあったけれど。


 鞄の中から、黄緑色の風呂敷で包まれた弁当を取り出す。


「…えっ!」


 同色の水筒とセットで渡そうとしたら、何故か凄い表情をしたまま固まってしまった。


 僕が弁当を差し出している構図のまま、暫く沈黙が続く。


 …その『えっ!』は何?


 『そんなもんいらねーよ、お詫びがそれとかふざけとんのか?』の『えっ!』なの?

 それとも『男の幼馴染からお弁当を貰えるなんて卯月ちゃん嬉しいっ!』の『えっ!』なの?


 仮に前者だった場合、僕は間違いなく彼女から嫌われているし、そんな状況であんなわけわからない事をした変態になるんだけど、それは。


 いや、後者だとしても変態だと思われている可能性は大いにあるな…。


「…じゃ、よかったらまたお昼。先行くね」


 結局、その反応が怖くて逃げてしまうのが如月睦月なのである。

 一緒に行こうなどと言っていながら、『先に行くね』とか、ほんとクソ野郎だな。


*****


 1人、学校に着いて席に座る。


 まだ時間に余裕があり、まだ教室に人は少ない。残念ながら、僕に話しかけてくれるような聖人はいないようだ。


 窓の外に登校してくる生徒達を眺めながら、先ほど置いてきてしまった幼馴染様の事を考える。


 さっきは勢いで弁当を渡したが、よく考えれば彼女も弁当を持っているはずなのだ。


 昼食代も浮くし、なんて考えたが記憶にある限り学食には行っていなかったはずだ。

 と、言っても卯月がまだ『彼』であったときの事ではあるが、そうではない可能性の方がずっと低いだろう。


 だとすれば、さっきの『えっ!』はおそらく『ちょっ、弁当持ってんだけど。うわっ、どうしよ、幼馴染から弁当貰っちゃったけど正直食べれねー』的な『えっ!』だろうか。


 まだ登校してこないのも、弁当を持って立ち尽くしているからかもしれない。

 席も前後で近いし、幼馴染な手前断りづらかったのかもしれない。


「…はぁ」


 結局、どうであれ僕の配慮が足りなかったのは明白であった。

 何度も言うようではあるが、所詮如月睦月とはそう言う人間なのだ。

 きっと、それが僕と言う人間の根幹なのだろう。


 改めようと努力はしてみるけど、どうだろうな。


 まだ始業までは時間があるし、ちょっと、一眠り…。


*****


「もろアウトなんだけど」


 私、月影卯月はたった今幼馴染を止める事が出来なかった愚図だ。

 手を引っ張られた瞬間が幸せ過ぎて、つい身を任せてしまった。


 通勤・通学の時間帯の電車に男性が乗ることは、紛争地帯に身1つで飛び込むことに等しい。

 まして、目の前の幼馴染は超絶美人。飢えた獣どもが放っておくとは、とてもではないが考えられなかった。


 まずい。非常にまずい。


 放っておけば、朝の時間帯には似つかわしくない放送禁止用語が連発するような状況になってしまう。

 

 既に周囲は睦月に気がついている。 

 今はまだ私が近くにいるのと、彼が美人過ぎる事にどうすればいいか測りかねているが、それも時間の問題だ。


 どうすればいい?どうしたら、彼をR18的な魔の手から守れる?


 くっ、かくなる上は私自身が肉の壁となってこのいやらしい視線から守るしかない。

 こんな頼りない壁で申し訳ないけど、駅に着くまでの辛抱だから。


「…ごめん、何も考えてなかった」


 そんな私の不安が伝わったのか、彼に謝らせてしまった。


「いいって」


 悪いのは私なのだ。つい幼馴染の手の感触と言う名の誘惑に負けてしまった愚か者、ダメ女の見本みたいな女だ。

 尤も、睦月に手を握られてこうならない女性が世の中に何人いるかはわからないけれど。


「…でも」


 彼の申し訳なさそうな表情に胸が締め付けられる。


 ああ、私が美少女だったらもっと手段はあったはずなのに。


 やるせない気持ちに目を瞑る。再び目を開けた時、何故か睦月の体が先ほどよりも近くにあった。


「…ちょっと合わせて」


 …え?合わせてって、『何を』と言う前に彼の口が先に動いた。


「卯月、今日も可愛いね」


 …は?え?


 今、なんて言った?こんな窮地に立たされてとうとう私の耳もおかしくなってしまったの?


 耳の裏で心臓の鼓動が聞こえる。血が沸騰してのぼせてしまいそうだ。

 きっと聞き間違い、もしくは勘違いに違いないのに、恥ずかしい。


 彼は続ける。その後も人生で一度は言われてみたいランキング上位に入るような言葉が彼の口から出てきた。

 さすがの私も聞き間違いではないと気づく、そして、また一つ気付くのだ。


 彼は私達をカップルだと思わせて、周囲を遠ざけようとしている。


 私としては、そんな恋人役に役得さを感じずにはいられないのだが、この状況を作り出してしまったのが私である以上、申し訳無さと情けなさが先に来る。


 結局、彼がやってくれているのだから、と言い訳に俯いていることしかできないのだった。


 気が付けば駅に着き、睦月に手を引っ張られて歩いていた。


 早足に人気のない路地に入る。


「…えっ、と…さっきはごめん」


 一瞬、何をされたのかわからなかった。数秒遅れて、幼馴染に頭を下げさせた現実が私に向かってやってきた。


「…いや、その…こっちこそ、ごめん。私がちゃんとしていれば、ね。謝る事じゃないよ」


 混乱して、思わず口からそんな言葉が出てしまった。


 何を言っているんだ私は。謝る事じゃないよ、ってなんでちょっと上から目線なんだよ。

 幼馴染の前で、かっこつけるような事じゃないだろ。


 何度も言い直そうとするけれど、口が開かない。まだ顔も熱いし、いつまで余韻に浸っているつもりだ。

 結局、きちんと言い直す前に、彼の口が動く。


「その…お詫びって言ったら怒られるかもしれないけど、今日、弁当作ってきたんだ。よかったら貰ってくれない?」


 そう言って、黄緑色の風呂敷で包まれた弁当箱と同じ色の水筒を差し出して来る。


 お詫び?なんの?いや、寧ろお詫びをしなければいけないのは私の方なのに。


「…えっ!」


 思わず言葉に出してしまった。それから暫くどこをどう歩いて学校に行ったのか、分からない。

 気が付けば、彼は目の前にいなくて、気が付けば学校の前に立っていた。

 心ここに在らず、全く覚えていない。


 …でも、学校に着くまでの間、彼だけの事を考えていたのははっきりと覚えていた。


実際、美醜の感覚って男女比が変わったりしたらどうなるんですかね?


綺麗な人ばっかり残るってのはないんでしょうけど、やっぱりそこはロマンですよ。

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