幼馴染と一緒に登校とかそれなんて(略)
朝はパン派。
ご飯の方が頭が働くとか聞くけど、珈琲と絶望的に合わないんですよね。
朝、いつもより早く起きた。
寝起きでぼーっとした頭を振りながら階段を降り、リビングと電気をつける。
もちろん、母さんも弥生も起きて来てはいない。
今日、僕が日も登る前から起きて来たのには訳がある。
最近伸びて来た髪の毛をピンで留め、寝間着の袖をまくる。丁寧に手を洗い、フライパンを取り出した。
僕が何をしようとしているか。
そう、お弁当を作ろうとしているのである。
前の世界でも、卯月には偶に弁当を食べてもらっていた。
と、言うのも高校を卒業したら一人暮らしをする予定で、その予行演習のようなものなのだ。
高校入学と同時に母さんに教わり始めたのだが幸い、無難な才能はあったようで『世にも奇妙な』弁当が出来上がることはなかった。
今日は随分と可愛くなってしまった幼馴染様のためにお弁当を作るのだ。
気合を入れなくては。
パチンと、両頬を叩く。少し強すぎて若干涙目になったが、痛みと共にやる気が湧いて来た。
「…よし」
メニューは卵焼きとアスパラのベーコン巻き。ポテトサラダと蛸ウインナー、なんて言うありきたりなもの。
好き嫌いはあると思うが、僕は割と好きなのだ。
卯月も好きだと言っていたし。
料理の過程は余りにも拙いので割愛させてもらうが、簡潔に言えば『特に問題無く無難に仕上がった』のである。
少しづつ違うデザインの弁当箱を四つ取り出しおかずを詰めて行く。
脳内にはあの『これっくらいの♪お弁当箱にっ♪』なんて言う有名な歌がリピートしていた。
気分はお母さんである。
二段に分かれている弁当箱の下の段に炊飯器からご飯を詰めて行く。
ご飯は蓋の関係で押し潰されるので、少しふんわりと入れるのが僕クオリティ。
30分ほど冷ましてから蓋をして、弁当箱を風呂敷で包む。
弥生も母さんも朝はトーストなのでこれでおしまい。
時計を見ればいい時間になっていた。
顔を洗ったり、着替えたりと身だしなみを整え、四つある弁当箱の内2つを鞄に入れる。
弥生と母さんはまだ起きてこないようで『お弁当は青いのが母さん、ピンクの方が弥生のです。行って来ます』と、書き置きをして置いた。
因みに、弁当の中身は2人の好みに合わせて少しづつ変えてある。
世界が変わったことで好みも変わってしまっているかもしれないが、その時はその時、何か文句を言ってくる筈だ。
起こしてしまわない程度に「行ってきます」と扉を開けた。
卯月の家はすぐ隣、コツコツと靴を履きながらインターホンを押す。
一瞬、まだ時間的に早いし、卯月のおじさんとおばさんに悪いかな?と考えたが、前にもこんな事をしていたなと迷う時間は短かった。
『ピンポーン』
インターホンの独特な音が静かな朝に響き、暫くして卯月の家の扉がガチャリと音を立てた。
「…あらぁ、睦月ちゃんおはよう。久しぶりねぇ」
出てきたのは卯月の母親。前の世界から変わることのない、美魔女様である。
「おはようございます。朝早くすみません」
「いいのよぉ、睦月ちゃんみたいな可愛い子に朝早くから会えるなんて、おばさん今日1日ハッピーだわぁ」
「褒めても何も出ませんよ」
前の世界でも、こんなやり取りはよくあった。
幼い頃から僕のことを知っているおばさんは、我が子のように可愛がってくれたのだ。
この世界でも、その関係は崩れてないようで、
「睦月ちゃん、なんか変わったわねぇ」
「…そ、そうですか?えっ、とあれですよ成長期なんです」
と、まあおばさんの感じは変わっていないようでも、僕の方はそうではなかったらしい。
母さんや弥生にとっていたのと同じような態度で接していたのは想像に難くない。
人様の親にまで、ほんとクソ野郎だな。
「すみません、卯月…」
「あらあら、あの子ったら睦月ちゃん待たせちゃってるのに出てこないわねぇ。あれなのよぉ、あの子明日睦月ちゃんが来るからってーー」
おばさんがそこまで言って、ドタバタと足音が聞こえてきた。ガチャリと、勢いよく玄関扉が開かれる。
「ちょっ、母さんやめてよ!ご、ごめんね睦月君、うちの母親が変なこと言っちゃって」
肩で息をしながら、卯月が飛び出してきた。
「いや、そんなことない。おばさんと話せて楽しかったよ」
「あら睦月ちゃん口が上手いんだからぁ」
「母さん!」
卯月が叫ぶ。まだ朝早く近所迷惑ではあるが、可愛いので許す。
「ごめんなさいね、ほら卯月、睦月ちゃんが可愛いからって襲っちゃだめよ」
「そっ、そう言うこと言わないっ!」
僕的には、襲ってきてくれても困らない。寧ろ嬉しいのであるが、そう言うわけにもいかないのだろう。
兎に角、朝から綺麗な女性2人の絡みが見れて目が幸せだ。
まあ、親子ではあるが。
「いってきます」
「…いってきます」
「…!いってらっしゃい」
少し不機嫌な卯月と一緒におばさんに手を振る。
一瞬驚いた顔をされたけど、そのまま笑顔で手を振り返してくれた。
前と同じ光景なのを見ると、ああ幼馴染だな、と改めて感じる。
幼馴染が女子に変わってしまっていて上手く話せるか分からなかったけど、思いの外自然と言葉が出てきた。
「卯月の母さん、相変わらず綺麗だね」
「えっ!…と、うん。いや、若作りしてる、だけだよ」
彼女の反応がどうもぎこちないが、これも以前の僕のせいなのだ。
なんとか、前と同じような関係に戻せないだろうか。
ひとりぼっちはつらいんだ。
その後も、駅まで僕が話しかけて卯月がぎこちなく答えると言うやり取りが何度か続いた。
女子ということで尻込みしてしまうかと思ったが、幼馴染だという認識が強かったおかげか、だいぶ積極的に話しかけれたと思う。
うざいとか、思われてないといいんだけど。
暫く駅で待って、他愛の無い話をしていると電車が来た。
昨日は男性専用車両に乗ったが、今日は卯月もいる。
普通車両に足をかけた。
「えっ!睦月君何してんの!」
朝の喧騒の中に卯月の声が溶けていく。
何か叫んだようだが聞こえない。発車のベルが聞こえ、半ば強引に彼女を引っ張り込んだ。
「ギリセーフ」
ほっと息をつく。
「もろアウトなんだけど」
ふと、彼女の顔を見てみれば顔面蒼白といって差し支えないような表情だ。
その表情にクエスチョンマークを浮かべていると周りからヒソヒソと話し声が聞こえて来た。
「え?男の子が普通車両?しかもめっちゃ美人じゃん」
「どういうこと、どういうこと?」
「一緒にいるのは彼女?え?不釣り合い過ぎでしょ」
「何かのドッキリ?」
「…まさか、えーぶ…」
上手く聞き取れなかったが、その一言を皮切りに一気に視線がこっちに向いた。
そして僕は思い出すのだ。
ここは男女の貞操観念も何もかも変わってしまったあべこべ世界。
異性による性的被害を受けるのは男性の方であることを。
痴漢改ため、痴姦が起こりうるのだと。
別に、痴姦されるのがヤバイというのでは無い。寧ろ歓迎ではある、が。
僕と一緒にいるのは幼馴染。それも女子に変わってしまった卯月である。
まさか、有る事無い事噂を流したりはしないと思っているが、幼馴染がいる手前、痴姦されたのでは決まりが悪い。
僕が恥ずかしい上に、彼女も何とも言えない気持ちになるだろう。
どうしようかと思っていると、大衆を背に、僕を壁に挟む少女が1人。
他でも無い、月影卯月、その人である。