そういう生き物なのである
ゴミ屑クソ穀潰し野郎の僕が周りの印象を良くしようとし始めて一週間が経った。
やはりと言うか、なんと言うかやっぱり彼女らは『工業高校病』なのだ。
仲良くしようと努力する上で気付いた事だが、彼女達はどう見ても平凡な僕を『綺麗』だとか『美人』だとか、歯の浮くような美辞麗句を並べて賞賛する。
前の世界基準の学年で1、2を争うレベルの美少女達にそう言われるのだから悪い気はしないが、そう言う感覚が狂っているとしか思えなかった。
まあ、ぼっちから脱会したわけだし、別に僕に対するイジメがあるわけでもなかったので、格段問題だと言うわけではない。
少し申し訳なさを感じるだけで、素直に嬉しい気持ちが強いのだ。
話は変わるが、ここ一週間の一番の進展は幼馴染の月影卯月との関係だ。
まず、一週間前のメッセージの件である。
一通りの会話の中で卯月が僕の事を心配してくれていたのは痛い程わかった。
僕が彼女に対して酷い態度を取っていたと言うことも痛い程わかった。
取り敢えず変な齟齬が生まれない程度に、僕は誤魔化す事を考えた。
*****
できるだけ印象を良くするために、好意的に見えるようにメッセージを送る。
『ちょっと、本の影響でね。僕も、今のままじゃ駄目だって反省したんだ』
『今まで、ごめん』
別に本の影響でも無いし、反省と言うには少し違うような感情であるが、まあ違和感はないだろう。
メッセージを送って暫く待つ。
母さんと弥生のために夕御飯の準備をしながら、適当なテレビを観たり、お風呂に入って鼻歌を歌ってみたり。
途中で帰って来た弥生に朝と同じような反応をされたが、今日4度目。
さすがに慣れた。
ダイニングのソファーまで引っ張っていって座らせる。
依然として固まって動かないので放置しておいた。一応、お風呂沸いてるよ、と声をかけておく。
さて、返信から3時間である。
少し楽しい気持ちで自室のベッドに戻る。充電器に繋いである携帯電話の通知欄を確認した。
……。
絶句、そう絶句である。
返信を見られた形跡があるものの、続きは送られていなかった。
僕と卯月との会話画面に映る『既読』の文字がやたらと存在を主張しているように思えて来る。
僕と彼女との軋轢はもうどうしようもないくらいに深かったのか?
いや、べ、別に返信を求めるようなメッセージじゃなかったから返信がなくても不思議じゃない。
それに、メッセージは見たけど返信を忘れている可能性もありえる。
そう、諦めるのはまだ早い。
本でも読んで気を紛らわせようかと、そう思っていた時である。
『ピロン♪』
通知音が鳴る。
我ながら、子供のような反応ではあるが急いで携帯電話に飛びつく。
相手が卯月なのを見て、思わず頰が緩んだ。
『あしたもがっこ行く野?』
未返還と脱字と誤変換の三拍子が揃ってしまっているメッセージにまた頰を緩める。
失礼ではあるが、卯月も自分と同じ高校一年生の筈なのに、可愛いらしいと思った。
『もちろん』
顔文字付きでメッセージを返す。
返信早過ぎて引かれないかな?とも思ったが、そんな事よりもいい事を思いついた。
『良かったら、一緒に行かない?』
前の世界では僕と卯月は親友だったのだ。こっちの世界でもきっと仲良くなれる筈。
それに卯月は可愛いかった。
可愛い女子と一緒に登校しようなどと、我ながら随分大胆ではあるが、それも幼馴染の特権という奴ではないだろうか?
*****
『ピロン♪』
携帯電話の通知音が部屋に響く。
幼馴染にメッセージ送ったばかりの通知に、まさかと思い通知を見てみればRPGゲームの通知であった。
すぐさま顔が熱くなるのを感じる。
馬鹿だな、私。
先程よりも大きく溜息をつき、お腹が空いたと、自室の扉を開ける。
『ピロン♪』
すぐさま閉めた。
勉強机の上に置いていた携帯電話の通知を急いで確認しようとする。
ガツンと、タンスの角に小指をぶつけた。
「イッ‼︎」
情け無い声を出しながらフローリングの上にうずくまる。
涙目で携帯電話を開いた。
「…あっ…」
返信相手の名前は『如月睦月』
眼に映る幼馴染の名前に足の痛みは尻尾を巻いて逃げていった。
『ちょっと、本の影響でね。僕も、今のままじゃ駄目だって反省したんだ』
『今まで、ごめん』
その言葉を見てから、暫く私は記憶がない。
ふと、時計を見てみれば長身は12を単身は9を指していた。
慌てて携帯電話を確認する。画面には幼馴染との会話がそのまま光っていた。
私がぼーっとしている間、詰まる事3時間、彼の言葉を既読無視していたという事だ。
「やばっ!」
携帯電話の充電残量が悲鳴をあげているのが視界の端に映る。
急いで充電器に繋いで、ホッと一安心。
できない。
なんて言えばいい?どうすれば嫌われない?
つい前日までの幼馴染の様子と随分違い、戸惑いを覚えた。
今までは嫌われてるけどまあ幼馴染だし、仕方ない。くらいの気持ちでいたのだが、画面に映る幼馴染の言葉が私を嫌っているようには見えなかったのだ。
我ながら単純である。
『明日も学校行くの?』
震える手でそう送ったつもりだった。
しかし
『あしたもがっこ行く野?』
馬鹿か?私は馬鹿なのか?せっかく幼馴染が好意的に接してくれているというのに小学生みたいなメッセージを送るなんて。
穴があったら入りたい。もう1人私がいれば殴ってらいたい。
もし誰かに見られたら『キモっ』と確実に言われるようなポーズで悶絶する。
『ピロン♪』
もう一度通知音が鳴った。
『もちろん』
思わず神に感謝した。
幼馴染は私の間違いを笑うこともなく、揚げ足も取らず、まして、
『もし良かったら、一緒に行かない?』
こんなメッセージを送ってきたのだ。
幼馴染と一緒に登校?なにそれ、なんてエロゲ?
『もろちん!』
と、送ってギョッとした。
女友達との会話では普通に使い過ぎて、送ってしまうまで気づかなかったが『もろちん』なんて、とんだセクハラ発言じゃないか!
やばい、訴えられたら負ける。いや、敗訴ならまだ可愛い。
どうしよう、本格的に嫌われちゃったら。
『ピロン♪』
恐る恐るメッセージを確認する。
『ありがと、じゃあ明日の7時にそっちに行くから』
『それじゃ、お休み』
その言葉が猫が布団にくるまっている可愛いスタンプと一緒に送られてきた。
『お休み』
気づかれなかったのか、それとも引かれながらスルーされたのか、取り敢えず嫌われてはないかなと、安堵した。
そして、一つの可能性に気づくのだ。
私、揶揄われてるのかも。
もしそんなことをされたら、普通の友達なら縁を切ってしまっているかもしれない。
彼も、今頃私のことを笑いながら馬鹿にしているのかもしれない。
けれど、
「…まぁ、いいや」
そう思ってしまう私は、どうしようもなく女なのだ。