救えない彼彼女
自称普通のT君
『小学生かわいい、妹欲しい』
彼にはどうやらロリコンとシスコンの才能があるらしい。
工業高校に進学した友達が言っていた。
『女がいねえ』
1学年300なのに対し、そのうち女子は10人程度。それに加え、その女子のうちの半分はほぼ男同然だと言う。
一緒に休日出かけた時、こうも言っていた。
『こ、これが外の世界っ⁉︎どの女子もめっちゃ可愛い!』
中学時代その友人は女友達に困らないような日常を過ごして、割と好みがはっきりとしていたはずなのだが。
彼曰く、常日頃工業高校で過ごしていると、所謂『普通』の女子が異常なほど可愛いらしく見えてくるらしい。
工業高校に行くと異性の好みが変わるとは聞いたことがあったが、まさかそこまで顕著なものだとは思っていなかった。
僕はその現象を『工業高校病』と呼ぶことにしたのだった。
*****
そして、数奇なことに僕は今逆工業高校状態に陥っているわけだ。
詰まる所何が言いたいのかといえば。
男がいない。
ぼっち説を提唱したあたりから、薄々感づいてはいたのだ。
今朝、男性が減っているなんて情報を得ていながら、認識が甘かったのかもしれない。
ざっと、クラスを見渡せば目に入る男子生徒は3人。未だに空席である所はあるが、仮にその全てが男子生徒であったとしても、僕を合わせて7人。
1クラスが40人である事を考えれば以前との差は大きい。
思わず立ち尽くしていると、ふと1人のクラスメイトがこちらを見た。
………‼︎
「…えっ!」
凄く驚かれて、えっ!とか言われた。
どうしよう僕。なんだか今日一日まともな精神で過ごせる自信がなくなってきた。
女子に対する免疫機能がとうの昔にニートになってしまった僕にとって、この女子だらけの世界はしんどいものがある。
それに加え、その女子のうちの1人に『えっ!』などと言われている現状。
泣きたい。
「…お、おはよう」
持てる勇気を総動員して絞り出した一言が『おはよう』。
しかも、声も小さければ詰まってしまっている。
おまけに、
………‼︎
クラスメイトの女子の目が殆ど全てこちらに集まる。
なのであるが、
返事が返ってこない。
その視線はなんだろうか。僕に『なんで学校来てんだよ』とでも言いたいのか。
不味いな。今まで鳴りを潜めていたイジメ説が急浮上して来た。
今朝ぼっち説が遠ざかっていったばかりなのに、くそ。
トボトボと自分の席に座る。いつもなら前の席の月影に話しかけるのに。その月影は女子に変わってしまっていた。
月影卯月は僕の幼馴染だ。
小中高と仲の良い男友達だったはずなのに。
くっ、現実は非情だとはこのことか。
…はぁ。
仕方ない。僕も少し整理する時間が欲しかったことだ。
ちょうど良いと、無理やり納得しておこう。
因みに、残りの空席は全て女子生徒だった。
*****
授業中、教科担当の先生まで、僕の事を一瞥して固まってしまったのを横目に見ながら溜息をつく。
少し、わかったことがある。
前の世界で男だった人物が何人か、こちらでは女子に変わっている。
幼馴染である卯月を始め、その他にも何人か容姿に面影があった。
面影があるといっても、物の見事に例外なく美少女になっているのだから、結果オーライというやつだ。
に、してもだ。
特筆すべきは僕の交友関係である。携帯の電話帳欄を見たところ、『女性』の欄に知った名字が多々あるのがわかった。
下の名前は所々変わってはいるが、男でも女でも納得できるような名前の奴はそのままであった。
だが、問題はそこではない。
推測するに、もとの世界で連絡先を交換した人のアドレスはきちんと携帯電話に残っている。
性別は変わってしまっているが。
詰まる所、元々連絡先を交換していない人の連絡先も当然無いということになる。
男のままのクラスメイトを見てみるが、あまり話した記憶が無い。
『なるほど、女友達ばかりと遊んでいたのか、うらやまけしからん』と、メールのやり取りを見てみようと思ったのはつい先ほどだ。
そして、一つの結論をたどり着いた。
こっちの僕、ガチぼっち説が現実のものとなったのである。
メールの履歴を開いてみれば、何一つとして返信した形跡がない。
まさかと思い某黄緑色チャットアプリを開いて見たのだが。
飛び出てきたのは地獄絵図だった。
登録人数こそ、少なくはない。だが僕の返信の内容がそれはもう酷いのである。
上から、『死ね』『消えろ』『うぜえ』『黙れ』など、その他無駄にレパートリーの多い罵詈雑言が延々と続くのだ。
一応、会話の内容を確認したのだが、相手側にこちらを咎めるような発言はなかった。
図らずしも前の僕が『ゴミ屑クソ野郎』だということが判明したのである。
おまけに会話の履歴を見ていると、僕があまり学校に行っていなかったことも分かった。
ゴミ屑クソ野郎なだけでなく、穀潰しだったのだ。
ほんと、救えない。
その日はいたたまれない気持ちになって、授業が終わるとすぐに家に帰った。
母さんも、弥生もまだ家に帰っていないみたいで、家の中はガランとしている。
こんなとこに1人でいて何がいいんだか。
『ピロン♪』
自室の布団に飛び込んだところで、携帯電話からチャットアプリの通知音が聞こえてきた。
誰からだろうと、通知を見てみれば相手の名前は『月影卯月』、僕の幼馴染様である。
『今日はどうしたの?珍しく学校に来てたけど』
『もしかして、学校行く気になったの?それなら、嬉しいんだけど…』
『いや、ごめんね。私がこんなこと言うのも筋違いだよね。ごめん、忘れて』
低い腰で、何故か自己否定的な言葉が何度かに分けて綴られていた。
以前は一番の親友と言える程に仲が良かったのに、他人行儀なのがグサッとくる。
と、申し訳ない気持ちが湧き上がってくるのと同時に、何故こんな奴に構うのかの理由がわかった気がする。
なるほど、彼女は前の世界で言うところの『工業高校病』なのだ。
そうとなれば話は早い。友好的な態度を取れば、今からでも遅くない。
できるだけ、好意的に返信を返そう。
*****
私、月影卯月は極々平凡な家庭の、極々平凡な女子高生である。
尤も、『男の幼馴染がいる』と言う点を除いてはだが。
幼馴染と、インターネットで検索をかけてみれば、『そういうの』が何万件ももヒットする。
世の女性の憧れとも行ってもいい。
女性10人に対して、男性は1人か2人。そんな世辞辛い世の中では仕方ないことではある。
ただ、私はその妄想にすがることはない。
何故なら私がリアル幼馴染を持っている勝ち組だからである。
おまけにその幼馴染が超絶美人なのだ。
インターネットで『美少年 神秘的』と検索したら出てくるCG画像のような、非の打ち所のない容姿をしている。
彼の名前は如月睦月。
隣の家に住んでいる、私と同じ高校一年生である。
たまたま親同士が仲が良く、小さい頃はよく遊んだ。
だが『女男齢7つにして席を同じゅうせず』とはよく言ったもので、小学校の高学年辺りから、彼はあまり私と遊ばなくなった。
それでも、周りの女子達よりはよく会話もしていたし、世間的に『よくある事』なので、別に苦でもなかった。
中学にあがって、2年が過ぎた頃彼に反抗期が訪れた。
男子によくある、異性をとことん嫌うような反抗期で、別にそんなに苦でもなかった。
そして、高校生になっても、その反抗期は続いていた。
寧ろ、酷くなったと言ってもいい。
誰が挨拶をしても基本は無視。よくて『死ね』か『消えろ』のような言葉が返ってくる。
勿論、私も例には漏れない。
ただ、『死ね』『消えろ』とは言われても無視されることがなかったのには、少し優越感を抱いていた。
そして、今日。
そんな幼馴染の様子が何かおかしい。
基本的に滅多に学校に来ることはなく、来たとしても殆ど遅刻していた彼が、朝のホームルーム前に教室の扉を開き、あろうことか『おはよう』と言ったのである。
おまけに、ついこの間まで、ゴミを見るような目だったのが、とても優しそうだったのだ。
授業が終わるとすぐに帰ってしまった。私も急いで家に帰るとチャットアプリでメッセージを送る。
『今日はどうしたの?珍しく学校に来てたけど』
『もしかして、学校行く気になったの?それなら、嬉しいんだけど…』
と、そこまで送って気が付いた。
慌てて誤魔化そうとする。
『いや、ごめんね。私がこんなこと言うのも筋違いだよね。ごめん、忘れて』
きっと、何かの気まぐれの筈なのに舞いあがっていた自分が恥ずかしくなってきた。
1人なのに顔が熱くなるのを感じ、そして急に虚しくなる。
「はぁ…やっぱり好きなんだなぁ」
幼馴染なんていい立場にいるのに、それで満足できていない自分の図々しさに辟易とする。
彼と私が釣り合わないことはわかっている。
けれど、せっかく幼馴染なのだからと、期待している自分もいるのだ。
ほんと、救えない。




