目が合えば石になる、そんな能力持ってないはずなんだけど
前に1度、『パラレルワールド』について考えてみたことがある。
勿論、こうして実際に迷い込んでみるまではそんなもの存在しない空想の産物だと思っていた。
日本国におけるオタク文化、所謂サブカルチャーに僅かでも触れた人ならば一度は考えるであろう『異世界』。パラレルワールドもこの1つとして数えられる。
大抵の場合、その異世界の『設定』はめちゃくちゃ。合理的である必要性はない。
そして、そのパラレルワールドのうちの1つ、あべこべ世界も例に漏れなかった。
掘り下げてみれば矛盾がどんどん出てくるような設定に、魅力を感じなかったと言えば嘘になる。
寧ろ、そんな都合のいい世界になればいいのにと何度思ったことか。
ただ、『理想』と『現実』と言うやつは酷く乖離しているのだと、こうも思ったのことは今までに一度も無かった。
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あなたは地方にいる学生だとする。
休日、友達と何気無しに歩いていたら、向こうから最近話題の芸能人が歩いてくるではないか。
この場合において、対応は大きく3つに分かれると思う。
1、超絶激似のそっくりさんだと思って話しかけること無く失礼ではない程度に見る。
2、失礼である程度にジロジロ見る。
3、はしゃぐ。
どれにも共通することは、相手側にとって愉快でない場合があるという事。
そう。僕は今、その芸能人を体験しているわけである。
「ちょっ、あの男の子誰?モデル?」
「めっちゃかっこよくない?」
「お忍びとかじゃないの?」
「イケメンっ!イケメンよぉぉ!」
周囲の女性がヒソヒソと話しているのが聞こえてくる。当人達は聞こえないようにしているつもりかもしれないが、案外こういうのは聞こえてくるものなのだ。
もういっそ、大声でこう言ってやりたい。
『いいえ、違います。あなた達の前にいるのは極々平凡な容姿の一般人です。だからやめてくださいお願いします』と。
周囲から注目させる羞恥に顔をが赤くなっていくのを感じる。
少し考えれば、この展開は予想できた。
ただ、僕は朝に弱いのだ。珈琲を飲んでも暫くは頭がうまく働かない。
この状況をどうする事もできずに俯いてしまうのも仕方のない事だろう。
それに、僕が顔を背けた理由は羞恥のみに起因するわけではない。
まだ、この世界をよく知らないため確証が持ててはいないがこの世界は美人が多い。
少なくとも、前の世界基準で『学年に1人や2人いる』レベルの女性がそこら中を歩いているのだ。
それも、変に身だしなみを気にする事無く、前の世界よりもずっと無防備に。
これも、男女比の狂った弊害なのだろうか?いや、弊害と言うよりは恩恵だろうか。
きっと、少ない男性を獲得するために優秀な遺伝子のみが残ってきたのだろう。
弱肉強食は世の常だという事か。
その後、きっとはたから見たらものすごく滑稽な様子をして駅までたどり着いた。
そして僕は今日何度目かの衝撃を受けるのだ。
「だ、男性専用車両?」
10両編成の通勤・通学電車の内、『女性専用車両』であったはずの1両が男性用に変わっていた。
もしかしてとは考えていたが、まさかここまで逆転が徹底しているとは思っていなかった。
詰まる所、この世界では男性が女性から痴漢される、いや痴姦されるわけだ。
興味がないと言えば嘘になる。
尤も、そんな度胸は無いし第一今は通学途中だ。
万が一同級生にでも目撃されたら、ある事無い事噂されるのは火を見るよりも明らかである。
ガタゴトと、電車に揺られながら車内を見回す。
通学途中だと思われる男子生徒数人と、同じく通勤中の社会人男性1人だけが乗り、車内はガラリとしている。
対照的に、向こう側に見える普通車両は女性でそれなりに混んでいた。
車両の結合部分に防音加工がされているなんて事はさすがに無いようで、何を話しているかまでは分からないが楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
なんだろう、目が幸せだ。
綺麗な百合を愛でているような、そんな気持ちになってくる。
きっと、前の世界で薔薇に趣を感じていた人たちはこんな気持ちだったのだろうと、なんと無く納得した。
ふと、そんな彼女達の1人と目が合った。
百合が何だのと思っていた手前、申し訳なく感じる。
そのまま目を逸らすのも失礼な気がして、苦し紛れに笑いかけてみた。
………‼︎
戦慄が走る。
尤も、そんな衝撃が駆け巡ったのは俺では無く、偶々目が合ってしまった少女ではあるが。
何故か彼女はその凄い表情をしたまま動かなくなってしまった。何と無くその様子に既視感を覚える。
何とも間抜けなことであるが、顔が整っているためか見苦しくは感じない。
顔がいいって特だな。羨ましい。
いつも通りの駅で電車を降り、ノンビリと学校に向かって歩いていく。余裕を持って学校に行く習慣がついていた事が幸いした。
さて、こうした学校までの一連の道筋であるが、そろそろ僕も思う事がある。
ぼっちだな。
少なくとも、この世界に迷い込むまで僕が1人で登校するなんてこと、あった記憶は無い。
大抵、どこかで誰かと一緒になっていたのだ。
勿論、男友達ではあるが。
偶然と片付けてしまっても別に可笑しくは無いが、いかんせん今迄に無い経験なのだ。
いったいどうしたものか。
と、考えて1つの結論に辿り着いた。
こっちの世界の僕、ガチぼっち説。
急いで携帯電話を確認した。あたふたして落としてしまいそうになりながら、電話帳欄をスワイプしていく。
無いっ!無い無い無い無い無い無い!
電話帳の男友達のアドレスが一つ残らず消えていた。それはもう、跡形も無く綺麗さっぱりと。
見覚えの無いアドレスが増えていることが気になるが、そんなことよりも。
ぼっち説が着実にこっちに向かって歩いてきた。
こっちくんなあっち行け。
今更だが、別にこっちの僕がぼっちであることに何ら不自然は無いのだ。
今朝の弥生と母さんの反応から窺える僕の他人に対する『態度』がどれほどのものであったかは想像に難く無い。
その態度が女性限定であったという微かな希望も残ってはいるが、電話帳を見る限りきっとそんなことは無いのだろう。
ちくしょう。
思い掛け無い衝撃で覚束ない足取りを学校まで進める。
さっきあんな仮説を立てた以上、目の前にある校門を入ってしまうのが少し億劫になるのも仕方の無いことだ。
さあ、どうしよう。と、考えていた時である。
「あっ…あのっ!」
「ん?」
背後から聞きなれない声が聞こえきた。
声の高さから女性であることはわかるが、女性との接点が皆無だった僕の記憶の中にその声に当たる人物はいない。
誰だろうか、と心の中で首を傾げていると、
「む、むむむつ睦月君!おは、おおお、おはおはようっ!」
物凄いどもって、カミカミの挨拶をされた。
その顔に見覚えがあるような、無いような、そんな感じではあるが可愛らしい容姿と相まってそのどもりを微笑ましく感じる。
勿論、驚きもしたがそれよりも、ぼっち説が遠ざかっていく気配がしたのだ。
「おはよう?えっ、と…」
と、挨拶を返したものの名前が出てこない。僕の名前を呼んだのだろうから、少なくとも目の前の彼女は僕のことを知っているわけだ。
持てる思考を総動員して思い出そうとするが、どうしても出てこない。
「ごめん…、なまーー、」
と、聞こうとして、その少女が固まっていることに気がついた。
本日3度目。どうも、僕にはメデューサの才能があるようだ。
おでこをコツコツと叩いてみたり、頬を突いたり、軽く引っ張ったりしてみたがピクリとも動かない。
胸を触っても大丈夫なんじゃ?なんて邪な考えは理性を総動員して押し殺した。
目の前で手を振っても反応が返ってこない。
どうしようも無いなコレ。
取り敢えず、見て見ぬ振りをして校舎内に歩いていく。予鈴がなる時間が迫っているのが見えた。
ごめんよ、友達かもしれない人