序章6.最後の時間
「魔法軍へ侵攻する」
重い空気が流れる中、敷島がそう言った。
「敷島……おまえ、本気で」
「幸い最後にマッピングしたヴォール地方から魔界領には1時間弱で到達できる。魔王城を探し出し、宝玉を取り戻す」
それは誰にも、わかっていた。ありえない妄言、絵空事であることは。
「敷島さん。正直に言うが。この戦力では魔王はおろか……あの魔帝にもかなわない。現在世界に残っている魔帝の数は8人。二人減らすのに27年間かかっている。……魔界領に行って生き残れる可能性は、限りなく低いですよ」
千代田が言う。
「ああ、限りなく低いだろうさ。だが、ここで座して死を待てば、死ぬ可能性は100%だ。違うか?」
「……。そう、ですね」
観念したのかうなずいて立ち上がる。
「はあ。結局こうなっちまうのか」
「浅間……」
「行こうぜ。おれたちの3年間をぶつけよう」
浅間もそう言ってうなずく。
「リサ。一年は任せた」
「は? え、ちょ。なんでだよ。僕も行くよっ!」
「レベルが低すぎる。バタバタ目の前で死なれて平常心が失われることは作戦達成の弊害になる」
「――っ!」
「魔王城には浅間と千代田、そして俺の三人で行く」
「ぼくはっ!」
ボロボロと涙を流しながらリサは叫ぶ。
「行くぞっ!」
だがその言葉が届く前に、三人の姿が消えた。
「なんで、だよ。ばか……バカ野郎。なんでこんなときだけ。こんなときばっかり女の子扱いなんだよっ!」
「先輩……」
あと2時間――。
リサは俯いたまま、言葉を発しなかった。
才たち三人は寄り添うように壁にもたれかかる。
暫く静寂が空間を包んだ。
「才、ごめんね。わたしが雄一君に賛成したから」
震える声で、菜乃花が落とす。
「いや、違うよ。おれだって賛成した」
そう言って菜乃花の肩を抱く。
「それに、これでいいかなって思ってるんだ」
そして微笑む。
「こうして最後に一緒にいられるなら」
「っ……う」
それでまた、菜乃花は顔をゆがめる。だが、ギュっと拳を握りしめると、涙をぬぐい、才の手を引きながら立ち上がった。
「きてっ!」
そのまま手を引かれて洞窟の奥、小部屋に連れてこられる。
「お、おい、どうした?」
手を離した菜乃花は
「わたしは!」
ギュッとこぶしを握りしめると、才に背を向けたまま叫ぶ。
「わたしは才のことが好きっ! 大好きっ! ずっと前から!」
振り返る。そして、だきついた。
「大好き、なんだよ。知ってたでしょ……」
「うん」
だから、菜乃花の腰に、ゆっくりと手を回し、優しく、才は抱きしめた。
「菜乃花は顔に出やすいタイプだから」
「もう! なにそれ……」
「嫌いになった?」
「才は、時々いじわるだよ。嫌いになんてなるはずないって知ってて、言うんだ。だってこれから何があっても、どんなことがあっても嫌いになんてなれないくらい、私が才のこと大好きだって、知ってるんでしょっ!」
そう言って、菜乃花は才の唇を奪った。
お互いの心臓の高鳴りが絡み合って一つになっていく。二人の境界が薄れて世界の時間が停止していくかのような不思議な感覚が包み込んでいた。ただ抱きしめる体温が体中を駆け巡っていき、体中が安息に包まれていく。
静かに唇を離した菜乃花の瞳は淡く幸せそうにトロンとうるんだ。上気する息と高揚する頬。今まで長い間一緒にいた才でも見たことがない表情だった。おそらく、この世界で誰にも見せたことがない、そしてこれから先も、見せることはないだろうそれ。
「全部、才のものだよ」
才にだけしか見せない、才だけのもの。
だからそのまま、何度も力強く、彼女を抱きしめる。
「ま、待ってください……」
そのときである。震える声を落として立っていたのはなずなだった。
「あ、いや、これは……」
とっさに言い訳しようとするがすぐになずなはその言葉を遮る。
「菜乃花さん。ごめんなさい」
だが、涙をすすりながら続ける。
「菜乃花さんが、才くんのこと、好きなの、知ってるから。本当は、待ってないと、なのに。これが、最後だって思ったら、私。私も。ごめんなさい。こんなこと、二人を困らせるだけだってわかってるのに。止められないんです」
そう言って、なずなは控えめに、才の服の裾を、掴んだ。
だから――。
人がこれを見たら、どう思うのだろう。
道徳的に、人道的に間違ってる?
それはそのはずだと思う。愚かしいことをしているのだとも思う。
だけど、誰にわかる。ここ、この瞬間にしかない、この感情を、誰に理解させる必要がある。
ただ、言えることがあった。菜乃花の普段見ていた彼女の姿は、偽りだった。
「うそ、だろ」
おっぱいがびっくりするくらいなかったのである。たしかに記憶を思い返してみればあるときいきなり菜乃花のおっぱいはおっきくなったような、つまりなんというか、最近のブラジャーはすごい!
つまり何が言いたいかと言うと、才はむっつりスケベなのだ。
というわけでたっぷりと最後の時間を堪能したのである。