序章4.本番
初めて異世界に行ってから三日がたっていた。
ここ二日間の探索で青銅の洞窟はほぼコンプリート。最後の最深部を残すのみとなった。つまり今まで一年生が一度も討伐してこなかったという裏ボスのみだ。万全の態勢を整えるために、昨日はその扉の前で一時攻略を中断したのである。
放課後、誰もいない部室で一人で茶を飲んでいると、現れたのは同じく一年にして期待のエース、雄一だった。
「才。一人か?」
「ああ。菜乃花は今日は掃除当番なんだ。そっちこそなずなは?」
雄一となずなは同じ1年6組なのだ。
「6時限は選択授業だったんだ。なずなさんの方はまだ授業中で長引いてるみたいだ」
「そうか。2年と3年は模試があって1時間遅れてくるらしい。のんびり待ってようぜ」
そう言って才はお茶を入れて雄一に手渡す。
「しかし本当にやるのか?」
「なにが?」
「裏ボス戦だよ。先輩たちだって一年の時は闘ってなかったんだろ」
「大丈夫だよ。僕に任せておいてくれ」
まあたしかに昨日闘った青銅の洞窟のボスも雄一は苦労なく討伐した。
それに雄一ほどではないが菜乃花もいるし、回復魔法のなずなもいる。それにいざとなったらリサがついていてくれるのだから、負けるということはないだろう。
そうしていると携帯が震える。
「なずなからだ。授業が長引いて遅れたけど今終わったからすぐ行くってさ」
先輩がまだ来てないからのんびり来て大丈夫だと返信しておく。
「なんでだよ……」
ぼそりと雄一がつぶやく。
「どうした?」
「なんでおまえはそんなにもてるんだよ!」
「はあ?」
いきなり何をのたまってるんだろう。
「僕の方が強いのに。一年の中で僕が一番だ。才は対した力もないだろ。なのに、なんで」
「なんでって言われても……」
「かわいい幼馴染までいるのに。ましてなずなさんまで……。大体聞いてるぞ。お前らのクラス委員長の水木さんとだって仲がいいって。美人だって有名じゃないか。なんなんだおまえは! ハーレムラノベの主人公か!」
雄一の言葉で才はため息をつく。
たしかに、雄一はそれなりに女の子と仲良くする機会が多い。
家では可愛い妹が迎えてくれるし、父親が再婚してできた義母は13歳しか歳が離れていない超絶美人だ。
迎えの家には仲のいい幼馴染がいて毎日朝登校するためにけなげに待っていてくれる。先ほど言った、クラス委員長ともそれなりに交流があって仲良くしているし、なずなも好意を持ってくれている。
だけど、それをハーレムラノベと一緒にされるのは心外だった。
「してないだろ……」
「は?」
「努力。おまえはっ!」
何を隠そう、才はむっつりスケベなのだ。
「俺は三度の飯より女の子が大好きなんだっ!」
「何言ってんだ、おまえ」
そう。才は何よりも女の子が好きだった。だからこそ、努力してきた。
それもそうだろう。通常、家の向かいに幼馴染がいたって大人になるにつれ疎遠になって、高校生ともあればほとんど会話すらしないってのが実情だろう。親の再婚で可愛い妹ができたからって、お兄ちゃんと結婚するとまで言われるほどなついてくれる例がどれほどある? 一緒にお風呂なんか入りたくないきもいって言われるのが、日常だろう。
だが、違った。
才は努力を惜しまなかった。もちろん運もあった。幸運も数えきれないほどあった。だけどそれだけじゃなかったのだ。
困っている女の子がいれば、全力で助けた。自分の身を守ることなんて考えなかった。捨て身で守った。どんなときでも。
才の胸には今も消えない切り傷がある。
菜乃花はかつて両親から虐待を受けていた。ネグレクトにあい、学校でもいじめにあっていた。そんな菜乃花がある日学校に来なくなった。小学校4年生の時だ。誰も助けようとしなかった。だけど、才は彼女を救いだしたのだ。地獄の底から、たった一人で。
無力だった。大の大人にかなうほどもなかった。窓ガラスにほうり投げられ、全身が血まみれになった。一番深くついた胸の傷は一生消えない。下手したら死んでいたかもしれない。だけど、才はやった。
「力があるから? 異世界に行って、チートスキルを得て、だから何の苦労もせずにってそんなことあるか!」
入試の時だってそうだ。不良に絡まれているなずなを救いだした。入試当日だ。ケンカなんてばれたら落ちるのは当然だろう。だれもが見て見ぬふりをする中で才は立ち上がった。保身なんて考えなかった。
ボロボロの体で入試に臨んだ。それができるか?
「なずなのことが好きなのか?」
才が言うとビクッと雄一は体を揺らした。
「だったらカッコイイとこ見せろよ。なずなに惚れられろよ。異世界にいったことで得た力に慢心して驕ってるだけじゃ、だれもついてこない」
「……ぼくは」
と、そうしていると部室の扉が開かれる。
「ごめんごめん遅れて」
入ってきたのはなずなと菜乃花だった。
「あ、才くん、お、お疲れ様……」
なずなに言われて、才もほほ笑んでうなずく。
そんな様子を見て、雄一はギュっと拳を握りしめた。
「ん? どうしたの?」
「いや……」
何事もなかったように雄一は立ち上がる。
そして棚にしまわれていた光り輝く球体を取り出した。『神の宝玉』異世界との扉を開く唯一無二のアイテムだった。
「なあ。先輩たちは模試で一時間くらい遅れてくるみたいだ。だから」
「おい……」
「ぼくたちだけで行かないか? 先輩たちが来る前に裏ボス倒して驚かせようぜ」
そうじゃないだろっ!
才は思わず心中で毒づく。
「いいね! どうせ私と雄一君がいればボスだって楽勝でしょ」
と、のりがいい菜乃花はすぐに飛びつく。
「ね。行こうよ、なずな」
「え、えっと……」
なずなは菜乃花にふられて困ったように才を見つめる。
「あ。才……どうする、やめとく?」
それに気づいてか、菜乃花も才に尋ねる。
「……雄一が行きたいならいいんじゃないか」
どうせ、ボスは雄一だけで倒せるのだ。おそらく一人で行っても。
それに危険は少ない。なずなの回復魔法は絶大だし、一撃で死ぬようなことがなければ一瞬で回復する。それに危なくなったら宝玉を使えばいい。宝玉はいつでも発動できて、発動すればそれだけでパーティ全員が地球に帰還できるのだ。
「倒せるんだな」
才は雄一に確認する。
「ああ」
なずなを彼にはいはいと渡してやるつもりもないし、彼の肩を持つつもりはない。だけど。
「あとできつくしぼってもらえよ。敷島先輩に」
そうして才も肯定する。
四人だけの、ダンジョン攻略が始まる。
異世界に飛ぶと最初に現れたときと同じ森の中へと飛ぶ。宝玉は最後に自分たちがいた場所まで帰還できるのだ。
ここはエルフの聖地と呼ばれる森の中で、魔物が入り込むことがない聖域のため、地球に帰還するときは一度ここに戻ってくるようにしているのだ。
「よし。じゃあ行くぞ。マッピング」
そう雄一が言うと、四人の体が光に包まれる。
マッピングはダンジョンや人物など好きなところに魔力のあとをつけると、使用者がその場所にワープすることができるという移動魔法だ。
かなり莫大な魔力を使用するためこの世界の住民ではほとんど使用できるものがいないそうだが、莫大な超強力魔法を無尽蔵に使用できるほどの魔力がある地球人にとっては大した消費量でもないのだ。
そう言うわけで昨日のセーブポイント。裏ボスの扉の前へとやってくる。石造りの洞窟になっては不自然な装飾で飾られた西洋風の3メートルはある巨大な扉。
それを、無造作に雄一は蹴り開ける。
「行くぞ」
そして、中へと入る。
中にいたのは以外にも人型の存在だった。漆黒の鎧を身にまとう鬼武者というのが表現としては一番理にかなっているだろうか。面をつけているのかそれが顔なのか、こわばった形相がわずかに揺れていた。
「うぉおおおおおおおおおお、先手必勝!」
空気を切り裂きながら、雄一が鬼武者に向かう。
反応できないほどのスピード。
いや、鬼武者はそのスピードに対応していた。一歩前進し雄一の懐に入ると、振り下ろされるその剣を握る手を掴み抑えていたのだ。
「な……」
そして右手を雄一に向ける。
瞬間である。黒い光が射出され、空間内を駆け抜け、後方の壁をえぐり取って突き進む。
「……っ!」
はらはらと、制服の切れ端が舞う。それだけであった。
そこにあったはずのものは、すべてが等しく、消えていた。
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああっ!」
な、にが、起こった。
カランっという金属音で、とっさに才は意識を向ける。
今、雄一が握っていた大剣。それが、地面に落ちた。
「っ!」
そして、見る。鬼武者の右手を。
掲げられた光り輝く球体を。
あの一瞬で、奪い取ったのか。雄一の持つ、宝玉を。つまり……。
奴を倒さなければ地球に帰れない。
心臓が今までにないほどに高鳴っていく。
鬼はにやりと、笑った。
「っくるぞ、かまえろっ!」
才の言葉で、菜乃花となずなも構える。
だが、一撃で、死んだのだ。雄一が……。一年生の中で比べようもなく一番強かった彼が。
と、次の瞬間である。鬼武者はすでに一団の前にあった。
「よけろっ!」
才は菜乃花を突き飛ばす。瞬間、鬼武者の拳がかばった才の腹に入る。
「が……」
そのまま振り上げられた拳の軌道に従って才の体はぼろ雑巾のように宙に舞う。10メートル先の天井に激突しながら地面へと落ちる。