序章3.ボス戦
「青銅の洞窟の中ボス。通常の戦闘レベルは30前後ってどころ。まあきみたちなら勝てるでしょ」
「中ボス、か」
剣を振るいながら雄一が嬉しそうに言う。
「異世界にせっかく来たって言うのに、どうも張り合いがなくてつまんなかったんだ。ちょっとは手ごたえのあるやつが現れてくれたってことか」
そう言って雄一はミノタウロスに向かって駆ける。
「雷神の咆哮!」
雷鳴が走りミノタウロスの体を直撃する。
「グロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!」
つんざくような悲鳴ととも、体から湯気を噴出させながらも、しかし倒れない。そのままミノタウロスは雄一に向かって持っている巨大な斧を振り下ろした。
が、剣でなんなくそれを受け止めていた。
その衝撃で、地面がえぐれ、あたりに粉塵が舞う。
「へー。だけど」
そのまま力任せに剣を振るうと、斧が簡単に弾き返される。
剣を頭上に掲げると、刃先に雷を落とす。体中から電撃をほとばしりさせながら、飛ぶ。
「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ミノタウロスの頭上、高く!
「疾風雷光斬!」
そして振り下ろす。
「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
咆哮を上げながら真っ二つに切り裂かれたミノタウロスは地面に落ちる。
鮮血をぬぐいながら振り返る。
「結局、なんの手ごたえもなかったな。先輩。もっと強い敵がいるダンジョンはないんですか?」
「……まあまて。青銅の洞窟の最深部にいるボスは魔物の中では固有名指定を受ける上位種。本来この洞窟に来るレベルのパーティじゃ荷が重いからスルーするんだ。まあレベルを上げた今の僕なら勝てるけど、当時初めて入った時は当然、裏ボスとは戦わなかった。きみたちなら戦わせてもいいかもしれないな」
「アンタでも倒せなかった相手?」
「ああ。敷島先輩でもだ。本来討伐にはA級のクエスト指定がされるような存在なんだよ」
「楽しみだ。ならさっさと進もうぜ」
だがその言葉に首を振る。
「もうだめだ」
またそう言ってリサは時計を見る。
「3時間たった」
その瞬間、空間に光が現れ、別行動をとっていた先輩3人が現れる。
「リサ。一年はどうだった? と、おお。ここは中央の間か。一日でここまでたどり着くのは歴代でも随一か。上々だな」
と、嬉しそうに言う。そして、胸から光り輝く球体を取り出した。
「一年たちも初めてで疲れただろう。地球に帰還する。今日はラーメンでも奢ってやろう」
「帰れるのか?」
思わず才が聞く。
「当然だ。学校生活もおろそかにできない。これからおれたちは部活動の時間。つまり、17時から20時までの3時間こうして異世界探索に励むことになる」
「たった三時間? それで世界が救えるんですか?」
帰ることに対して納得していないのか雄一がつまらなそうな表情をしている。
「むろん。3時間の時間制約はきつい。レベルも思う存分上がらず、在学中に魔王のレベルに到達するのは容易ではない。しかしそれでも、この世界にいられる時間は3時間だけだ」
「でも……」
「死ぬんだよ。それ以上いると」
にっこりとほほ笑みながら茶髪を揺らす三年生、浅間が雄一の言葉を遮った。
「まあ正確には3時間で体に影響が出始める。5時間もいれば気絶するだろう。6時間でたいていの地球人が絶命する。地球にはない莫大な魔力を操れるようになる代償ってことだ」
1日3時間、それが彼ら攻略組に与えられた猶予。
「そして最初に入った日から900日。それがもう一つの制約だ」
「900日……」
高校在学中に期間が終わる。3年弱しか、ここにはいられない。
「俺はあと4ヶ月で引退ってことだ。だからお前たちにはそれまでに戦力になるまでレベルを上げてもらう。4か月の間に成し遂げる。このチームで」
敷島の言葉に先輩たちがうなずいた。
「2年前以上のチームだ。おれが一年だったとき……歴代最強と言われたあの時以上の」
そして告げる。
「今代で、27年間到達できなかった魔王討伐を、決行する」
最強のチーム。その言葉を心の中で反芻させながら、才はため息をついた。
夜。
「お兄ちゃんどうしたの?」
布団の中、抱っこしている真麻が不思議そうに首をかしげる。
「ちょっと考え事」
そういって才はため息をつく。
まさか異世界なるものが本当に存在しているとは思わなかった。こうして日常を歩んでいると、しばらく夢でも見ていたのではないかと、そんな気さえしてくる。
しかし、紛れもない現実だったのだ。
バレンティア。それが敷島に連れて行かれた世界の名前だ。魔王が存在し人間と争っている剣と魔法の世界。
バレンティアと地球は相対関係にあって、バレンティアが滅びると地球も滅びるのだという。
そして地球から召還された勇者はバレンティアでは無類の魔力を発揮し、魔人に対抗できる力を持つという。
世界に唯一無二シデーロス帝国に伝わる秘宝、神現の宝玉を使いうことで、バレンティアに自由に行き来できるのだ。
制約は三つ。
一度にバレンティアにいける人数は8人まで。
バレンティアに行き地球人が活動できる時間は3時間。その後12時間以上の休憩を挟む必要があるという。
つまり部員は放課後毎日、17時から20時の3時間異世界攻略に乗り出す、というわけだ。
そして異世界に行ける期間は最初に行った日から数えて900日間。
それが異世界攻略のルール。
その代わりに得られるのが、圧倒的な戦闘力と、魔法だ
才は思わず手を空中に掲げる。空間をゆがめるようなイメージを手中に描くと、風がとぐろを巻いていく。
バレンティアに行った人間はこのようにこちらの世界でも魔法が使えるようになるのだ。
これがいわゆる、三年間拘束される見返りであるという。
バレンティアではステータスとレベルという概念が存在している。魔人や魔物を討伐しマナを吸収すれば、それに応じて身体能力が強化されていくというわけだ。
今日一日レベル上げをして才の現在のレベルは12。
今の才ならば、全国クラスの武術の達人ですら太刀打ちができないだろう。
しかしそれでもバレンティアにいたってはたいした戦力になりはしない。
部長の敷島のレベルは300を超える。
ほかのメンバーも、浅間が230レベル。千代田が178レベル。リサで96レベルだ。
そんな四人ですら、魔王の幹部、八人いるという魔帝にまだ戦いを挑んですらいないのだという。
それでも。
ぎゅっと才はこぶしを握り締める。
あこがれていなかったわけじゃない。世界を救う勇者。
「だけどな」
チームの中では随一の落ちこぼれだ。それでも向こうの人間にとっては比べ物にならないほど強いらしいけど。
とはいえ……。
プルルと携帯が震える。菜乃花である。
『おやすみ、才! 明日も冒険がんばろうね♪』
思わず才が微笑むと真麻が不思議そうに首をかしげる。
「なんでもないよ」
そうするとまた携帯が震える。
「ん? なずなか」
『才くん、あのときはありがとう。また明日』
あのとき……入試の日。
「まあ。明日からやるしかないか。おれでも何か、役に立てることがあるかもしれないからな」
そう言ってギュっと真麻を抱きしめると、才も眠りにつくのだった。