重ねた嘘
出会ってしまった。
愛してしまった。
それは決して変えることのできない過去。
後に彼はAHAD衝動性である可能性が高いことを診断される。
彼は別れた今もそれを知らない。
ただ自分は結婚や恋愛に不適合な人間だと感じているだけだ。
ある夏の日の夜私たちは出会った。
以前からLINE友達ではあったがこの日初めて2人で夕飯の約束をした。
彼が指定をしてきた日。私は先輩の結婚式が午前中に入っていたので待ち合わせ時間もはっきりしないし
服装も結婚式用のドレスのままなのでと一度断りを入れたが
彼からの返信は「なんでもいい」の一言だった。
・・・そう。その言葉の通り彼にとっては暇つぶしの相手。寂しさを紛らわす相手ができたら
なんでもよかったのだ。
結局私達は18時に待ち合わせをしイタリアンで夕飯をすませた。
雨なんて降る予定ではなかったのに店の外では雷が鳴っていた。
時計の針は21時をさしていた。
2次会はカラオケに行きそのまま私は彼の家に泊まった。
甘いマスクと優しい口調。
きっとこの人はもてるんだろう。これがいつもの口説き方なんだろうと感じていた。
次の週末も会う約束をして別れた。
ところが当日になっても彼からの連絡はない。
しつこくするのも嫌だしダメならダメでほかに予定を入れたかったので当日の夜私は彼にLINEをした。
「今日どうする?会わないなら他に予定入れるけど・・・」
その日彼がLINEを既読にすることはなかった。
あぁ。。ブロックか。
よくあるパターン。やり逃げってやつね。遊ばれただけね。
そりゃそうだ。初めて2人で食事して相手の家に泊まって・・なんて女だもの。
別に私はそれでもよかった。
・・・だって私は人妻だもの。
ただ刺激がほしかった。
お酒も女もギャンブルも一切縁のない旦那。
私は平凡から少し抜け出したかっただけだった。
愛情なんてとっくになかったから。
2週間がたった頃。
あの彼からLINEがきた。
「今日なにしてる?」
週末の夜。私は地下鉄の中にいた。
既婚の女友達と遊んだ帰りだった。
女というのは結婚すると付き合いを自分から悪くする生き物だ。
「旦那が怒るから」「旦那が心配するから」「旦那より先に帰らないといけないから」
そんな理由。。それを惚気るようにいう女が私は好きではない。
その日もなんともいえない感情をおさえながら窓にうつる自分にむかってため息をついていた。
なんていうタイミング。。
けれど2週間前ドタキャンされたこともあったので私は意地悪な返信をした。
「答える必要ある?」
普通の男ならきっと返信をしてこないかこの間のことを謝罪するかどっちかだ。
なのに彼は悪びれる様子もなく
「暇してるならうちおいでー!」と返信してきたのだった。
何度かLINEをやりとりしてるうちに私の足は彼の家にむかっていた。
それが悪夢の始まりだった。
あの時・・・。
会っていなかったら。返信していなかったら。
最寄駅につくとスーツ姿の彼がいた。
やはりこの前のことには触れてこない。
「飯まだだからカラオケで飯食うなんてどう?」彼は聞いた。
「別にいいけど」
「じゃ。決まり」
不思議だった。2週間前すごく腹ただしかったはずなのに。
なんでこんなにもおだやかな気持ちになれているのか。
結局その日も彼の家に泊まった。
女の影はなんとなく気づいていたが。トイレを借りた時にトイレットペーパーの替えを探していたら
生理用品やら1泊分のお泊りセットやら化粧水のビンやらいろんなものがでてきて驚いた。
いったいこの人は何人の女性をこの家に招いているのだろう。
きっと2週間前も別の約束ができたに違いない。そっちを優先したのだろう。
次の日私は彼より早く起きて乱雑にとりこんであった洗濯物をたたんでいた。
そういうとこ・・主婦の感じがでてしまうんだな。そんな風に思いながら。
いつの間に彼は起きていたんだろう。
私の背中に向けてこう言った。
「毎週洗濯しにきてよ」
「なんで私が?」
「ね。お願い」
それからはほぼ毎日LINEをして。毎週金曜から彼の家に泊まりに行くというのが私の習慣になった。
旦那は私に対して関心がなかったからちょうどよかった。
「君といると居心地がいい」
彼は幾度となく言った。
彼は無口で私も無口なほうだったから沈黙が心地よかった。
そしてなにより彼の腕の中で眠ることが幸せだった。
何も知らなければよかった?
どうなの?教えて?
出会って半年。私は旦那を別居し、彼と同棲生活を送ることになる。
「上司の付き合いで」
そういう彼の帰りは平日午前2時か3時。週末は5時なんて日もあった。
けど土日は家にいたし。浮気もそんなに疑ってはいなかった。
彼は私の前で携帯のロックを解除したりしていたので指の動きからすぐにロック番号はわかった。
・・・興味本位。
彼はお風呂が異常に長い。それをいいことに私は見てしまったのだ。
軽い気持ちだった。本当に。
キャバ嬢の子との営業メールくらいはあるだろな。。そんな感覚。
ところが実際は。
LINE友達200人。
そのうちの2人だけが男。あとはすべてキャバ嬢、風俗穣、出会い系だった。
「今日したいなー」「どんなH好き?」「会ったらなにしてくれる?」
普段の彼とのギャップに愕然とした。
「Hな写メ送ってー」「動画送ってー」そんな内容も。
そして彼はドタキャンの常習犯だった。
約束だけして女の子を駅にまたせておいて既読スルーする。
そしてほとぼりも冷めた頃、平気で「元気??」とLINEしたりしている。
夜中、真冬、遠距離、関係なしに女の子は待たされて来ない連絡を待っている。
だってその時彼は家で私をとごはん食べてたりテレビ見てたりしてたから行く気すらない。
LINEの会話もかみ合ってないことに違和感を覚えた。
例えば出会い系。。
「はじめまして。○○です。なんて呼んだらいいですかー?」
「胸おっきい?一人暮らし?」
こういった感じである。
そんな時ふと私との最初の会話も思い出した。
あの結婚式の時のことだ。
「結婚式だからドレスだしなぁ。その服装のまんま会うのもちょっと」
それに対し彼は
「なんでもいい」だった。
とあるキャバ嬢とは6回もデートをドタキャンしている。しかも当日の1時間前とか。
約束の時間を過ぎた後とかに。
それでも彼女たちは彼をブロックしたりしない。
出会い系で知り合ったと思われる人妻さんは旅行の手配までしてドタキャンされている。
けど彼は悪びれもなくその旅行が終わった頃に旅行楽しかった?とLINEしている。
完全に病気だ。
私はその時感じた。
遊び人とかそういうレベルではない。
実際私と同棲している間も2度無断外泊をしたが謝罪はなかった。
そればかりか最後には開き直った。
「しつこい。うっとおしい。もうその話は終わり」
彼の決まり文句だった。
そんな時彼の体は小刻みに震え顔つきまでも別人になっていた。
・・・。「ごめん」
私が折れる時もあれば
言い争いになったまま眠りにつくときもある。そうなると決まって彼は30分もしないうちに私を抱き寄せる。
もちろんそこにも謝罪の言葉はない。
ただ何事もなかったかのようにふるまうのだ。
彼のLINEの通知音が鳴るたび私の中の嫌な感情が湧き上がってくる。
好きだという感情がこの頃から自分の中でわからなくなっていたのは確かだ。
モテる男と一緒に暮らしている。かろうじて彼女という立ち位置にいる自分に対する優越感である
意地なのか。それともただこの男を純粋に愛しているのか。
彼にはもうひとつ疑問点があった。
付き合う前。毎週末、彼の家に通っていた頃から美容院に行く日は午前中に予約しているのにも限らず帰るのは夜の9時過ぎ。
休日出勤~といって私服で会社とは反対方向の電車に乗り同じく9時過ぎに帰ってくる日もあった。
私は最初浮気を疑った。
とはいえ最初のうちは私も彼女という存在ではなかったので浮気という言葉はあてはまらないが。
他にも女がいるのだろうと思っていた。
それにしてもひっかかることが1つ。
女といれば夕飯くらいは食べてくるだろうし。お酒だって飲んでくるかもしれない。
けれど彼は必ず家でご飯を食べる。お替りもするほどの量をたいらげる。
いったい何をしているのだろうか。
その答えは半年後にわかることになる。
土曜日の夜だった。
いつものようにテレビを見ながら夕飯を食べている時に彼はぼそっとつぶやいた。
忘れもしない。その日は彼が美容院にいった日だ。
次の日は日曜日。私は彼とのんびり一緒に過ごすつもりでいた。
「あのな。今日美容院いった後に友達から電話がきて。○○駅前のパチンコ屋は必ず勝てるから
一緒に行こうっていわれて行ったんだけど7万負けた。だから明日朝一から行って取り返して
こないといけなくて」
・・・。あぁ。不思議な行動はパチンコだったのね。
友達なんて嘘。
彼は去年転勤でこっちにきて。友達など一人もいないと出会った頃いっていたのを思い出した。
パチンコならすべてのつじつまがあう。
金払いがやけにいいのも。ご飯も食べず長い間出かけるのも。
7万・・。一日で7万・・。
私は動揺したがそれが彼の唯一の趣味であるなら結婚しているわけでもないし浮気よりはマシ。
そう思ってしまったのだ。
「いっておいで~」
翌日私は笑顔で彼を見送った。
その日から週末はパチンコ三昧となる。
当たり前のように朝から晩まで。
私達が2人ででかけることなんてほとんどなかった。
1人でいることに慣れた週末。
私はこのままでいいのだろうか・・。そんな思いを毎日抱いていた。
けれど暗い部屋で彼に抱きしめられた時の幸せは一瞬でそれをかき消していく。
この幸せがあればいい。これだけでいい。このままでいいんだ。
彼のパチンコの負け額は日を追うごとに増していく。
今日は10万。今日は12万。
勝つ日もあるいうけれど。月の収益を計算したら大変なことになってることに彼は気づいていたから必死だったのだろうか。
最後にみた彼宛の支払い明細は1ヶ月で60万。。余裕で給料を超えていた。
「いつか取り戻せる・・・。今日こそは」
週末の彼は吸い寄せられるように青白い顔をして死んだ目をしてパチンコ屋に消えていく。
イライラをぶつけられることもお金をせびられることもなかったが。
あの頃の私達はとても恋人同士とはいえなかっただろう。
お互い惰性で一緒にいた。
平日はほとんど上司たちとキャバクラに行き週末はパチンコに行く。
1人の時間にすることは部屋の掃除や洗濯やアイロンがけに週末用の食材の買出し。
もちろん仕事もしていたし友達との時間もあったけれど生活の大半は彼だった。
ある日。彼にパスポートを探しておいてくれと頼まれた私は掃除をしがてらそれらしき引き出しを
あけた。
パラパラを何枚か色とりどりのカードが落ちてきた。
彼が長いこと付き合ったという元カノからのクリスマスやバースディカードだった。
悪いと思ったが読んでしまった。
文面には必ずといっていいほど。
月に1回は2人で出かけたいです。
今月はお金が多く入ったから貸そうか?
愛情表現あんまりないから不安だよ。
プレゼントは交換なしっていわれたけど私は用意しちゃった・・。
なんていう記念日とはかけ離れた言葉が書かれていた。
元カノはお金まで貸していたんだ。
きっと同じように苦しんだんだろう。
どうやってその苦しみから逃れたのか私は知りたかった。
依存・・
そう。
私は彼に依存していた。
だから吹っ切れた元カノがうらやましかった。
きっと彼女も依存していたのだろう。だからこんなに弱い立場でお願いをするのだ。
何をしても許される。
彼はきっとそう思っていただろう。彼女の時も私にも。
そして彼女も私も。何をされてもきっと許してしまうに違いなかった。
ここから逃げ出さなければ。
そして私はある決意をした。
次に彼が外泊をしたらその場で引越し費用をかりてでも家を出ようと。
この頃私は神経をやられていて心療内科やカウンセリングに通っていた。
心療内科は保険がきいたがカウンセリングは自費なので通うとなると高額な費用がかかった。
なので最後ぐらい・・。
迷惑をかけてもわがままをいってもいいだろう。
そしてその日は来た。
その日もパチンコから帰ってきた彼は負けてきたにも関わらず上機嫌だった。
・・・嫌な予感がした。
「今日な。これから飯くって風呂入ったら飲みにいくわ」
時刻は22時。待ち合わせは0時だと言う。
彼に男友達はいない。
問いただすと彼は男の後輩だという。
だったらご飯くらい一緒に食べながら飲めばいい。
「女でしょ?」
私は言った。
「違うって。女の子もいるかもしれないけど2人ではない」
さっきとは違う返答。
イライラし始めた彼を見た私は夕飯の支度はしてあったが急にバカらしく思えた。
「もう出かけていいよ。夕飯は支度しないから」
「あー。面倒くさいな。飯は?」
またも話がかみ合わない。
こんな時。
「はい。わかりました。今夕飯の支度しますね」っていう女がどこにいるだろうか。
「始発で帰ってくるから」
「もういいです。でていきます。次に浮気や外泊をしたらでていこうと決めていたので」
「してないだろ」
「未遂です。もしも勘違いでももう耐え切れません」
そういうと彼はシャワーを浴びに言った。
彼のLINE・・
やはり私の勘は当たっていた。
キャバ嬢だ。お店が終わってから飲みに行こうと彼から誘っていたのだった。
ご丁寧に翌日の予定まできいて。
シャワーから上がった彼はまだご飯が出てくるのを期待しているようだった。
私は怒りもせず。冷静に言った。
「お金がないので引越し代を貸してください」
「はぁ?最悪だわ。完璧に冷めた」
その後彼は小さな声で「出て行け」といった後すぐに
「出て行け!!!」と怒鳴った。
「すぐにでもでていきます。だから少しお金を貸してください。来月には返すから」
「なんでお前に貸さなきゃいけない?他に頼めよ。一緒に暮らさなかったらよかった」
「それは私も同じです」
「だまされた気分だ」
「それも同じです。こんなに浮気する人だと思ってなかったから」
「浮気される側にも問題あるんじゃねーの?腹たつわ。早く出て行け。2度とかかわりたくない」
返す言葉が無かった。
束縛していた。放置していた。小言をいっていた。
そんなんだったら浮気される理由はこちらにもあるのかもしれない。
けれど私は。週5日飲みに行こうとそれがキャバクラだろうと。週末はどこにもでかけなくても。
文句1つ言わず彼に従ってきた。
そんなこと言われる筋合いはない。
つまらない女・・・そういわれればそうなのかもしれないけれど。
私を見る彼の形相は別の人格がのりうつったかのようだった。
いつものように手足はガタガタと震え大きな音で舌打ちをした。
・・・「お金いらないです。ただ今日は出かけないでください」
私は静かにそういった。
例え一瞬でも愛した人の最後の顔をこんな風に覚えておくのが嫌だったからだ。
「ほんと?いかなかったらお金なしで出て行ってくれるの?じゃ行かない」
・・・最低だ。最低な男だ。
だけど私は愛してしまった。この人と一生いたいと思ってしまった。
彼は即座に断りのLINEを女にしていたようだった。
その顔つきはおだやかないつもの彼に戻っていた。
無駄にするのはもったいなかったので用意しておいた夕飯を2人で食べることにした。
「最後の飯。うまかったなぁ」
彼は笑って言った。
洗い物をしながら私は横目でベットにもたれながらテレビを見る彼の顔を見た。
さっきあんなに最低な発言をしてどうしてこんな顔でいられるのだろうか。
そして私達は眠りにつくことにした。
彼の携帯はなり続けている。LINEではなく間違いなく着信だ。
きっと女に違いない。もしかしたら断りのLINEも入れずいつものドタキャンだったのかもしれない。
彼はそれを気にすることなく眠っている。
寝ぼけているのか意識はあるのか私に抱きついてきた。
私はそれを振り払うことすらできないでいた。まだ心のどこかで彼を愛していたからだ。
翌日。私は早く起きて荷物をまとめた。小さなダンボール3つでおさまった。
いらないものはあとで捨ててもらおうと置いていくことに決めた。
いくあてもない。これからのビジョンもない。
今日でていくつもりなんて昨日の今頃考えてもいなかったから。
ダンボールの荷物を外に出し。まだ眠っていると思っていた彼を見た。
彼は布団から顔を出し私と目が合うとすぐに布団にもぐりこんだ。
さよなら・・・それもないんだね。
だから私もさよならは言わなかった。
ただ一言。
「ありがとう」
彼から聞きたかった言葉だった。
そしたら私も
「ありがとう」
きっと言えたはずだった。
愛した人。
うぅん。まだ愛してる人。
これからもたぶん愛していく人。
いつか忘れられる日がくるんだろうけど。まだその日は遠い。
あれからなんの連絡もないけれど。
私がいない毎日は自由で快適で楽しいですか?
モテるあなたはきっと私のことなんてもう忘れているのかもしれない。
結局ね。嘘は嘘でしかない。
いくら嘘を重ねたところで本物になんかならない。
「君といると居心地がいい」
それも嘘だった?
今思うとあなたの横顔しか思い出せない。
それはね。
あなたが人の目を見て話さない人だったから。
嘘をついている自分に気づいていたから目をみれなかったのかもしれない。
あなたは一体誰なの?
一番そばにいたのにあなたのことがわからなかった。
この先もきっとそれは変わらないんだと思った。
だけど私は・・・。
あなたを愛していました。
病気もことを知ってもそれでも。
だけど・・私には。
あなたの嘘も病気も包む強さがありませんでした。
どうしても思い出せないあなたの正面の顔が心残りです。
今もしもあなたに届くなら。1つだけ私は嘘をついたことを告白します。
「あなたと暮らさなかったらよかった」
衝動的に出てしまった言葉。あなたはそう思ったのかもしれないけど。
もしもあなたと暮らさなかったら愛する人を待つ幸せも。
ぎゅってされる腕のぬくもりも。匂いも。
愛してるからこその不安も痛みも全部知らないでいたから。
あなたはきっとこれからもこんな風に恋愛をするのでしょう。
あなたの中に永遠なんて言葉はないのかもしれません。
私もそんな恋愛の仕方ができたら傷つくことを知らずにいれたのかもしれない。
もう誰も愛したくありません。
こんなにも私の体が蝕まれていくのなら。
愛なんていりません。
まだ消えぬこの感情は愛なのか。
私自身まだわからずにいる。
同じように依存的恋愛をしてきた方はこの感情をなんと呼ぶのだろうか。