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9.女子力が違います

 メルリーサへの道行きは……一応、順調だといえようか。

 彼女たち――どう見てもユーリのほうが主導権を握っているのでそう呼ぶのが正しいだろう――は街道を使うことを嫌った。そういう条件なら、とギルドで幾つかの小さな依頼を請けて出発した。

 おかげで白ラビ討伐の依頼と薬草採取の依頼はあっさりと片付いた。

 食用ラビも大量に狩れたおかげで、食料には困らずに済んでいる。

 問題は、野宿だということ。

 行商人の護衛という前提だったけど、馬車でなく徒歩という時点で気がつくべきだった。

 彼女たちは本当に何も持っていなかったのだ。

 鍋や食器、簡易テントや寝袋、毛布の一枚も持っていなかった。

 街道沿いに進むのであればそれで問題なかったのだが、野宿となるとそういう訳にはいかない。

 あたしとユーリは手持ちの毛布を提供し、食事もできるだけ食器の要らないもの中心、ということになった。

 まあ……食事に関しては基本が固いパンとチーズに食用ラビの串焼きだからほぼ問題はない。

 今日も焚き火の側で食事を終わらせたあたしたちは星の下で夜が更けるのをじっと待っている。


「そろそろ甘いもの食べたいなぁ」


 三日目にして食べ飽きた食用ラビの串焼きを明日の朝ごはんにすべく薄く切ったパンに挟む作業をしながら、あたしはついいつもの癖で口に出した。

 野営が続いた時には欲しくなる甘いもの。

 大体三日目になるとつい口走っちゃうんだよね。で、ユーリが呆れたように突っ込んでくる。

 でも今日は他にお客様がいたんだよね。


「長旅用にキャンディを持ってきてますわ。いかがです?」

「え……ああ、ありがと」


 思わぬ返答にあたしは手を止めて顔を上げた。

 左隣から差し出されたキャンディ缶はとても凝った装飾がされていて、透明なキャンディを一つ口に入れたあと、じっくりと缶を眺めた。缶自体は四角いが、表面は鳥や小動物の姿を浮き上がるように作り込んである。


「綺麗ね」

「ええ、鳥の羽の細かい細工が気に入ってますの」

「本当だ」


 反対側に座っていたユーリも覗き込んできた。

 こんなキャンディ缶、このあたりじゃ見たこともない。というかこんなに手の込んだ缶自体、見たことがない。庶民では手にできないほどの物。

 貴族も相手にしている商人ならこういった品も扱っている。となると彼女は豪商の娘ということか。


「ありがと。キャンディも美味しいわ」


 キャンディ缶を返すと彼女は嬉しそうに微笑んだ。バラの花が咲くように、と表現することがあるが、彼女の笑みはまさにそんな感じだ。

 女のあたしでさえ惚れ惚れする笑顔だ。

 野宿が続いてるのにつかれた顔を絶対見せない。

 常に薄っすらと化粧をしたように真っ白な肌に真っ赤な唇で、食事が終わった今もほんのりと唇は紅い。いつの間に紅を引いたのだろう、と思うけど、そんな暇はなかったから、元からなんだろう。

 そもそも、元々の造形が違うんだよなあ。

 彼女は手足や首もほっそりしていて、元々の骨格も細いのだろう。冒険者で稼いでるあたしとは筋肉のつき方も違う。

 それは仕方ないよな。あたしはそれで食ってるわけだし、日焼けもすれば傷も負う。

 長くやってる分、あちこちに消えない傷がある。

 それを嫌だと思ったことはない。どれも勲章みたいなもんだ。

 でも、シミ一つない真っ白な肌を見るともやもやする。

 彼女を羨ましいと思わなくもない。

 可愛いと言われる女の子に憧れがないわけじゃない。

 でも、これがあたしだ。


「クランさん、今日は僕が寝ずの番を交代しますから、休んでください」

「大丈夫よ、キリク。あなたはお客様なんだから、休んでて。それにこれを作ってしまわないと」


 肉を切りながらあたしは答える。

 全部サンドイッチに作ってしまえば明日の朝はちょっとだけゆっくりできる。

 明日は通り道に小さな村がある。

 日持ちのする根菜と塩、できれば新しいパンも手に入れたいけど、売ってもらえるかどうか。

 たまには温かいスープが飲みたいし、堅パンもスープがないともさもさして食べにくい。

 サンドイッチでなんとかごまかしてるけど、こういう食事になれてないお客様だ。そろそろ限界だろう。

 それに、時折妙な視線を感じる。

 決して気配をはっきり感じ取れる距離まで寄って来ない。

 昨夜はかなり広範囲にサーチをかけておいたけど、その外側からじっと見つめている。

 魔法使いとしては優秀だ。

 誰を狙っているのか。それも把握させない。

 彼女か、それとも――。

 サンドイッチをくるりと油紙で包むと、あたしは立ち上がった。


「風が強くなりそうだから結界強化してくる。今日はあたしが先に火の番するから」

「分かった。――二人ももう寝てくれ」


 ユーリに目配せしてあたしは火の側を離れる。

 ユーリも気がついているみたいでちらちらとあちこちに視線を走らせている。

 彼女たちには知らせなくてもいいだろう。

 結界があれば少なくとも妖獣は入って来られないし、ユーリが側にいれば二人は安泰だ。

 結界に使ってる魔石を確認しながら、さらに外側にサーチをかける。かけた瞬間、人の気配が消えたポイントがあった。

 やっぱり、追ってきている。

 それにしても魔力検知の能力が高い。それほど高レベルのサーチでもないのに感知するなんて。

 あたしみたいな中途半端な魔法使いじゃない。

 生粋の魔法使い。多分。


 ……ユーリでもあたしでも歯が立たないかもしれない。


 直接的な恐怖を与えられたわけじゃないけど、ぞくりと背筋が寒くなった。





 二人を残してユーリがやってきたのはそれからすぐだった。


「二人は?」

「もう寝た」

「早いわね」

「眠りの魔法をかけただろう?」

「まあね」


 ユーリの的確な指摘にあたしは苦笑を浮かべた。


「そこまでする理由は、ついてきてる男か?」

「男なの?」


 びっくりして声を上げると、ユーリは眉根を寄せた。


「その位は分かるだろう?」

「それがうまく逃げられてるのよね。はぐらかされてる感じで。あっちのほうが魔法使いとしても上だから、ごまかされてるんだと思う」

「そうか。……遠くを歩いてるのを見かけたからな。気配も妙だし、視線も感じた。

「どっちが狙いだと思う?」

「普通は彼女だろうな」

「そうよね」


 それがこの仕事の依頼。二人をメルリーサに安全且つなるべく早く届けること。

 ちらりとユーリを見ると、すでに周囲を隙なく伺っている。


「じゃあ、こっちは任せて」

「頼む」


 二人を眠らせたことで中途半端な魔法使いのあたしでも守りやすくはなっている。

 一番怖いのは恐怖に駆られてパニックを起こす人間だからだ。

 ユーリがその場を離れたのを確認してから結界をさらに強化する。

 この追いかけっこはどちらが早いだろう。もし相手が相当の使い手なら、ユーリも翻弄されて終わるかもしれない。

 火の側に戻り、二人がまだ魔法で眠りについていることを確認する。

 二人の周囲には不用意に近づいた場合の罠も張った。

 これが全て破られるようなら、手の打ちようがない。その時は冒険者稼業も廃業だな。

 自分を落ち着かせるように、目を閉じて深く呼吸をしたあと、目を開く。

 正念場だ。

 

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