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14.逃げられません

 翌朝。

 奇妙な雰囲気のまま、キリクの一方的な采配で宿を出発した。ユーリ嬢に昨夜の話はしなかったが、特に訝しむ様子はない。

 たぶん、キリクに全権を任せているのだろう。

 いつも通り二人のユーリが前を歩き、あたしとキリクは後ろをついていく。後ろの会話が聞こえない程度に離れて。


「で、詳しく聞かせてくれるんでしょうねえ」


 飄々と歩くキリクを睨みつけると、ちらりと目だけこちらに向けたキリクは口元をゆるめた。


「もちろん。でもユーリくんがいない状態で話していいの? 同じことを二度も説明したくないんだけど」

「……とりあえず、あたしは何をすればいい?」

「そうだな。旅の間は僕にベタ惚れしてるふりをしてくれればいい」


 あたしは深くため息をついた。


「いまさらだけど、人選ミスだと思う」

「そう?」

「あんたの横でニコニコするくらいはできるけど、それ以上は無理よ。あたしは人を好きになったことないもの」

「へえ? それにしてはユーリくんをずいぶん熱い目で見てるじゃない?」


 にやっと笑うキリクに、あたしは眉根を寄せた。仲間なのだ、当たり前だろう?


「ユーリはほっとくとまともに生活できないからよ」

「そうか、自覚がないんだな。まあ、僕らには関係ないからいいけど。とりあえず、こうやって二人で歩いてる時は腕絡めて」


 人一人分のスペースを開けて横を歩いていたあたしは、いきなり腕を引っ張られてよろめいた。取られた腕をキリクの肘に内側から絡めるように置かれる。


「ち、ちょっと近いっ」

「何? 僕の婚約者殿?」


 すまし顔に戻ったキリクは至近距離であたしの耳に囁いてくる。かかる吐息がくすぐったい。絡まっている腕の内側にキリクの体温を感じる。自分のものでない、他人の体温。


「ちょっ……」

「好きな人と腕を絡めて歩くのは普通でしょ?」


 腕を抜こうともがくと、仕方なさそうにキリクは腕を絡めるのをやめ、その代わりに手を握ってきた。互いの指を絡めるような握り方。こんな握り方、知らない。

 さっきよりも相手の体温がダイレクトに伝わってくる。どくどくと感じる脈動は自分のものだろうか。それとも。


「片手塞がってるんじゃ護衛できないじゃないの」


 この程度何でもないと虚勢を張り、キリクに聞こえる程度の小声で文句を言うと、キリクは口元をゆるめた。


「こんな町中で襲ってくると思う? 大丈夫だよ。人目につかない場所で襲ってくると思うから。それと、人の多い町中以外でもこの調子で頼むよ」

「なんでっ。人目がなければ婚約者の振りなんて……」


 するとキリクは眉を顰めた。冷ややかな表情が一瞬だけ見え、すぐいつもの顔に戻る。


「頭悪いなあ。僕らは会ったばかりでしょう? 目的地に着くまでに愛を育んだように見せかけなきゃ意味ないんだ。いい? 僕らには常に監視がついてる。その監視を騙せなきゃ意味ない。だから、これから目的地に着くまで、君はユーリくんと二人きりになるのは禁止」

「えっ」


 どういうことよ。ユーリはパートナーだ。婚約者のふりをするにしても、ユーリと個人的な話もできなくなるのは困る。


「もちろん、僕もユーリと二人きりになるようなことはしない。寝る時も、同性同士か婚約者同士。いいね?」

「……この仕事、いつまでかかるの」

「そうだねえ。アクリファスまで、かな」

「ええっ!?」


 つい声を上げてしまった。前を行く二人のユーリが足を止めて振り向いたのが見えた。キリクは舌打ちすると、いきなりあたしを抱き寄せた。


「ちょっ……」

「今度からそんなでかい声あげるの禁止。せっかくいい雰囲気だったのに、ユーリたちを邪魔しちゃっただろ? 今度やったらお仕置きね」

「……は?」


 耳元に口を寄せてキリクはそう囁くと、あたしの頬にキスを落として体を離した。手は繋いだまま。

 顔を上げると、ユーリの視線が突き刺さる。そんな目で見ないでよ。これも仕事の内なんだから、と睨み返すとユーリはぷいと顔を背けた。


「ああ、ごめんごめん。気にしないで」


 キリクはそう言って手を振る。ユーリ嬢は素直に受け取ったのだろう。ユーリの腕に自ら腕を絡めて歩きだした。

 アクリファス。

 それってばあたしの記憶が確かならば、隣の国の首都ではなかったか。徒歩ならほぼ一月(三十日)はかかるだろう。

 そんなに長くこの芝居、続けるの?

 それに、結局報酬については話し合いのないままなし崩しじゃないの。一ヶ月に見合うだけの報酬、貰わないと。


「……先に報酬の話しとかなくてよかった」

「ああ、それ、なし崩しで引き受けてもらうことになっちゃったし、それなりに色はつけさせてもらうよ。それに、予定外のことも頼むことになりそうだから」

「……ちょっと、それ聞いてないんだけど」

「声がでかいよ。それにちゃんとその分は埋め合わせするし。君たちの装備もそろそろくたびれてきてるみたいだから、どこかで新調しようね」

「別にいいわよ、このままで」

「それはダメ。……僕らからのプレゼントだと思って受け取ってよ。それに、ユーリくんの剣、折れたままだよね?」


 痛いとこを突かれてあたしは黙り込んだ。そうだ。あの時、メインで使っていた剣は折れてしまったのだ。

 どこかで打ち直すと言ってたけど、そんな暇もなく今に至る。あたしも矢の補充をしていない。


「そんなこと……メルリーサを出る前に武器屋に寄ればいいじゃない」

「それもそうだけど、ユーリくんは今佩いてる剣があるでしょう?」


 ちらりとユーリを見ると、腰には白い鞘の剣が下げられている。

 いつの間にギルドから引き出してきたのだろう。あれ、二度と使わないと言っていたはずなのに。


「……あの馬鹿」

「おや、訳ありなの? あの剣」

「ユーリ!」


 大きな声を出して呼ぶと、二人は立ち止まった。あたしはキリクを引きずったまま――だって、手を離してくれなかったんだもの――ユーリの前まで行った。

 ユーリはやはりいつもの無表情どころかめちゃめちゃ不機嫌そうにあたしを見下ろす。


「何だ」

「その剣、いつの間に出してきたの」

「今朝早く。剣が折れたままでは護衛もできない」

「それはわかってるけど……それなら鍛冶屋で新調すればよかったのに」

「あの剣の打ち直しを頼んだから」

「そう……」


 ユーリの言葉にあたしは視線を外した。ユーリがいつも佩いてた剣は師匠からもらったものだと聞いていた。やっぱり思い入れは強いんだろう。打ち直し費用を考えると新調するほうが安いかもしれない。

 だから新調する余裕はない。わかってはいるけど。


「それに、護符を買うんだったろう?」

「そうね。……キリク、街を出る前に魔法具の店に寄っていい?」

「ああ、構わないけど。いいよね? ユーリ」

「ええ、もちろん」


 にっこりと微笑むユーリ嬢。何を考えてるのかやっぱりわからない。


「では魔法具の店へ行きましょうか」


 キリクはそう言うとあたしを引っ張って歩きだした。ユーリの苛立ちが一層強くなったのを感じたのは気のせいではないだろう。


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