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12.偽の婚約者

「はぁ?」


 声を張り上げたのは許してほしい。

 だって、婚約者だよ?

 結婚を約束する相手のことだよ?

 たかだか数日のつきあいでそんなことわかるわけない。それよりなによりろくに会話すらしてないのに?

 目を丸くしてるあたしに、キリクは苦笑した。


「あー、なんか期待させたらごめん。もちろん本気の婚約じゃなくて、偽装なんだけど」


 途端に顔が熱くなる。


「あ、そ、そりゃそうよね。ごめん。勘違い」

「まあ、こんな往来でする話じゃないよな。どこか入ろうか。ユーリ、いいかな?」

「ええ、お任せしますわ」


 にっこりと微笑むユーリ嬢とキリクのあとをついてしばらく歩き、宿屋の一階にある酒場の隅っこに陣取る。

 いい匂いが空腹を刺激する。


「料理は適当に頼んでいいかな。飲み物はエールでいい?」

「あ、はい」


 できれば名物料理が食べたいところだけど、とりあえずはキリクのチョイスを楽しむことにする。

 エールがやってきて、とりあえず喉を潤すと、キリクが口を開いた。


「えっと、どこから話せばいいかな。ここ二、三ヶ月ずっと、君たちのような人を探して歩いてたんだ」

「俺達のような?」


 思いっきり眉根を寄せて、ユーリが不審げに口を開く。


「試したみたいで申し訳ない。でも護衛をお願いしたのは実際に命を狙われてるからだし、それは君たちも知ってるよね?」


 ユーリは押し黙る。そりゃそうだ。あれだけの腕を持つ刺客が付け狙ってたわけだし、代金もそれなりにいただいてる。


「他にも目的地まで無事守り通してくれた人はいたけど、男女の二人組で、しかも二人とも腕が立つペアってのはなかなかいなくてね。それに……刺客を撃退した人はいたけど、退治した人は君たち二人だけだった。あれに関しては本当、感謝している。それに僕らにも興味を持たなかった」

「それは買いかぶりだよ。あたしの魔法の腕は大したことないし、ユーリの腕がなきゃ勝ててなかった。それに、直接聞かなかっただけで、興味がないわけじゃない。ただ、あんたたちの素性を知ったところで、あたしたちには関係のないことだし」


 あわてて口を挟むと、キリクはにっこり笑った。


「だからだよ。こうやって少人数で動くとさ、どこの商会の者か、聞き出そうとする人って結構多いんだ。で、大手の所属だと分かると長期間の護衛契約を言い出す人は結構多いんだ。もちろんギルドを通さずにね。そういうところを無視する人も困る。どこかで手を抜くようになるからね」


 なるほどね。そういうところはさすが、ちゃんと見てるわけだ。

 馬車を仕立てる大人数の隊商はそもそも多人数の護衛をちゃんと雇用するのだろうし。

 店員さんが山盛りの唐揚げと山盛りのサラダを置いていく。キリクがささっと手を出して、ドレッシングをかけて混ぜ、取り分けはじめる。

 早速揚げたての唐揚げにかぶりつく。ピリ辛のスパイスがまぶされてるのだろう、ジューシーで結構辛い。エールが進む。

 お代わりのエールが来たところでユーリが口を開いた。


「で、どこまで話してくれるんだ?」

「そうだねえ……あ、命を狙われてる理由については目的地に着いたら話すよ。それ以外なら聞いてくれて構わないけど。あ、もちろん、この依頼を受けてくれるのが条件ね」


 途端にユーリの機嫌が急降下する。


「依頼と言ってもギルドを通せない依頼、なんだな?」

「まあ、偽の婚約者になってくれってギルドに依頼を出すわけにも行かないしね。だからこうやって足を使って探してたわけで」

「それでも俺たちの冒険者としての腕が必要なんだろ?」

「それはおまけ程度かなぁ……でもないか。目的地に無事着くためには必要不可欠か。もちろん、目的地まで別に護衛を頼めばいいって話もあるけどさ、そうすると、護衛対象が四人になるだろ? それを完璧に護衛するのに何人の護衛を雇えばいいと思う?」

「つまり、護衛兼偽の婚約者が勤められる男女ペアを探してたってわけか」

「ご明察」


 くすくすとキリクは笑う。ユーリの機嫌がさらに急降下した。


「それに、一緒にいても退屈しないんじゃないかなっていうのもあってね」

「……そっちのお姫様はそれで構わないのか?」

「ええ、わたくしは構いませんわ」


 にっこりとユーリ嬢は答え、エールのジョッキに口をつけた。意外と彼女、イケるクチなんだなあ。気がつかないうちに何回かおかわりしてるみたい。

 ユーリはちらりとあたしの顔を見て、眉根を寄せた。


「……返答はいつまでにすればいい?」

「今すぐ、と言いたいところなんだけど、君たちも二人だけで話したいよね。だから、明日の朝までに返答してほしい。ここの上にシングル部屋を四つ取ったから」

「えっ」


 キリクはじゃらりと鍵をテーブルに並べ、一つずつ配った。

 そこまでする? そりゃまあ、まだ宿屋決めてなかったし、というかここに泊まるかどうかも決めてなかったのに。

 ユーリの機嫌がさらに悪くなった。


「ツイン部屋がなくてね。隣同士で、内側に互いの部屋を行き来できる扉があるタイプの部屋だから。今日の宿代と食事代はお礼も兼ねて僕らが持つから」


 まだ日が高い時刻で、夕食もここで食べればタダとなる。それは確かにありがたいけど……。


「分かった。じゃあ一晩考えさせて貰う。クラン、いいな」

「ん」


 最後の唐揚げをぺろりと平らげて、ユーリは立ち上がった。あたしもあわててエールを飲み干して立ち上がる。


「ごちそうさまでした。じゃあ、明日の朝」

「ええ、また」


 ユーリ嬢はにこやかに微笑んでいる。

 

「夜中でも聞きたいことができたら部屋に来てくれていいよ。僕の部屋はユーリの隣だから」

「分かったわ」


 振り向くとユーリは宿にあがる階段に消えたあとだった。宿屋の受付で部屋の場所を聞くと、あたしも部屋に上がった。


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