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1.始まり始まり

「次はどこだって?」


 皿の上から串団子を取り上げてぱくり。とやったばかりのあたしに聞いてくるのは、向かいに座ったユーリ。

 短く刈り上げた銀髪に空のような青い目の彼は、いまではごくたまに柔らかく微笑むことができるようになったが、出会った頃は取り付く島もないほどの無表情だった。


 ――昔のあたしみたいに。


「北の教会。依頼書はこれ」


 胸ポケットから取り出した紙片をユーリに渡す。


「妖獣討伐か。ってこれ、白ラビ? 何でこんなに報酬がいいんだ」


 白ラビとは名前からも推測できるように、白い兎状の妖獣だ。但し草食でなく肉食。とりわけ人肉のしかも年若い個体を好む。


「教会には養護院があってね。そこには多くの戦災孤児が引き取られて生活してる」

「なるほど。……白ラビ、もしかして群れを作ってるのか」

「うん、そうらしい」


 お茶に手を伸ばす。串団子はやっぱり醤油ダレが一番美味しいけど、あんこも捨てがたい。持ち帰りにしてもらおうかな。


「要するに、巣を作るのに適した場所だと目をつけられたってわけか」

「教会は移転できないし、子供たちもそうそう受け入れ先はないし。……もう四人もやられたらしい。うち一人はかばった先生シスター


 息を呑むのが分かった。ユーリ、いまだに探してるもんね、昔世話になったってシスターを。


「その先生は銀の髪だったそうよ」


 目に見えてユーリの体から力が抜けるのが分かる。


「そうか。……じゃあ、いつから行く」


 あたしは団子の串を皿に置くと後ろに流してた黒い髪を飾り紐でくくった。


「ユーリさえよければ今からでも」


 がたん、と音を立ててユーリは立ち上がった。


「行こう。今すぐ」


 相変わらず無表情なユーリを見上げて、あたしもたちあがる。


「了解、相棒」





 勘定を済ませて店を出ると、宿に預けてた装備や荷物を引き出して街を出る。

 歩けば四日、馬なら一日の距離だが、今のあたしたちはちょっと懐が心もとない。

 ギルドに寄って、途中で路銀の足しになりそうな依頼を幾つか受けておいた。街道沿いに行けば宿には困らないが、それでは金にならないので草原を突っ切り、森を抜けるルートを選ぶ。

 地図をしまいこんで、街を出たところで気がついた。


「しまった」

「何だ」


 あまりに切羽詰まった声を出したせいだろう、ユーリの気配が剣呑になる。


「あんこのお団子、買ってくるの忘れた」


 戻ろうとしたら腕を掴まれた。


「……お前は」


 はぁ、とため息をつくと、ユーリは脱力して首を振った。


「食い物のことしか頭にないのか」

「そればっかりじゃないわよ。四日分の食料確保だって楽な話じゃないんだから」


 日持ちのする固いパンは準備できるが、それ以外は現地調達だ。妖獣の他に食える獣を探さなければ。


「串団子じゃ日持ちしないだろうが。そんなの買ってきてどうするんだよ」

「疲れた時に甘いもの欲しくなるし、それに歩きながら食べたかったなって……ちょっと、置いてかないでよ」


 怒り顔のユーリがあたしの腕を離してさっさと歩き出す。


「お前のペースに付き合ってると日が暮れる」


 でっかい剣を背負って金属鎧を身にまとってるのに、なんであんなに身軽に歩けるんだろう。鎧を外した時はあんなにスリムなのに。


「今日のうちに草原を抜ける予定なんだ。とっとと来い」


 慌てて後ろに追いつく。基本軽装で、弓矢と魔法メインなあたしはその分担ぐ荷物も多い。魔具や魔石がもう少し軽ければいいのに。





 食料になりそうな動物を探しつつ、依頼の薬草を摘んでるうちに草原は抜けた。結局食材は見つからず、ユーリのみつけた木の実と固いパンのみだ。木切れを集めて魔法で火を焚いて茶を淹れ、中にクグラの実を落とす。クグラの実はそのまま食べると固くて脂臭いだけだが、お茶に落とせば湯に溶けて白く甘い風味がつく。旅のお供だ。

 焚き火の周囲十メートルぐらいの範囲に結界を張って、妖獣避けの呪いをする。草原を抜けてアリヴの森に入ったすぐのあたりで、妖魔の気配はそう濃くない。

 アリヴの森自体は難易度は低い。妖獣は出るが妖魔は出ない。しかも高レベルの妖獣も出ない。妖獣避けで十分だろう。


「妖獣避けしといたから、寝ていいよ」

「お前が先に寝ろ。目が覚めたら交代だ」


 いつものやり取りだ。どうせ言い出したら聞かないユーリのことだ。不毛なやり取りはやめて、毛布を引っ張り出してくるまるとあたしは焚き火を背にして横になった。

 木々の梢の間から空が見える。あたしの瞳と同じ、濃い紺色の空。瞬く光を見ているうちに、あたしは眠ってしまった。




「起きろ、交代だ」


 目が覚めたらって話だったのに、と目を開ければすでに日が昇っている。


「ちょっ、もっと早く起こしてよっ。あんた寝てないでしょ」


 慌てて体を起こすと、すでに火の消えた薪のあとと、その側に転がっている食用ラビが三つ。魔石が十二。


「すまん、起こす暇がなくてな」


 この辺りに出る妖獣ならよくても小指の先ぐらいの魔石がせいぜいだ。なのに、なんで手のひら大の魔石がごろごろあるわけ?


「何があったの、一体」

「知らん。が、お前の施した妖獣避けが効かないレベルの妖獣が襲ってきた」

「そんな。アルヴの森って行ったら初心者でも比較的攻略可能な安全な森ってことで知られてるのよ。なんで……」


 毛布を払い除けて魔石を取り上げる。手のひら大が五つ、あとは親指大かそれ以下だ。手のひら大のものは取り上げてみれば質も良い。


「もう少し上のランクの依頼も受けとけばよかったな」

「馬鹿! 無茶しちゃダメだって」


 あれほど言ったのに、すぐユーリは無茶をする。

 自分の身を守ることをせず、切り込んでいく。前衛としてどうなのよ、とよく詰るが聞く耳持たずだ。自分が傷つこうとお構いなしに剣を振るい続ける。


 ――狂戦士バーサーク


 彼がとりつかれている呪いだ。

 呪い、と言っていいだろう。

 彼自身が望んで受け入れた能力だと言っていたけど、死んだらおしまいなんだよ? 探したい人がいるんでしょう? と言ったところで「死ななければよい」とかあっさり返してくる。

 あんたを死なないようにバックアップしたり回復したりしてんの、あたしなんですけど? と詰め寄ったことがあるが、それもまた「俺が守れば問題ない」とか言いやがった。

 呆れちゃったわよ。ほんと。

 どんだけ自分に自信があるんだっての。

 確かに強いし、こいつが傷だらけになるようなことがあれば即回復するけどさ。

 少しは自分のことも考えなさいよ、ホント。


「その魔石は黒ヴィルが落としたものだ」

「黒ヴィル? そんなレベル高いのがいるの?」


 黒ヴィルは名前の通り、黒い狼タイプの妖獣だ。黒ヴィル自体はそうレベルが高いわけじゃない。熟練した冒険者にとっては。

 だが、この森が適正レベルであるはずの初心者なら、遭遇即死、だ。


「間違いない、森で何かが起きてる。もしかしたら白ラビの巣がもう出来てて、それを狙った黒ヴィルたちが集まってきてるのかもしれん」

「じゃあ、なおさら北の教会が危ないじゃないの」


 北の教会はこのアリヴの森を抜けた町外れにある。森の近くを切り開いて畑にしたり、森の木の実やキノコを採集して生計を立てているはずだ。

 ユーリもうなずいた。その白い頬に赤い線が走っている。見れば手足にもあちこち血のあとが見える。


「とにかくイニードの村に知らせを送ってくれ。ここへ立ち入る依頼は全て止めてもらわないと」

「わかった。ユーリ、怪我してる」

「俺はいい。通知が先だ」


 言い出したら聞かないこの性格、どうにかして欲しい。仕方なくあたしは傷薬ポーションを押し付けると、村のギルド宛に魔法の伝書鳥を跳ばした。

 すぐ応答があって、アリヴの森への立ち入り制限と、関連する依頼の取り下げをしたとギルド長の名前入りの書類コピーが来た。それと合わせてアリヴの森の実態調査の依頼が発行されたともあった。

 こちらの方はあたしたちはすでに受領済み扱いにしてくれているらしい。他の冒険者からの知らせは一切入っていなかったそうだ。もしかしたら、被害を受けた冒険者は少なくないのかもしれない。

 諸々終わって振り向くと、ユーリは食用ラビの解体に入っていた。食用ラビの毛皮は受けた依頼の中にも入っている。食用ラビの肉はすぐ腐るので、解体した側から焼くか燻製にするのが一般的だ。


「魔石はお前に預ける。火を起こしてラビを焼いてくれ」

「分かった」


 手早く魔石を専用の袋に収め、薪の残りに火をつける。バラしたラビを魔法で出した水でざっと血を落とすと金属の串に刺して、秘蔵っ子の塩をパラパラふりかけて、さっと火で炙るとそのまま火の側に立てかける。燻製チップも持ってきてるけど、こんな場所で煙を上げるのはあまりよろしくない。


「で、ギルドからの返答は?」


 ラビの解体が終わったユーリに手洗いの水を魔法で出したところで口を開いた。


「森全体に立ち入り制限と、関連する依頼の取り下げをしてくれたそうよ。それから、森の調査依頼が発行された。あたしたちは受領済みにしてくれるって」

「そうか」


 それだけ言うとユーリは火の側にすとんと腰を下ろした。あたしも反対側に腰を下ろす。ユーリを見ると、明らかに寝不足な顔をしてた。いつもなら爛々と輝いている三白眼が半分閉じて、口もだらしなく緩んでいる。渡した傷薬は飲んだのだろう、あちこちにできていた切り傷は消えていた。


「朝ごはん食べたら寝て。強力な妖獣避け、かけておいたから」

「……わかった。三時間だけ寝る」


 ラビの焼けるいい匂いがしはじめて、空腹感がいや増す。

 ぱたり、と音がしてユーリは力なく横になった。食事を待てないほどくたびれていたのだ。

 さっきまであたしがかぶっていた毛布を取り上げてユーリに近づく。眠っている時でも気配で目が覚める彼が目を覚まさない。

 となると、夜の間ずっと妖獣たちと追いかけっこをしてた可能性もある。

 毛布をかける前にあちこちの点検をしておく。ユーリは怪我してても絶対申告してこない。放っといて大変なことになったことも一度や二度じゃないってのに、どうして隠すかねぇ。

 傷はどれも深くなかったのだろう、傷薬一つでほぼ回復はしていた。念のため、体力回復の魔法をかけておく。

 指でユーリの額に触りながら呪文を唱える。篭手の下に反応があった。左の篭手を外そうとしたら、血の塊がこぼれ落ちた。


「ちょっとっ、怪我してんじゃないのよ、やっぱり」


 篭手自身にも攻撃のあとが残っていた。黒ヴィルの牙のあとだ。篭手を外すと、牙が食い込んだまま抜けたのだろう、一本残っていた。

 それを抜き、血を水で洗い流すとユーリの顔が歪んだ。それでも起きない。


「もしかして、毒も食らってる?」


 慌てて解毒をかけ、治癒をかける。案の定、解毒に反応があった。黒ヴィルの牙に毒があるのだろう。普段ならこんなヘマ、絶対しない。魔石の数からして、襲ってきた黒ヴィルは五匹。その程度ならユーリ一人で瞬殺だ。白ラビが近くにいたとしても、大した脅威じゃない。


 ――そう、ユーリ一人なら。


「まさか、あたしをかばったの……?」


 蹴り飛ばしてでも起こしてくれればよかったのに。あたしだって起きれば黒ヴィルぐらい、魔法でなんとでもなったのに。


「馬鹿」


 もう一度体力回復をかけて、毛布をかぶせる。よく見れば短い髪の毛にも返り血が残っている。起きたら浄化の魔法をかけてあげよう。

 香ばしい匂いにそそられて振り向くと、ラビの肉は焦げる一歩手前だった。

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