Never Ever
この話は、R18に連載している「闇の中で甘い夢を」というお話の番外にあたります。双子人形の経緯です。
読んでおらずとも大丈夫な作りに書き換えました。(14/02/05)
ただし倫理観の問題上、R15推奨とさせていただきます。
それは、雪が降る日だった。
「……真樹?」
ぽつりと零れ落ちた声は、誰にもすくわれず、雪と共に地面に溶けて。
「何で……? 目を開けてよ。私を見てよ。ねえ、真樹ってば……」
触れた親友の体は、真紅に染まっていた。
「何で、こんな事になったの……。何で、私だけ生きてるの……」
見知らぬ土地。見知らぬ人々が、遠巻きに自分たちを見て何事かを囁き合っている。
だが、浅香はそんな事などどうでもよかった。
この現実にただ耐えきれなかったのだ。
「真樹、真樹ぃ……っ……うわああああああああああ!!!!!」
悲鳴が、叫びが、嘆きが。
銀色の空へと吸い込まれていった――。
帰葬は叶わず、親友を町の教会にある共同墓地に埋められた浅香に残された道は、そう多くはなかった。
彼女は今、この町の教会でシスターをしている。
毎夜、神の前で、天に召されたであろう親友に祈りをささげながら。
「天にまします我らの神よ。私の親友はそこで笑顔を浮かべているでしょうか。楽しく、何にも脅かされぬ日々を過ごしているでしょうか。あれから七年が経ちました。犯人は未だに捕まっておりません。どうか、真樹を殺した犯人へ、天罰をお与え下さい――」
だが、決まって最後は犯人への恨みへと向かってしまう。その度に自分をいさめ、そのことを懺悔するのだ。
親友だった郷川 真樹は、自分・結野 浅香と一緒に海外旅行へ来ていた。
北欧の地で、色々な物を見たり聞いたり食べたりして、思い出を連れて二人一緒に帰り、故郷で待つ家族や他の友人たちにお土産と話をして……と、そういう話をしていた矢先だった。
――突如、真樹はくずおれた。
あまりに一瞬で、何が起こったのかすぐには分からなかった。
心臓から溢れ出る血に手を染めながら、浅香は真樹に縋り付いて泣き喚いて、その後は葬儀が終わるまで空っぽに等しかった。
警察もおそらくはどこかの事件の流れ弾にでも当たったのだろう、と片付け、捜査を止めてしまった。
浅香の中では、何一つ終わってなどいないというのに。
「真樹は私の、無二の親友であり、双子のようなものなのです。半身を引き裂かれた苦しみから、今も解放されることの出来ない私に、どうか、救いを……」
懺悔なのか恨み言なのか。
今になって犯人が捕まったなら、自分は果たして冷静で居られるのか。
そんな事をつらつらと考えながら自室のベッドにもぐり、十字架をきつく握りしめてまた今夜も眠りにつくはず――だった。
――カタン!
遠いどこかで、音が聞こえたような気がして、目を開ける。
「……?」
まさか泥棒か、と思った浅香は身を起こし、そっと部屋を抜け出した。
薄暗い廊下にほとんど灯りはない。ゆっくりと歩を進めながら、少ない部屋を一つ一つ確かめる。
あれから物音はしない。だが一度見回って何事も無いと確かめなくては安心できないだろう。
「……何もない、といいけれど……」
そろそろ雪が降りそうな季節だ。ストールだけは羽織っているが、それでも寒い。早々に戻りたいと歩を速める浅香は、またしても物音を聞き取って思わず立ち止まった。
「っ……」
息を呑んで、耳を澄ませる。
今度はもっと近い。先ほどまで自分が居た懺悔室だろうか。
しかしあそこには何もないはずだ。あるのは懺悔の為の聖書と十字架と、マリア像だけのはず――。
辿り着きたくない、だけど確かめたい。そんな葛藤の中、ついに扉の前まで来てしまう。
そっと扉に耳を付け、中をうかがってみた。
もう物音はしなかった。気のせいか、と思いつつも扉を開けた浅香は、だがそこに飛び込んだ光景に一瞬我を忘れた。
「――え……?」
これで居たのが、日々祈りを捧げて天国で穏やかに暮らしているであろう親友ならば良かったのに、とすら思える。
だが、そんな都合のいい事などそうそう起こるものではない。
「……シスター・レミ……?」
シスターにあるまじき姿で床に伏す女性は、穏やかな気質の可憐な少女だった。
だが、薄暗い上に月明かりはそこまで強くなく、一体何があったのかは分からない。
差し込んだ光の具合で偶然顔が分かっただけで、それも無かったら、今頃は――。
そこまで考えてはっとなった。慌てて駆け寄る。
「レミ、シスター・レミ!! しっかり!!」
羽織っていたストールをほぼ裸の彼女に巻き付けようとして触れるが、その体温は既に生きている人間のそれではない程に冷たくなっていた。
「何故、何故こんな……っ!!誰か、誰……んっ!」
ぐっ、と突然誰かに口を手のひらでふさがれる。
――やはり泥棒か。強盗か。
そう思った浅香だが、ふわりと香った、今までに嗅いだことの無い香りに眩暈を感じて何かがおかしいと思い始める。
そもそもこんな小さな町に建つ修道院だ。あるものなどたかが知れている。
それなら普通に一晩の宿をお願いした方がよほど楽だろう。
では、今この場に居るのは何者だというのか。
「んうーっ、んーっ!!」
「静かにしろ。オレはうるさいのが嫌いだ」
その時ようやく聞こえた声に、浅香は愕然とした。
まだ少年ではないか。なのに、どうしてこんな事を。
それよりも、シスター・レミに一体何をしたのか……。
「こいつのようになりたいか?」
首を僅かに横に振ってその問いに返す浅香に、彼は言った。
「なら、静かにするんだな」
そうしてようやく手を離され、冷たい空気が肺に入り込んでくる。
「はぁっ、はぁ……あなたは……誰?」
ようやく振り向く事が出来た浅香は問いかけ、だが目の前に居た存在に驚愕を隠せなかった。
月明かりの逆光で顔はほとんど見えない。だが、その背中にあるのは――蝙蝠のような、一対の羽根。
――悪魔。
映画や漫画の世界だけだと思っていた。
この小さい修道院に、そんな存在はおろか、神の加護もそこまであるとは、他のシスターはともかく浅香は思っていなかった。
だが、だからといって、無いと言う事を証明は出来ない。
「あ……あぁ……っ」
かたかたと体が震える。歯の根が合わず、かちかちと音がした。
これは本物だ、と何かが判断する。逃げなければ、死ぬと。
だが、相手はふと浅香を見てその手を伸ばし、彼女の顎を捉えると恐怖に染まった瞳を覗き込み、言った。
「お前……闇にとらわれているな」
「え……」
「なるほど、加護結界が弱いはずだ。お前のような存在一人で、神は簡単にこんな場所など見放す」
自分のせいでこんな状況になったのだと、暗に言われているのだろうか。
思考がままならない浅香に、真偽など分かろうはずもない。
そんな彼女に対して、少年は問うてきた。
「お前は堕ちる事が出来る。この女のようにはならずともいい。……どうする?」
「ど、どういう……意味ですか……」
少年を相手にしているのに、口調は自然と敬語になってしまう。
闇に慣れつつあった目は、目の前の少年の顔立ちが、人間のそれより整っている事を映し出した。
悪魔だと分かっていても胸は勝手に高鳴る。
「そんな服を脱ぎ捨てて、悪魔の眷属となる誓いをオレに立てろ。恨みつらみを神に吐き続けるより楽しいぞ。どうだ?」
悪魔が人間を勧誘? そんな馬鹿な、と浅香は唖然とした。
しかし嘘を言っているようには見えない。
一体どうするべきなのだろう。そもそも自分はどうしてこうなったんだったか。
「安心しろ。お前に与えられるのは、永遠の命だ」
そんなものに興味などない。だが、今すぐ死んでも、悪魔が目の前に居ては神とて自分を親友の元へ連れてはくれないだろう。
「会いたい、人が、居るんです。永遠の中に居れば、会えますか?」
子供のようなぶつ切りの言葉で問いかける浅香に、相手は少しだけ目を見開いて。
「……さあな。だが、探し続ける事は出来るぞ?」
悪魔らしいもったいぶった言い方で、そう答えた。
「それが、死者だとしても?」
「……ふん。闇に囚われた人間が考えそうな事だ。いいだろう。お前の会いたい人間の名を言ってみろ」
――真樹。郷川、真樹。
悪魔が分かるわけもないのに、自然と言葉は紡がれてしまう。
何かおかしな力でも使われているのだろうか。
しかし、悪魔である少年は、何故か口を一瞬つぐむ。
「そうか……お前が探しているのは……」
頭の中の霞が、さっきからずっと増している。彼の言っている意味が、分からない。
だが、ふと彼は小さく笑うと、甘く囁いてきた。
「探すまでもない。会わせてやるぞ? オレの配下になるのなら、な」
――断言出来る事に、もはや疑問を抱く余地など浅香にはなく。
(会える。真樹に会える……!!)
ただ、その意識だけに支配され、蕩けた表情で目の前の悪魔に告げた。
「はい。あなた様のしもべとなります」
「…くくくっ。よく言った。ならば今からお前はオレのものだ」
唇が、浅香のそれに重ねられる。
直後、心臓がどくんと跳ねた。
「――――っ!!!」
体が燃えるように熱くなる。意識が飴のように溶けて、平衡感覚が失われていくのが分かった。
そして、浅香の意識はそこで途切れる。
七年前、人間界で一人の女が死んだ。
まだ若いその女は、自らの死を悟り、だが天への光を拒むと叫ぶ。
『嫌よ、嫌! 私は浅香と居るの。永遠に浅香の傍に居る!』
気づかない親友の背中にしがみつく彼女を見つけたのは、偶然か必然か。
『魂は器がなければ、いずれ消える。永遠が欲しいなら、器をくれてやってもいいぞ。オレの配下になるのなら、な』
気まぐれなのか、生きていく中で命を奪うことに飽きたのか、今となっては分からない。
だが、その言葉に、彼女はすぐ飛びついてきたのだ。
悪魔と分かってもなお、必死で。
『言ったわね? 浅香の傍に、永遠に居られるのね? じゃあ器をちょうだい。代償なら、いくらでもくれてあげるわ。浅香と共に居させてくれるのならね!!』
――生まれながらに、魂が強く引き合う人間が居る。
それは抗えない力のようなもので、人間にとっては当たり前だ。
だが、悪魔や天使において、そういう人間が二人揃う事は、大きな意味を持つ。
『では、来い。安心しろ。永遠の中において、ほんのわずかな時間、再会の時を待てばいいだけだ』
離れたがらない彼女を言いくるめてようやく引き離した時、そういえば、と問うた。
『お前、名前は何だ?』
ずっと親友から目を離さない彼女は、そのまま答える。
『真樹。郷川 真樹よ。あなたの名前は? 悪魔さん』
そして問い返された中身に、彼は全くもったいぶらずに答えた。
『オレはリファイン。リファイン=シェイザーだ』
浅香の目が覚めた時、そこは闇色だった。
なのに、全てが見える。まるで浮き上がったように、くっきりと。
起き上がると、きし、と体がわずかに硬質な音を立てた。
手を見てみると、人間とはかけ離れている。
そう、まるで――人形のような。
「ここは? どこなの?」
不安になって闇の中に問いかけると、ゆらり、と部屋の中央部が歪んで――一人の少年と、人形の少女が現れた。
「ほう。……さすがは魂の分かれた存在同士か。適合が早いな」
少年のことは、もちろん覚えている。
自分は彼と契約したのだ。その代償として、もう自分は人間ではなくなったのだろう。
「私は、一体……どんな姿に?」
見たところ、青色のドレスを纏っているようだが、人形として考えるならサイズが大きくないだろうか。
疑問はいくらでも湧いて出たが、どこから訊けばいいのか分からないでいると。
「こいつと同じ姿だ。……こいつは冥。そしてお前はたった今から――澪だ」
名前を付けられた瞬間、どくん、と体の奥の何かが反応した。
途端に疑問という疑問が全て、消えていく。
今目の前にあるものだけが、理解できて受け入れられていく。
「はい。――主様」
ぼうっと霞がかった状態で浅香――澪は命令を受け入れた。
不意に、ふわりと冥という人形が浮かびながらこちらへ来て、澪の手を取る。
そして、冷たい表情の中に、ほんのわずかな熱を浮かばせながら言った。
「やっと会えた。ようこそ、澪。私達の永遠へ」
魂の奥底が、望みが叶った事を知り――澪は、冥を見返して笑う。
「会いたかった、冥。今度こそ、ずっと、一緒」
触れ合う手が、互いをより強固に結びつけた。
「……自我を奪う予定だったが、まあいいだろう。お前達が揃う事で、上級魔族に近しい魔力が発揮出来る。片方だけでは下級魔族レベルだがな」
主の言葉は、まだよく理解出来ない。
だが、心配は要らないのだ。
これからは、彼女が居てくれるから。
「冥、澪に魔界の知識を与えろ。魔力の使い方も教えておけ」
「かしこまりました、主様」
少しだけ先輩となった彼女は、慣れた動きで澪の体を立ち上がらせる。
起きたばかりの体はまだまだ軋む音を立てた。
「早々に使えるレベルにしておけ。この城は使用人が最低限しか居ないからな」
「はい」
「主様の為に、仕事を早急にマスター致します」
ぎこちなく一礼する澪を見て、主であるリファインは消え。
「こちらへ、澪。大丈夫、あなたなら、すぐにきっとマスター出来る」
優しい優しい片割れが、自分の手を引いて歩き出した。
過去はもう、おぼろげな霞の中に溶けて消えかかっている。
分かっていることは、大事な事だけだ。
――主がいたから、願いは叶えられた。
漆黒の城、暗闇の空間。
永遠という時間を、双子の少女人形は城の中で、今日も主の為に仕える。
-fine-
双子という言葉に惹かれるのは、何も人間だけじゃないと思ってます。
魂の双子なんて、一体どれくらいの確率なのか考えたらキリがなさそうですね。
あと、悪魔って願いを確実に叶える存在だと思うのですよ。代償はあるけど。
だからこそ悪魔なんですけどね。だって、叶えられるわけがない願いまで叶えちゃうから。
そんなわけで、叶うわけのない願いを叶える話となりました。
加筆修正した結果、彼の出番はごっそり消えましたが、むしろこれでいいと思ってます。