疎まれ才女は塀の中
「あなた方の頭の中は空っぽですか?少しは考えてまとめてからこちらに持ってきなさい」
今しがた書類を返された面々はタジタジになりながら受け取った。書類には赤い文字で修正点が書き込まれている。
「す、すみません」
「謝罪する暇があるなら帰って修正して、私のところではなく、上司へ提出なさい」
二の句が継げずに、一礼した後、そそくさとその場を後にする文官たちに、クララはため息を吐く。振り返り机を見れば、今しがた押しかけてきた文官たちが持ってきた各部署の書類が山積みだ。
「クララ様、こちらはどうしますか?」
そう聞いてきたのは、クララと共に塔に押し込まれた文官のソロンだ。ソロンの腕にもまた、山積みの資料がのっている。
「とりあえず資料はこちらに置いて。少しお茶にしましょう」
昨日持ってこられた書類を捌いたと思ったらまた次が来て、クララは頭を抱えながら簡易キッチンにたどり着く。缶に入った茶葉をポットに入れるとお湯を注いだ。棚に置いてあった箱からクッキーを取り出して皿に盛る。
いつもの休憩スペースに運べば、ソファにドサッと身を投げた。
「お疲れ様です」
ソロンが言いながら手前のソファに座るとクッキーを摘まみだした。クララもお茶に口をつける。
「……渋い。それがまたいい」
「…クララ様、何年経ってもお茶だけは渋いですね」
眉間にしわを寄せつつも、ソロンも飲む。慣れたものだ。
「人には得手不得手があるでしょう?もう、諦めたの。無理はしないって」
「それを何故、あの時発揮できなかったのか、俺には疑問ですけどね」
「なあに?蒸し返す気?」
「クララ様が、王族相手にやらかした伝説は語り草になってますから。ええ」
「仕方ないじゃない。誰も言わない。よいしょだけしろっての?私には無理だったのよ」
「まあ、王子が予算使い込んで、愛人囲ってたなんて醜聞、暴きたい人間なんていませんからねえ」
ソロンの言葉に今度はクララが眉間にしわを寄せる。思い出して腹が立ったらしい。
「私だって暴きたかったわけじゃないのよ?いくら見ても帳簿が合わなくて、いろいろ調べたらそうなっただけで」
乱暴にクッキーを掴むとムシャムシャ食べだした。
「まあ、王子の自業自得なんですけどねえ。とばっちりで塀で囲われた北の塔に幽閉されるとは思わなかったですよ。なんで俺まで」
「あなたが私の副官だったのが運の尽きね。ご愁傷様」
「その笑顔が腹立たしいですよ。家にも帰れないなんて。拷問だ」
「まあ、でも、あなたは3か月で出れるから良いじゃない?」
「それ本心で言ってます?あなたがここにいるという事は、俺がここと城を往復しなきゃならなくなるんですよ?」
「仕方ないじゃない。私、無期限くらってるんだから」
「偉そうに堂々と言わないでくださいよ。俺の身にもなれってんだ」
渋いお茶を飲み干してソロンは書類を分類すべく立ち上がる。クララは残りのクッキーを口に詰め込み、一気にお茶で流し込んだ。
「さあて、やりますか」
クララの仕事は城の文官である。帳簿をはじめとした、ありとあらゆる書類の分類、整理、保管などを受け持っていた。副官にソロンをはじめ、二十名ほどの部下を抱えている。
しかし、2か月ほど前に起きた騒動の中心になり、王子の逆鱗に触れ、無期限幽閉という訳の分からない処分を受けて、北の塔で仕事をしていた。
ちなみに部下たちは新しい上司のもとで仕事をしているらしい。
塔ではクララとソロン、二人で、その他の書類や資料の整理をしている。これも罰なんだそう。
尚、帳簿関係の書類は回ってこない。
「ソロン、書類と関係する資料、右に置いといてくれる?」
「分かりました。クララ様はどうされます?」
「午前中に整理していた書類に目を通すわ」
そこからは書類を捲る音と、何かを書き込む音だけが聞こえてくる。城にいても、塔にいても、やることは変わらなかった。
その静寂が破られたのは夕方に差し掛かったところで、そろそろ食事の差し入れ時という時間だった。
「クララ殿はおられるか?!」
いきなり響いた爆音に思わず耳を塞ぐ。
「ええ、いますとも。何です?まだ仕事中……。ヴィンセントじゃありませんか」
「やかましいにも程がある」
耳をいじりながらソロンがげんなりと声の発生源を見やると、大柄で筋骨隆々な兵士が一人立っていた。
「どうしたんです?仕事中では?」
「それが、あの…」
「なんです?はっきりなさい」
「王太子妃殿下が行方不明に」
「……いや、あの、ヴィンセント。私、文官なんですけど?なぜ、そのような大事を幽閉されてる身の私に持ち込むんですか?おかしいでしょう?」
「いや、クララ殿なら何とかしてくれると思い…」
「出来るわけがないでしょう?あなたの頭の中はどうなっているの?普通は隊長なりなんなりから指示が出るでしょうが!戻って指示を仰ぎなさい」
「それが、第二隊の隊長から助言をもらうようにと」
「…どいつもこいつも、私を何だと思っているのかしら」
クララの堪忍袋の緒が切れそうになる。慌ててソロンが袋から飴玉を出し、クララの口に放り込んだ。
「クララ様、飴舐めて。そう、深呼吸しましょう。ね?」
クララの呼吸がフシュー、フシュー、と何度か漏れ、落ち着く。それからため息を一つ吐くと、ヴィンセントを見やった。
「ここじゃ落ち着かないわ。ソファーに移動しましょう。ソロン、お茶を入れて頂戴」
「はい。ヴィンセント殿もそちらにおかけください」
ソロンがお茶を準備している間に二人はソファに掛けた。クララはこめかみに指をあてながら、ヴィンセントに話を促す。
「で?王太子妃殿下が行方不明になった詳細を話してちょうだい?」
「午後から、庭のガゼボでお茶をしていて、被っていた帽子が風に飛ばされてしまったんだ。それをおつきの侍女たちが追って、目を離した隙に、居なくなっていたと…」
「おかしくない?護衛がついていたでしょう?」
「ついてはいたんだが、王太子妃に、帽子を追いかけるよう言われたらしい」
「あなたは護衛ではなかったの?近衛でしょう?」
「私は非番だったんだ。急に招集がかかって、事情を聞かされて」
「そう。王太子妃はいくつになられたかしら?」
「え?十四だが…」
クララは宙を見上げる。ブツブツと言いながら考えを整理しているようだ。ヴィンセントは固唾をのんで見守る。
「お茶が入りましたよ」
ソロンが静かにカップを置いた。ゆらゆらと湯気が出ては消える。
「ソロン、城の地図はあったかしら?」
「ええ。棚にしまっていたはずです。持ってきましょうか?」
「お願い」
ソロンが地図を持ってきてテーブルの上に広げた。それをクララが指さしながら見ている。
「いなくなってどれくらいたったか分かる?」
「一時間ほどでしょうか。外部へ抜けるような道はありません」
「そうね。その可能性は低いわ。ここを見て」
ソロンとヴィンセントがクララの差し示すところを見て、あっ、と声を出した。
「ガゼボがある所から、城までは徒歩五分ほどの距離。で、ここね。ヴィンセントは分かるでしょう?」
「はい。そこは隠し通路があるところですね。しかし、平時は閉ざされているはずです」
「ここ、確か、石の暗号があるでしょう?王太子妃は知っているんじゃない?」
「むしろ、なんでクララ様が詳しいんですか?」
ソロンがツッコミを入れると、クララは苦笑いをする。
「私の出自は知っているでしょう?」
「あ…」
クララは公爵家の次女である。昔から王子の遊び相手として、また婚約者候補として城には上がっていたのだ。もちろん城の内部も知っていることが多い。
まあ、あまりにも聡明すぎたがゆえに婚約者候補からは除外されたのだが。
「十中八九、王太子妃はここに隠れていると思うわ。捜索範囲からは外れていると思うけれど、伝えてくれる?」
「もちろんです。さすがクララ殿だ。すぐに帰って隊長に報告します」
ヴィンセントは礼もそこそこに、塔を後にした。
「見つかりますかね?」
「見つからなければ、ヴィンセントがまた来るわよ。あの大きな声には昔から慣れないわ」
少し冷めたお茶を飲みながら、今日の仕事はここまでね。と、クララは使用人のベルを鳴らした。




