第90話:魔王、ついに反撃する
雷を帯びた槍が、黒い群れを薙ぎ払った。
ぱんッ!!
ぱちんッ!!
ノイズ混じりの悲鳴を上げながら、ウイルス魔物が次々と破裂していく。
蒼真は足場の曖昧な仮想空間の中で体勢を低く保ち、ベルフェが創り出した槍を振るった。
そのたびに槍先から紫電が走り、黒い塊を貫いては霧散させる。
さらに外側からは、榊原の支援。
『そこですそこです!!』
裂け目の向こう、ノートパソコンにかじりつく榊原が高笑いしながらキーを叩く。
「隔離、削除、再走査!!ああ素晴らしい……!こんなに効くんですねぇ!!」
「楽しそうですね!?」
蒼真が思わず叫ぶ。
「興味深いですからね!!」
返ってきた答えはまるで悪びれなかった。
だが、そのおかげで助かっているのは事実だった。
榊原のツールが裂け目の向こうから飛び込み、黒い塊のいくつかを自動で隔離・削除していく。
蒼真はその隙を逃さず、押し寄せる群れを一体ずつ減らしていった。
だが——それでもなお、アスモちゃんは未だに笑っていた。
黒い欲望の海の向こうで、羊角のアバターが頬に手を当て、くすくすと喉を鳴らす。
『ふふ、残念。それでも私の魔力は尽きるどころか、増えていくの♡』
その声と同時に、画面の隅で赤い数値がまた跳ね上がる。
【欲望累積値 2京1173兆】
現実側で、天音が青ざめた声を上げた。
「ま、まだ増え続けています!」
榊原も裂け目の向こうで顔を引きつらせる。
「なんですかこの増加率……!もう人類の総量とか、そういうレベルの数字じゃないですよ!?」
『欲望そのものを数えておるのだろう』
ポメ様が低く言った。
『人間の欲など、数字にしたところで上限があるかどうかも怪しい……しかも今回は世界規模。あやつにとっては、これ以上ない養分場よ』
アラームが悔しそうに尾を叩く。
『ぬぅう……!見られることの快感を、完全に独占されておる気分なのじゃ!』
「今そこ競ってる場合じゃないです!」
天音が思わずツッコむ。
蒼真は歯を食いしばった。確かに、削っている。
ウイルス魔物の数も、確実に減らしている。だがそれ以上に、背後の欲望の海が膨れ続けていた。
認められたい、見られたい、求められたいという感情が、世界中から絶え間なくこの空間へ流れ込んでくる。
『どう?削っても削っても増える相手って、結構しんどいでしょ♡』
アスモちゃんがにたりと笑う。
「……っ!」
蒼真は返事の代わりに、目の前の黒い塊を槍で貫いた。だが連戦で、さすがに動きに疲れが見え始めていた。
呼吸が荒い。足場の感覚も曖昧で、気を抜けば意識まで仮想空間へ沈みそうになる。
そしてその一瞬の揺らぎを、アスモちゃんは見逃さなかった。
『あ』
嬉しそうに笑う。
『今、隙できた♡』
次の瞬間。横合いから飛びついたウイルス魔物が、槍へまとわりついた。
ぬるり、と黒い塊が柄に絡みつき、蒼真の手から武器を奪い取る。
「しまった……!」
槍が闇の中へ弾かれ、再び丸腰になってしまう。
その瞬間を狙って、残っていた魔物たちが一斉に牙を剥いた。
『やっちゃえ♡』
アスモちゃんが楽しそうに指を鳴らす。
迫る黒い群れ。
蒼真が身構えた、そのとき——
ドドドドドンッ!!
凄まじい轟音とともに、仮想空間そのものが震えた。
「……っ!?」
黒い海の上に、突如として数十本もの槍が生まれた。
何もない闇から金属光を帯びた青白い槍が、まるで雨のように並んで現れる。
その勢いのまま、数体のウイルス魔物がまとめて貫かれた。
ぱんッ!!
ぱんッ!!
ぱちんッ!!
ノイズを散らして消えていく黒い塊。
蒼真が目を見開く。
「え……?」
裂け目の向こうから、あまりにも頼もしい声が届いた。
「……追加だ。遠慮なく使え」
ベルフェだった。
相変わらず面倒そうな顔のまま、片手だけ軽く上げている。
蒼真は驚愕しつつも、反射的に目の前の一本を掴んだ。
「た、助かります!」
握った瞬間、槍全体に雷が走る。
さっきの一本と同じく、自分の魔力にぴたりと合った。
『えええ!?』
今度はアスモちゃんが素っ頓狂な声を上げた。
『こんな干渉力……!使う魔力量、かなり必要なはずなのに〜!?』
その疑問に答えたのは、ベルフェではなく天音だった。
「はい!モフ4号ちゃんです!」
いつの間にか、彼女の腕の中には一匹のモフ式神がいた。乾電池のような形をしたそれは、ふるふると震えながら青い光を放っている。
「魔力はこいつから得ている」
あのベルフェが珍しく少しだけドヤった声で言う。
「……これは蓄積d「それがあのモフ4号なんですね!!!!!!」」
ベルフェが喋ってる途中に榊原が即座に食いついた。
「もっと見せてください!!!!」
ついにノートパソコンから目を離し、天音の方へ身を乗り出す。
「その構造は!?蓄積効率は!?理層はどうなってるんですか!?」
「い、いまですか!?」
あまりの勢いに天音は思わずドン引きする。
だがその瞬間、仮想空間内のウイルス魔物が、なぜかさらに一気に破裂し始めた。
ぱんッ!!
ぱちんッ!!
どろり、と次々消えていく。
蒼真が槍を振るうより速く、黒い群れが削れていくのだ。
『えっ、今度はなに!?』
アスモちゃんがさらに目を丸くする。
榊原はもう見ていない。なのに削除が止まらないどころか、むしろ加速していた。
現実側でポメ様が目を細めた。
『……榊原だけが消してるわけじゃないようだな』
天音がはっとして周囲の端末を見る。
黒かったはずの一部画面に、新しいウィンドウが次々開いていた。
【削除実行】【隔離成功】
「これって……!」
榊原もようやく気づいてモニターを振り返る。
「ま、まさか……!」
世界中の配信画面の片隅で、まだ正気を保っていた人々が、自発的にウイルス削除を始めていたのだ。
企業のセキュリティ担当。
個人のエンジニア。
詳しくはないが、とにかく片っ端から対策ソフトを走らせる人々。
配信を見ていた誰かが「これ効くぞ!」と気づき、それが別の誰かへ共有され、さらに広がっていく。
侵略に使われた“繋がり”そのものが、今度は反撃のために機能し始めていた。
『うそ……』
アスモちゃんの声が、初めて少し揺れた。
『人間が、自分から……?』
その背後で、赤い数値がなおも跳ねる。
【欲望累積値 2京9800兆】
だが今はもう、そこへ別の流れも混ざっていた。
止めたい。
守りたい。
壊させたくない。
欲望は色欲だけのものではない。
抗いたいという感情もまた、強い“欲”だった。
蒼真は槍を握り直す。
今度は一本ではない。周囲に何十本もある。
ベルフェが創り出した槍の群れが、仮想空間の中で彼のための武器庫になっていた。
「行ける……!」
蒼真は低く呟いた。
そして一気に踏み込む。
一本、投げる。
黒い塊が貫かれて破裂する。
もう一本。
さらに三体まとめて消える。
雷が走る。槍が飛ぶ。
榊原の対策ツールと世界中からの削除支援が、それに重なる。
ウイルス魔物の群れは、ついに押し返され始めていた。
『ちょ、ちょっと待って……!』
アスモちゃんの笑顔に、初めて本物の焦りが混じりはじめたのだった。




