第85話:魔王、友と語り合う
かつては赤門だったダンジョン。
今は青門として安定している場所——朽ちた霊廟。
ベルフェは久しぶりに戦友の玄聖に会いに行っていた。
内部に広がっていたのは、巨大な寝殿造。
本来ならば崩れ落ち、半壊していてもおかしくない規模の建築。
しかし。
「……いつのまにか直ってるな」
以前は崩れ、夜空が剥き出しになっていた天井。
今は、木組みと陰陽術による補強で綺麗に塞がれている。
梁は新しく、だが無駄に豪奢ではない。修復というより、“住むために整えた”と表現した方が正確だった。
畳敷きの広間には、低い卓と座布団。
壁際には書物が積まれ、香の匂いがほのかに漂っている。
アンデッドが徘徊するダンジョンだというのに、以前よりも明らかに生活感が増していた。
「……お前、ここに腰据えてるだろ」
『ええ』
返事は即答だった。
『主として管理する以上、最低限の居住環境は必要です』
「最低限のレベルじゃねぇ」
ベルフェはクッションを引き寄せ、柱にもたれかかる。
「千年前より、よっぽど人間らしい暮らししてるな」
『皮肉ですね。魔物になってからの方が……安定しています』
寝殿の上座に設えられた主の席に、玄聖は静かに腰掛けていた。
それでも……
『久しいですね、我が友よ』
「ああ。久しいな、玄聖」
会話は、自然に続いた。
かつて千年前、同じ戦場に立っていた陰陽師。
今はリッチという魔物となり、このダンジョンの主を務めている存在。
『憤怒の魔王も、無事に処理されたと聞いています』
「まぁな……世界の安定って意味では、順調だろう」
淡々としたやり取り。かつて命を預け合った仲だということを、互いに誇示する気はない。
『……あなたを除けば、残る魔王は三体ですね』
「傲慢、暴食、色欲……か」
名前を並べただけで、空気がわずかに重くなる。
ベルフェは気にする様子もなく、寝殿造の天井を仰いだ。
「で、モフ3号はどうなってる?」
『そうですね……正直に言えば、改善するにはまだ時間がかかります』
玄聖は少しだけ言い淀む。
モフ3号——重力操作型の式神。以前、考古学者の榊原と宇宙概念について大いに盛り上がった際にできたものだ。
ベルフェはモフ3号がなくても怠惰の理を利用し、自身を浮かせることは可能だが……移動ができないのだ。ベルフェは深くため息をついた。
「空中移動できたら、どれだけ楽かと思ったんだが……」
『発想が完全に“移動手段の省力化”ですね』
玄聖の声に、微かな苦笑が混じる。
「……楽できるなら、いくらでも考える」
『千年前のあなたからすれば、随分と変わりましたね』
短い沈黙。やがて玄聖が、ふと思い出したように口を開いた。
『そういえば』
「ん?」
『第二権能——惰材変質が、更新されたそうですね』
ベルフェがぴたりと動きを止める。
「……なんで知ってるんだ」
『もちろん、陰陽術の星詠みですよ』
「便利すぎだろ、その情報網」
ぼやきながらも否定はしない。
「まあ、0から作れるようになった」
『……それは、相当ですね』
玄聖の声が、珍しく感心を帯びた。
『素材の有無を問わず、概念から構築できる……』
「ただし、これも燃費が最悪だ」
即座に続く現実的な問題。
「モフ3号並みに魔力食う。正直、使いたくない」
『……そこでなのですが、じゃんじゃーん』
「やめろ、その前振り」
玄聖の声がわずかに弾んだところで、床にモフッと式神が姿を現す。円柱みたいなフォルムで、どこぞの乾電池のような印象を受ける存在。
『モフ4号です』
「……また増えたのか」
『憤怒の魔王を参考にしまして、魔力蓄積型です。余剰魔力を溜め込み、必要な時に供給する補助装置として設計しています』
モフ4号を見つめていたベルフェが、ふと眉をひそめた。
……沈黙が、一拍。
「……なぁ、玄聖」
『はい』
ベルフェはゆっくりと視線を上げ、どこか引きつった笑みを浮かべる。
「……まさかとは思うが」
『はい』
「お前……魔王の理を使って、式神を創り出してるんじゃないだろうな?」
その場の空気が、ほんの一瞬だけ固まった。
寝殿造の奥で、燐光が揺れる。
『……』
返答が、ない。
「……おい」
ベルフェの声が、低くなる。
「冗談だって言え。冗談なら笑って流してやる」
『……』
数秒の沈黙のあと、玄聖は静かに答えた。
『“使っている”という表現は、少し語弊があります』
「………………つまり?」
ベルフェはこめかみを押さえた。
『魔王の理そのものではありません。あくまで世界のあちこちに、“溜まり場”のように沈殿した“残滓”を、陰陽術で再構成しているだけです』
「……余計にタチ悪く聞こえるんだが?」
ベルフェは深く息を吐き、天井を仰いだ。
「お前な……それ、本当に“小型魔王”量産してるのと変わらないぞ」
『ええ。ですから』
玄聖は、いつも通り淡々と告げる。
『数は七体までに制限しています』
「そもそも作るな。便利なんだがな……」
だがベルフェは、モフ4号をもう一度見た。
そこには明確な“暴走の兆候”はないし、理も安定している。
「……一応聞くが、それぞれ何の理を参考にしてた?」
『そうですね、1号(魔力探知型)は嫉妬の魔王、2号(異空間収納型)は強欲の魔王、3号(重力操作型)はあなたの理をちょびっと参考してます』
ベルフェは、苦々しく笑った。
「ほんと……お前は、立派に人間やめてるよ」
『今さらですね』
夜明けの光が、寝殿造を照らした。何でもない会話のように交わされる、危険すぎる確認。
「……とりあえず世界、ちゃんと進んでるな」
『ええ。あなたが動いている限り』
ベルフェはクッションに身を沈め、目を閉じる。
それでも——今は。
「……少しだけ、寝る」
『ごゆっくり』
友の声を聞きながら、魔王は静かに目を閉じた。




