第79話:魔王、ドワーフに好かれる
エレベーターを降りてすぐ、アストラが案内を再開しようとした、そのときだった。
通りの向こうから、数人のドワーフが走ってくる。
険しい表情。切迫した足取り。
何かあったのは、誰の目にも明らかだった。
先頭を走っていた一人が、声を張り上げる。
『アストラ!!鍛冶神様はいらっしゃるか!?』
「……鍛冶神?」
思わず、天音が聞き返す。
「もしかして……魔王様のことですか?」
その一言で、天音と蒼真、アラームとポメ様まで、自然と同じ方向を見た。
——かつて鍛冶を打ち続けた男、ベルフェ。
「……人違いだろ」
ベルフェは、心底どうでもよさそうに言った。
本気で、そう思っている顔だった。
確かに、神ではない。
少なくとも、本人の認識では。
だが。
『……この存在律!!』
ドワーフが、ベルフェを見た瞬間、目を見開く。
『確かに、魔王の理の皮を被っておる……!じゃが、内面にあるこの“再生の理”……間違いない!!』
ドワーフは、歯を見せて笑った。
『鍛冶神様じゃ!!』
次の瞬間、周囲がざわつく。
数人のドワーフは、感極まったのか、なぜかもう泣いていた。
「……鍛冶をやっていたことはあるが、神ではない」
ベルフェは、淡々と否定する。
『神様がおっしゃるなら!』
『そういうことにしておこう!!』
「……だから、違うと言っているだろ」
訂正は、聞かれなかった。
こうして珍しく——ベルフェが、完全に振り回されることになった。
『とにかく来てくれ!!』
『一目でいい!!炉を見てほしい!!』
半ば強引に、ドワーフたちが道を空ける。
というより——囲まれた。
「……おい案内はどうした」
ベルフェがアストラを見ると、アストラは少し困ったように首を傾げる。
『予定を変更します。こちらが優先です』
「ゆ、優先……?」
『……まぁドワーフじゃしのう』
天音が小声で呟き、アラームは妙に納得した声で言った。
そのまま一行は、地下都市の奥——先ほど遠目に見えた工房へと連れて行かれる。
扉をくぐった瞬間。
熱気と金属音が、肌を打った。
赤く灯る炉。幾重にも重なる魔術陣。床には削りかすと、未完成の部品。
だが、雑然としているわけではない。
すべてが「途中」であり、「進行中」だった。
「……すごい」
蒼真が、素直に呟く。
「全部……今、作ってるんですか?」
『そうじゃ!!失敗も含めて、全部じゃ!!』
ドワーフの一人が、胸を張る。
『千年前は、精霊馬しかなかったから我々に声かけられた。故に変えたのじゃ!』
別のドワーフが、興奮気味に続ける。
『魂を運ぶ列車!』
『帰還用の船!』
『地下を巡る移動具……全部、途中じゃがな!!』
「……完成してないんですね」
『当たり前じゃ!!』
ドワーフたちは、口を揃えて言った。
『我々は時間があるからの!!』
その言葉に、ベルフェが一瞬だけ目を細めた。
「……なるほど。ドワーフらしいな」
ベルフェは、工房の中央へと歩み出る。
炉の前で立ち止まり、じっと中を覗き込んだ。
赤く灯る炎。
ゆっくりと循環する理。
鉄と魔力が混じる、独特の匂い。
「……懐かしいな」
誰に聞かせるでもなく、ぼそりと呟く。
「久々に……打ってみたい」
その一言にドワーフたちが、一斉に息を呑んだ。
次の瞬間、ベルフェの視界に、淡い表示が浮かぶ。
【鍛冶行為を検知】
【怠惰の理:一時抑制状態へ移行】
「……余計な気遣いだ」
小さく文句を言いながらも、ベルフェは否定しなかった。
『い、今の見たか!?』
『理が……抑えられた……!?』
ドワーフたちは、完全に興奮状態だった。
一人が、震える手で槌を差し出す。
装飾は少ないが、重心の整った、実直な作り。
『鍛冶神様……!』
『ぜひ……ぜひ、打ってくれぬか!?』
「……だから、その呼び方はやめろ」
そう言いながらも、ベルフェは槌を受け取った。
「まぁ少しだけならいいか」
握った瞬間、重さが分かる。バランスも、癖も。
「……悪くない」
おそらく——自身の手で直接、槌を振るうのは、千年ぶりだろう。
それでも。
かつて打ち続けた感覚は、魂に染み込むほど、はっきりと残っていた。ベルフェは、ふっと笑う。
そして、腕を振るった。
——カンッ!
澄んだ音が、工房に響いた。
金属を叩く音なのに、不思議と、雑音が一切ない。
その瞬間。
——ピロン。
またしても、場違いな電子音。
【隠し条件達成】
【条件:自身の手で鍛冶を行う】
【第二権能:《惰材変質》が更新されます】
ベルフェは表示を一瞥した。
「……なるほど。これが隠し条件だったか」
槌を、静かに下ろした。
ドワーフたちは、声を失っていた。
ただ、その目だけが——確信に満ちていた。
しばしの沈黙のあと。
『……なあ、鍛冶神様』
一人のドワーフが、おずおずと手を挙げた。
「だから違うと言っている」
『いつか、ロケットも作りたいのだ』
「……え?ロケット?」
蒼真が、思わず聞き返す。
『空を越えて星の外……つまり異界まで行くやつじゃ!!』
ドワーフの目は、本気だった。
『魂を運ぶ列車が作れた。なら次は、世界を越える乗り物じゃろ!?』
天音が、ぽつりと呟く。
「……発想が、完全に技術者ですね……」
「それ、さらっと言ってますけど、とんでもないことじゃないですか?」
若干ドン引きしている蒼真とベルフェは、深くため息をついた。
「……勝手にしろ。俺は、そこまでは面倒見ん」
『それでいい!!完成したら、見せるだけじゃ!!』
なぜか誇らしげに胸を張るドワーフ。
『完成は……まあ五百年後くらいじゃな!!』
「長すぎでしょ……」
蒼真のツッコミにも、ドワーフは笑うだけだった。




