第78話:魔王、ついに妹と再会する
案内された先は、まさにエルフの森だった。
巨木が空を覆い、根の間を淡い光が流れている。
どこか懐かしく、どこか現実離れした空間。
その中に、いくつもの光の玉がふわふわと浮かんでいた。
「……わぁ……魂ですか」
天音が、思わず息を漏らす。
数名のエルフが、一定の距離を保ちながら、その光を静かに見守っていた。触れない。ただ、そこにいる。
そのときだった。
『お兄ちゃんだ!』
弾むような、はっきりとした声がした。
蒼真の体が、考えるより先に動いていた。
視線の先にある漂う光の中の、ひとつ。
「……明希?明希だよな!?」
光が、嬉しそうに揺れていた。
『うん!お兄ちゃん、よく分かったね!』
その声は、幼かった。
記憶の中の、あの日のまま。
蒼真は、そこで初めて息を呑んだ。
「……ああ。わかるよ、兄だからな」
それだけで、十分だった。光の玉の中で、明希が楽しそうに揺れている。
『お兄ちゃん、迎えに来てくれたんでしょ?』
「……ああ」
蒼真は、声が震えないように短く答えた。
『分かってたよ。だって、お兄ちゃんだもん』
その無邪気な声に。
「……っ」
天音は、思わず目元を押さえた。
言葉にすると、涙が零れてしまいそうだった。安堵と、喜びと、ここまで辿り着いた時間の重さが、一気に胸に込み上げる。
蒼真は気づかないふりをして、明希に視線を向け続けている。その背中を見ながら、天音はそっと息を吐いた。
その空気を、壊さないように。アストラが、少しだけ声の調子を落として口を開いた。
『……瀬名様の件が落ち着いたところで。……もう一名、お伝えすべき方がおられます』
アラームと天音が、同時に振り返る。ベルフェは、クッションを抱えたまま、わずかに眉を動かした。
「……誰だ」
その声音に、ほんの僅かな引っかかりがあった。
アストラは、一呼吸置いてから告げる。
『……千年前。大聖女を務めておられた、清華様です』
一瞬。森の空気が、凍りついたように感じられた。
「え……?」
天音が、小さく声を漏らす。
『あの久禮と一緒にいた聖女じゃよな……?』
アラームが、思わず聞き返す。
ベルフェの指が、クッションに食い込む。
ほんの一瞬。だが、確かに——反応した。
「……まだいたのか」
低く、確認するような声。
アストラは、静かに頷いた。
『千年前の戦いにおいて、魂に深い損傷を受けておられました。完全に癒えるまで千年という時間を要したのです』
その説明に、蒼真は息を呑む。
「……そんな……」
『ですが、つい先ほど、癒えました。現在は会話が可能な状態です』
アストラは穏やかなまま続けた。
その言葉が、重く落ちる。
千年前。憤怒の魔王を封じるために、自らの命と、多くの仲間を差し出した英雄。
ベルフェにとっては——かつての、仲間。
『清華様は今の世界を、一度見てみたいと。我々が暮らしている地下の街に現在、滞在されています』
アストラは、そこで一度言葉を切った。
『よろしければご案内いたしますが』
「……会わせてくれ」
それだけだった。
感情を込めることもなく、拒む理由を探すこともなく……ただ、当然のように。
アストラは、ゆっくりと頭を下げる。
『承知しました』
そのやり取りを、蒼真は黙って見ていた。
『私も行きたい!』
光の玉が、ぴょん、と跳ねるように揺れた。
『ねえねえ、お兄ちゃん!一緒に行く!行く!』
「……え?」
思わず蒼真が目を瞬かせる。
魂のまま、ここまで来て。さらに地下都市まで——大丈夫なのか、と口に出しかけて。
『問題ありません』
先に答えたのは、アストラだった。
『地下は、我々の生活圏です。魂が滞在することも、想定されています』
その淡々とした言い切りに、蒼真は肩の力を抜いた。
「……そう、なんですね」
『うん!地下ってなに?たのしい?』
無邪気な声に、蒼真は思わず苦笑する。
「どうだろうな。でも……はぐれないようにね、明希」
『やったー!うん!ずっとついてる!』
光の玉が、ぴたりと蒼真の肩口あたりに寄ってくる。まるで、昔のように。
天音は、その様子を見て、ふっと笑った。
「……可愛いですね。姿が見えるようです」
『悪意も少しもない純粋な魂じゃのう』
アラームが、まぶしそうに言う。アストラは、森の奥に立つ一本の巨木へと歩き出した。
近づいてみると、その幹の一部に不自然なほど、綺麗に整えられた扉がある。
「……ここから、降りるんですか?」
天音が首を傾げる。
(木の中に階段があるのかな……?)
そんなファンタジーな光景を想像した次の瞬間。
扉が、静かに横へスライドした。
中にあったのは——まさかのエレベーターだった。
しかも、見覚えのある。
現代的で、無駄のない、あまりにも普通のそれ。
「……えっ?エレベーター……?」
『はい、地下まで、かなり距離がありますので』
アストラは何でもないことのように答える。
扉の内側を覗き込んだ天音が、目を丸くする。
「普通に……現代の……」
『日本の方式を参考にしました。安全性と効率が高いのです。同盟を組んだのも技術を提供頂くことでしたので』
その言葉に、蒼真は思わず苦笑した。
「……なるほど」
全員が乗り込むと、扉が閉まる。
軽い振動とともに、エレベーターが、ぐんっと下へ動き出した。
「……結構、降りますね」
表示される階数が、静かに、しかし確実に減っていく。明希の光の玉は、楽しそうにふわふわと浮かびながら、周囲を見回していた。
——チン。
軽い音とともに、扉が開いたそこに広がっていたのは。
「……え……」
蒼真が、言葉を失う。
高層ビル。整然と並ぶ道路。
信号機、看板、ガラス張りの建物。
——知っている街だった。
「……日本……?」
天音が、呆然と呟く。
「いえ……違う。でも……」
違和感は、確かにある。ビルの谷間を、淡い光の玉がいくつも漂っている。通りを歩くのは、人間ではない。
長い耳を持つエルフ。ずんぐりとした体躯のドワーフ……彼らは、ごく自然にまるで昔からそこに住んでいたかのように、行き交っていた。
『……地下都市へ、ようこそ』
アストラの声が、静かに響いた。




