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第77話:魔王、魂たちを見送る

 森をしばらく進んだところで、アストラがふと思い出したように振り返った。


『ああ、そうでした』


 その声は、あくまで穏やかだった。


『事前に連絡をいただいていた件ですが、“瀬名 明希”様の魂……』


 その名前が出た瞬間。


「……っ」


 蒼真の呼吸が、止まる。


『確かに、こちらで保護しております』


 一瞬の、静寂。


「ほ、本当ですか!?」


 蒼真の声が、思わず大きくなった。

 自分でも驚いたのか、すぐに口元を押さえる。


「あ……す、すみません……」


 だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。


「本当に……明希は、ここに……?」


 震える声で、問いかける。

 アストラは、落ち着いたまま頷いた。


『はい、魂の状態も安定していますので、元の体に帰れます』

「帰れるんですね……」


 その言葉を、何度も噛みしめるように呟く蒼真。

 膝が、少しだけ震えた。


 天音が、そっと隣に立つ。


「……よかったですね」

「……はい」


 蒼真は、深く息を吸って、吐いた。


「本当に……ありがとうございます」


 アストラは、首を横に振る。


『感謝されることではありません。我々は、役目を果たしているだけです』


 その言葉に、ベルフェが小さく反応した。


「……役目、か」


 呟くように言ってから、森の奥を見る。

 淡い光が、ゆっくりと漂っている。


 そのひとつひとつが、誰かの“生”の途中なのだと思うと、この場所が、ただの保管庫ではないことが分かる。


『では、引き続き瀬名 明希様の元へ、ご案内します』


 アストラが、歩き出す。

 蒼真は、一瞬だけ立ち尽くしてから、強く頷いた。


「……はい」


 その一歩は、これまでで一番、重くて、そして確かなものだった。


 次の瞬間——


 ゴゥッ、と低い音が、空の奥から響いてきた。


「……なに、今の……?」


 風ではない。

 雷でもない。


 もっと重く、規則正しい音が、空の奥から迫ってきた。


 澄み渡った青い空に、一本の線路が浮かび上がる。

 光の軌道が、静かに伸びていく。


 その上を——”列車”が、走っていた。


 音は確かにあるのに、金属が擦れる嫌な響きはない。


 ただ、一定の速度で、淡い光を引きながら進んでいく。

 窓の奥では、やわらかな光が、いくつも揺れていた。


 壮大な景色に天音とアラームたちは思わず言葉を失った。


「……空に列車……!?」

「……まさかあれは魂を運んでるのか?」


 蒼真が呆然とする中、ベルフェがぽつりと呟く。

 その声には、驚きと、わずかな戸惑いが混じっていた。


『あれはドワーフ製の魂搬送列車です。癒えた魂を、輪廻へと運んでいるのです』


『……魂の大動脈じゃな』


 アラームが、どこか感慨深そうに言う。


 列車は、減速することもなく、一定の速度で空を横切っていく。

 まるで、行くべき場所が、最初から決まっているかのように。


 列車は、やがて空の奥へと消えていった。

 空は、何事もなかったかのように静かだった。


「あれ……?」


 天音が、不意に反対側へ空を見上げる。


「今度は……なにか、違うものが飛んでます」


 つられるように、皆が視線を向けた。

 青空の一角を、ゆっくりと横切っていく影。


 列車ほど大きくはない。

 音も、あの轟音とは比べものにならないほど控えめだ。


 近づくにつれて、それが小さな飛行船だと分かった。


 翼がついている。

 船体は丸みを帯び、淡い光を放っている。


 しかも——


「……一隻じゃない?」


 蒼真が、目を凝らす。


 二隻、三隻。

 さらに少し離れた場所にも、同じ形の影が見える。


 四、五隻ほどの飛行船が、それぞれ違う高度で、違う方向へと進んでいた。

 アストラが、静かに答える。


『現世へ戻る魂を送るための、帰還船です』

「現世へ戻る魂……」


『はい』

 

 アストラは頷く。


『輪廻へ向かう魂とは別に、元の器へ帰ることを選んだ魂を送り届けます』


 天音は、その言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「……列車じゃないんですね」

『はい』

 

 アストラは、空を見上げたまま続ける。


『戻る魂は、急かす必要がありません。だから、あの形です』


 飛行船は、列車のように一直線ではない。

 風を読むように、ゆっくりと、確かに前へ進んでいる。


『ドワーフが造り、精霊が操縦します』

「……なるほど」


 蒼真は、無意識に呟いた。


「戻る人のための、船……」


 アラームが、ぽつりと口を開く。


『行きは列車、帰りは船……悪くない分け方じゃな』


 ベルフェは、クッションを抱えたまま、空を見上げていた。


「……戻れる世界が、ちゃんと用意されてる。それだけで、随分違う」


 飛行船のひとつが、雲の縁をかすめるようにして、ゆっくりと遠ざかっていく。


 天音は、思わず呟いた。


「……蒼真さんの妹さんもあの飛行船で帰れるんですね」


 蒼真は、空を見つめたまま、静かに頷いた。


「……はい……ちゃんと、帰れる」


 その言葉は、確信に近いものだった。

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