第6話:魔王、報告される
——魔王が東京に現れてから、一週間が経った。
日本政府・教国アルメシア・国防軍。
そして国連特異事象管理部までを巻き込んだ合同会議が、厳重な警備のもとで開かれていた。
議場には、各国の代表、聖職者、軍司令官たち。
机の上には分厚い報告書と、モニターに映し出された一枚の映像。
——ソファで寝転がり、テレビを見ている魔王の姿だった。
◇
「……改めて確認するが、魔王は今どうなっている?」
議長席の老政治家が問う。
政府代表が資料をめくりながら答える。
「はい。えっと……特に問題はありません。現在は、提供したマンションのリビングで常にテレビを視聴しております」
「視聴?」
「はい。“この箱はよく喋る”と申しておりまして。ニュースやバラエティを中心に……」
「……バラエティ?」
軍将官が眉をひそめる。
「特に“芸人”という職に興味を示されており、『戦わずに人を笑わせる職能か。上級職だな』と」
議場が静まり返る。誰も理解が追いつかなかった。
◇
「食事の件は?」
「はい。料理長と良好な関係を築いております。最初は“燃料か?”と尋ねられたそうですが、味を理解してからは“うまい”と。以降、“出汁研究”を始めたとかで……」
「……出汁研究……?」
「はい。日本料理の基本ですね」
「神の敵が……出汁の研究を……?」
「現状は味方の可能性もございます」
教国側の司祭が、額の汗を拭った。
◇
「要望は何かあるか?」
「はい。“クッション”に感動されたようで。『これが現代の癒やしか』と。同じものを十個ほど追加で希望されました」
「……十個?」
「はい。現在、部屋の半分がクッションで埋まっております」
教国の神官がため息をつく。
「……怠惰の魔王。実に“らしい”」
だが、あまりにも穏やかすぎる報告に、かえって全員の不安が膨らんでいった。
◇
そのとき、ひとりの考古学顧問が静かに手を挙げた。
「……一点、確認を。報告書によると、あの“魔王”が現れた遺跡は、千年前の戦争終結の地、いわゆる“英雄の墓”とされていますね?」
「ああ。教国記録と照合した結果、そこに安置されていた遺体は、“神に選ばれし五英雄”のひとり——“大英雄グレイソン”のものと判明しています」
ざわめきが広がる。
「グレイソン……?」
「古文書では“グレイソン”と発音されていたようですが、文字資料が損傷しており、正式な綴りや漢字表記は不明。そして、彼は“鍛冶の大英雄”とも呼ばれ、剣を振るうだけでなく最強の武具を創り出し、戦争を終結に導きました」
「待て……つまり、その英雄の遺体から“魔王”が蘇生したということか?」
「記録上はそうなります」
議場が一気にざわつく。
「ふざけるな!大英雄が魔王になるなど——!」
「しかし事実、遺跡の紋章と魔力波形は一致しています!」
「神の加護を受けた者が、“罪”の名を冠するなど……!我々の信仰が根底から覆るではないか!」
「だが、神がそう命じた可能性もある」
その言葉に、教国代表が血の気を失った。
「……神が……?まさか……!」
「聖女白崎天音の証言でも、“神に頼まれた”と本人が述べたとあります」
「なっ——!?」
空気が一瞬、凍りついた。
神の名を出すこと自体が、この世界では“禁句”に近い。
「……もしそれが真実ならば、神の御意志そのものが揺らいだということになる。あまりにも前例がない」
「神が英雄を再び使徒として蘇らせ——だが“魔王”として?なぜ……?」
「本当に本人なのか、それとも……模造された存在なのか……」
疑心と混乱。
誰もが声を潜め、誰も信じきれない。
「——結論として、現時点では“大英雄グレイソン”本人である可能性を否定できない。ただし、証明もできない」
議長の言葉に、場の全員が黙り込む。
それはつまり、“世界最大の矛盾”を前にした沈黙だった。
◇
「……最新映像が入りました!」
オペレーターの声が空気を破る。
スクリーンに映ったのは——
リビングのソファで寝転がり、テレビを見ながらポテトチップをつまむ魔王の姿。
角はそのまま、尻尾がだらんと垂れ、膝の上には“新しいクッション”がひとつ。
「……この“映画”ってやつ、案外面白いな」
「はい、この作品は面白くて私も好きです」と監視ハンターの声。
「……箒に乗って飛ぶのか。面白い文化だな」
議場に再び、沈黙。
「……どう見ても、平和的だな」
「いや、油断はできん。あれがグレイソンだとしたら、我々の理解を超えている」
「まさか英雄が、怠惰の魔王とは……」
「だが、彼が本当に神に仕えているなら——」
「……神の真意を問うべきかもしれんな」
議長は額を押さえ、深く息を吐いた。
「……結論として、現状は“経過観察”とする。ただし、グレイソン――いや、“魔王”の動向は最優先で追え」
画面の中では、ベルフェが軽く伸びをしていた。
「……今日も平和だな」
その一言に、議場の全員が一斉に頭を抱えた。
……世界は今、“最も穏やかな魔王”を、全力で警戒している。




