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第60話:魔王、修復しまくる

 ——数分前。

 天音は、覚悟を決めて扉の前に立っていた。


 鍵は、当然ながら内側から開かない。

 聖女を“守る”ための、頑丈な造りだったが……


「……待ってるだけ、って性に合わないよね」


 うんうんと頷きながら一度。深呼吸して、扉のドアノブに手をかける。


「えいっ!!!!」


 バキィンッッ!!


 鈍い音とともに、鍵ごと扉が歪み、壁に叩きつけられた。


「……あ」


 天音は、壊れた扉を見下ろしながら焦る。


「……やば、力加減間違えた!ってあれ?見張りさんがいない?」


 不思議に思いつつも、迷わず前へ向いて音がする方へ向かって走り出した。


 ◇


 そして走って辿り着いた先で、天音は思わず足を止めた。


「……え?」


 視界に広がっていたのは、記憶していた大聖堂の姿ではなかった。


 白く整えられていた壁は大きく崩れ、柱は途中で折れ、床には無数の亀裂が走っている。

 天井の一部は吹き飛び、外の光が差し込んでいた。


 ——半壊、という表現が一番近い。


「……なに、これ……」


 呆然と呟いた、その瞬間。

 前方で、黒い炎がうねった。


「……っ!?」


 反射的に身構えた天音の視界に映ったのは、人の形をしていながら——明らかに“人ではない”何か。


 身体の輪郭をなぞるように、黒焔が燃え盛っている。

 顔は闇に覆われ、眼と歯だけが不気味に光っていた。


「……え、なに……顔、燃えて……」


 言葉が、震えた。

 理解が追いつく前に、左右から小さな気配が寄ってくる。


『天音ちゃん大丈夫だったのじゃ!?怪我はないかの!』

『無事でしたか』


 アラームとアドモンだった。

 その声を聞いた途端、胸の奥がじん、と熱くなった。


「……ご心配おかけしました」


 無事だと伝えようとして、声が少し掠れる。

 アラームは一瞬きょとんとしてから、すぐに笑った。


『何を言っとる。心配するに決まっておるじゃろ』


 そのやり取りに、アドモンが小さく頷く。


『状況的に、無事である方が奇跡です』


 天音は、深く息を吐いてから、改めて周囲を見渡した。


「……今、どういう状況なんですか?」


 視線の先にあるのは、黒焔を纏った人物……大司教オルフェンが、狂気じみた笑みを浮かべながら魔力を噴き上げている。


 そして、その手前。崩れた壁や砕けた柱に、淡い光が走っていた。


「……え?」


 破壊されたはずの石材が、急速に元の形へ戻っていく。

 暴走するオルフェンの黒焔を避けながら、崩れた床と壁を次々と元の形へ戻しているのはベルフェだった。


「……魔王様?」


 アラームが、短く説明する。


『黒焔を纏っておるのが、あの大司教オルフェンじゃ』


 アドモンが補足していく。


『そしてベルフェ様はオルフェン様が破壊したものを修復しています』

「……なんで修復しているのですか?」


 思わず、聞き返した。

 天音のその疑問に答えたのは、アラームとアドモンではなかった。


「……それはですね」


 穏やかな声が、少し後ろから響く。

 天音が振り返ると、そこに立っていたのは——


「お祖父様!?」


 思わず、素の声が出た。


 白と金の聖騎士の鎧を纏った、元教皇エルグラン。

 背筋は真っ直ぐで、立っているその姿は確かに生きていた。


「倒れたって聞いてたんですよ!?もう、ずっと……!」


 天音は駆け寄り、思わずその腕を掴んだ。

 年相応の隠しきれない不安と安堵が、そのまま表に出ていた。


「……うう、よかったです……」

「心配をかけたね、天音」


 エルグランは困ったように笑い、そっと頭に手を置いた。

 その仕草は、教皇としてではなく——祖父としてのものだった。


 少し離れた場所で、その様子を見ていたアラームとアドモンが、ひそひそと声を交わす。


『……のう、天音ちゃんは、エルグランが一度死んでいたことは知らないのじゃ?』

『察するに、そうでしょうね。今は……伝えない方が良さそうです』


 元魔王とは思えないほど、二人は静かに気遣っていた。

 天音は、はっと我に返る。


「……あ、いえ、それより!」


 ぐっと表情を引き締め、話を戻した。


「お祖父様の力を取り戻すって……どういう意味なんですか?」


 エルグランは一度、崩れた大聖堂の内側を見渡してから静かに口を開く。


「ここは、神に最も近い場所です。歴史も信仰も……長い年月をかけて、積み重ねられてきました」

「……はい」


「教皇の力とは、個人の魔力ではありません。国そのものが持つ“信仰の土台”に支えられたものです」


 視線が、修復されつつある壁や柱へと向けられる。


「ベルフェ様は、それを壊すより——取り戻す方が早い、と判断されたのです」


 天音は、息を呑んだ。

 つまり、破壊された信仰の象徴を修復し、教皇としての基盤を回復させる。

 あとは国の問題として、人の手で解決しろということだろうか。


「……魔王様の権能って、そこまでできるんですか?」


 思わず、率直な疑問が口から零れた。

 その瞬間。


『ふふん!驚くが良いのじゃ!』


 アラームが、どや顔で胸を張る。


『なんと先ほど!ベルフェの“隠し条件”がひとつ、解放されておったのじゃ!』

「ええええ!?いつのまに!?」


 天音は、目を見開いたまま声を上げる。

 アドモンが、淡々と補足した。


『ベルフェ様の権能——“無為鍛成”は、元々「再生の理」を基盤とした能力です。つまり、単に物を直すのではありません』


 一拍。


『……理そのものを、正しい形へ戻すことができるということです』


 天音は、言葉を失った。エルグランも頷いていた。


「……まさに世界の書き換えに相応しい力ですね」


 その中心で、ベルフェは相変わらず面倒そうに修復を続けている。

 

 黒焔と修復の光が交錯する中で。

 まるでそれが特別なことだとは、欠片も思っていないかのように。

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