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第56話:魔王、教皇と準備入る

 地下へと続く回廊は、想像していたよりも広かった。


 白い石で組まれた空間は、地上の大聖堂と同じ意匠を保ちながらも、どこか性質が異なる。

 祈りのためではなく——保管のための場所。


 エルグランに導かれ、広間へと足を踏み入れた瞬間、視界の奥にそれが見えた。


 棺桶だった。立派な装飾が施され、明らかに“教皇のためのもの”と分かる造りをしている。


 だが。中身は空だった。

 

『この棺桶はなんじゃ?それに妙な壺があるのう……』


 棺桶の下にいくつかの壺が並んであった。どれも蓋が施され、儀式用の紋様が刻まれている。


 気になったのか、アラームはぴょんと飛び降り、壺の前へ近づいてなんとなく嗅いでみる。


 次の瞬間。


『——ッ!?ち、血の匂いがするのじゃ!?』


 びくりと思わず跳ねて後ずさるアラームに、エルグランが申し訳なさそうに言った。


「ああ……壺の中にはそれぞれ、私の“内臓”が入っていました」


『ぎゃーーーーーーー!?!?』


 地下に、悲鳴が響いた。


『な、なんてことを平然と言うのじゃあああ!!』


 飛び退いたアラームを、ベルフェは一瞥する。


「……お前、魔王だよな?」

『こ、これは別問題なのじゃ!!』

『確かに、驚く反応としては妥当ですね』


 アドモンが、どこか楽しそうに補足する。


『臓器を分割保管する文化は、現世基準ではホラー寄りです』

『いじるなあああ!!』


 騒ぐアラームをよそに、ベルフェは一つ、気になっていたことを口にした。


「……さっき言ってたな。大聖堂を離れた瞬間、死ぬって」


 棺桶の方へ視線を向け、静かに続けた。


「……ここも、大聖堂の範囲か?」

『はっ!!』


 アラームが、ぴたりと動きを止める。


『そうじゃ!お主、アドモン曰く“死んだ”んじゃなかったかの!?』


 確かに、聞いていた。

 教皇エルグランは亡くなった、と。


 だが目の前には、こうして立っている。

 エルグランは、少し考えるように間を置いてから、穏やかに答えた。


「ええ。私は“死んだ”からあそこから離れることができたのです」


 あまりにも、あっさりと。


「……は?」


 ベルフェが、短く声を漏らす。


「この世界では、現世ほど“死”が明確な区切りではありません」


 エルグランは、棺桶へと手を添えた。


「肉体が停止し、魂が理から切り離される。それが一つの“死”であるのは確かですが……」


 視線を上げる。


「役割が残り、使命が残っている場合。神は、再び動くことを許されます」


『……蘇生、ということかの』


「はい」


 静かに、肯定した。


「偶然ですが……内臓が別保管されていたので腐らずに済みました」


『……まるで、エジプト神話のようですね』


 アドモンが感想を漏らす。


「ええ」


 エルグランは、小さく微笑んだ。


『……ただこれは、祝福ではありません。命を与え直されたのではなく——猶予を与えられたのですね』


「ええ。再び動けるようになった代わりに、使命を果たすまで、終わることも許されない」


 その言葉に、ベルフェの眉がわずかに動いた。


(……俺のときと似てるな)


 胸の奥で、引っかかる感覚。


 そのときだった。


 ——ピロン。


 ベルフェの視界の端に、淡い光が走る。


【隠し条件達成しました】

【条件:再生の理を再確認すること】

【第一権能:《無為鍛成》が更新されます】


「……は?」


 ベルフェが、思わず声を出した。


『な、なんじゃ今の!?』

『このタイミングでシステム通知……?』


 アドモンが目を見開く。


「……再確認、だと?」


 エルグランが、不思議そうにこちらを見る。


「何か、ありましたか?」


「……いや」


 ベルフェは、短く答えた。


(“増えた”んじゃねえ……強化されたのか)


 理解した瞬間に、更新される。

 条件は力ではなく――理解。


(……理解した“だけ”で、これかよ)


 それ以上、考える前に。


「……天音の居場所は?」


 ベルフェが、核心を突く。

 エルグランは、わずかに目を伏せた。


「申し訳ありません。私にも、分かりません」


『……』


「私が蘇生したのは……あなた方がここへ来る、直前でした」


 だから、動けなかった。

 ベルフェは、ふうと息を吐き、懐から一つの小さな影を取り出した。


 白く、もふもふした——モフ式神。


「……意図的に連れてきた」


『ほう?』


 アラームが、興味深そうに身を乗り出す。


『いつもは、知らんうちに連れてきておったもんな』


「前に言っただろ」


 ベルフェは淡々と続ける。


「強欲の魔王のとき、モフ3号は燃費が悪すぎた」


『確か、玄聖に相談しておったのじゃな』


「当分は改善無理だってな」


 だから、と。


「今回はモフ1号をいじってもらった」


『い、いじった!?』


 アラームの目が輝く。


『何ができるようになったんじゃ!?』

 

「前は、魔力がある場所に反応するだけだったが……」


 モフ1号を軽く掲げる。


「今は、“指定した魔力”に反応する。天音の魔力は、もう登録済みだ」


『……どうやってですか?』


「……聞くな」


『すごいのじゃ!!』


 アラームが、素直に感動する。

 アドモンも、興味深そうに頷いた。


『合理的ですね。探索精度が段違いです』


 一方で。エルグランは、モフ1号をじっと見つめていた。


「……モフ式神、ですか」


 驚きと困惑が入り混じった声だった。


「これは……すごいですね」

「何がだ?」


「構造です」


 エルグランは言葉を選ぶように続ける。


「魔力の循環、反応の仕方、理への接続——まるで“魔王”そのものと、同じ仕組みです」


『……おや』


 アドモンが、楽しそうに声を上げた。


『あなたも、そう思われましたか』


「ええ」


 エルグランは、ゆっくりと頷く。


「これは……式神というより、“小型の理保持体”に近い」


 その言葉に、ベルフェは何も答えなかった。


 地下の広間で。死を越えた教皇と、理を携えた魔王たちは——ようやく、天音を迎えに行く準備を整え始めていた。

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