表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/67

第55話:魔王、聖騎士に案内される

 教国の門が見えた瞬間、空気が変わった。


 石造りの城壁は高く、白に近い灰色。

 装飾は過剰ではないが、無駄もない。

 年月を重ねたはずなのに、どこか清潔で、整いすぎている。


『……いかにも、って感じじゃな』


 アラームが小さく呟いた。

 門の向こうに広がるのは、いわゆる“聖国”の景色だった。


 石畳の街路。規則正しく並ぶ建物。

 遠くには、天を突くような尖塔……大聖堂の影が見える。


 街の中央へ行くほど、建築は高く、白くなっていく。

 祈りの場が、街の心臓部にあることを隠そうともしない造りだった。


 光もまた、特徴的だった。陽光は柔らかく、影は淡い。どこか均一で、時間の流れすら整えられているように感じる。


「……静かすぎるな」


 ベルフェが、ぼそりと漏らす。


 市場はある。人の行き来もある。

 子どもの声も、確かに聞こえる。


 だが——ざわめきが、ない。


 街全体が、祈りの延長線上にあるかのようだった。


 信仰が日常に溶け込み、日常が信仰に縛られている。それが、この国の在り方なのだと、一目で分かる。


「教国アルメシア……か」


 門の前に立つと、警備に立っていた門番が、視線をこちらに向ける。

 一拍遅れて、足音が石畳に響いた。


 そのまま、一直線に近づいてくる。


「来訪の目的を——」

「迎えだ」


 先ほどと同じやりとりを繰り返していた。


「……どなたを?」

「聖女」


 門番が言葉に詰まった、そのとき。


「失礼します」


 門の内側から、ひとりの人物が現れた。


 白と金を基調とした鎧の装束に剣を携えた、教国の聖騎士だった。


「こちらの方は、怠惰の魔王ベルフェ様です。大司教様が招待された客人でいらっしゃいます」


「……え?魔王……?」


 門番が思わず声を漏らす。


(招待?された覚えはねえが……正体は知ってるってわけか)


 ベルフェは内心でそう思いながらも、顔には出さない。


「そうだったか」


 面倒くさそうに頷く。


 嘘は言っていないし、否定もしていない。

 ——ただ、話を合わせただけ。


 腕の中で、二体のぬいぐるみが微動する。


『……招待されたのは初耳なんじゃが』

『私も把握していません。怪しいですね』


「静かにしろ」


 ベルフェが小声で返す。


 すると、門番に説明をし終えた聖騎士がこちらにきて深く一礼した。


「ベルフェ様。お待たせしました。ここから私がご案内いたします」


 拒む理由はなかったので、ベルフェは黙って歩き出す。


 ◇


 しかし通されたのは、地上の大聖堂ではなかった。

 階段。それも、下へ、下へと続くもの。


『……のう』


 ぬいぐるみのまま、アラームが身じろぎする。


『やはり、これは罠なんじゃ……?』

『同感です。通常、客人を地下に通す理由はありません』


「だろうな」


 ベルフェは淡々と返す。


 前に歩いている聖騎士は振り返らない。

 ただ静かに、歩き続けた。


 やがて、人の気配が完全に消えた場所で足が止まる。


「……ここなら、大丈夫でしょう」


 そう言って、聖騎士は兜を外した。


「誰にも見られることはありません。何も言わずについてきてくださって、ありがとうございます」


 低く、落ち着いた声。

 そして、男は静かに名乗った。


「私は……かつて教皇を務めていたエルグランと申します」


『な、ななな、何を言っとるのじゃあああ!?』


 ぬいぐるみの振りしていることを忘れたのかアラームの悲鳴が、地下に響く。

 元教皇エルグランは、申し訳なさそうに微笑む。


「驚かせてしまって、すみません。ですが……時間がありません」


 その視線が、ベルフェの腕の中——ぬいぐるみに向けられた。


「……魔王様。どうか、力を貸していただけませんか」


 静かな声で、視線を落とす。


「……その姿のままで構いませんよ」


 淡々と、だが確信をもって言う。


「強欲の魔王、マモン様。そして、嫉妬の魔王——レヴィアタン様」


『———』

『……妾ら、まだ何も名乗っておらぬのじゃが?』


「存在律で分かります」


 エルグランは即答した。


「この国で、その重さを誤魔化せる方は、そう多くありません」

「なるほどな」


 ベルフェは肩をすくめる。


「だが……教皇にしては随分、若いな?」


 目の前の男は、どう見ても三十代から四十代前半。

 ——祖父と呼ぶには、あまりにも若すぎる。


『もう我慢ならんのじゃ』


 アラームが、ぬいぐるみの姿を解いた。

 しゅるる、と音を立てて蛇身が伸び、エルグランの足元へ近づく。


『……くんくん』

「おい」


 アラームは教皇の周囲を回り、何度か匂いを嗅ぐ。


『……たしかに』


 ぴたりと止まった。


『天音ちゃんと、似たような匂いがするのじゃ』


 獣の直感だった。

 エルグランは、少しだけ目を細める。


「……やっぱり、魔王の方には誤魔化せませんか」

「説明しろ」


 ベルフェが短く言う。

 エルグランは、静かに頷いた。


「私は、純血のダンジョン出身です。この国が、まだ“国家”と呼ばれる前から、ここにいました」

『純血……』


 アドモンが小さく反応する。


「故にあまり老いません。正確には……老いる概念が、希薄なのです」


 だから、この姿のまま。


「教皇の位を継ぎ、神託も——今も、聞こえています」


 そこで、わずかに声が沈んだ。


「……ただし」

「外に出られねえ、か」


 ベルフェが先に言うとエルグランは苦笑した。


「その通りです。あの大聖堂を離れた瞬間、私は死んでしまうのです」

『……』


「だからこそ、上層部に好き放題されてきました」


 静かな、皮肉。


「神に最も近い場所にいながら、人間の都合で何もできなかったのです」

「だから俺のところに来たってか?」

 

 エルグランは真っ直ぐにベルフェを見た。


「はい、あなた方を待っていました」


 地下の静寂の中で。


「……天音を、この国から守るために」


 教皇は、深く頭を下げた。

 神の国の地下で、魔王と、神に仕える者の会話が、静かに始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ