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第53話:魔王、教国へ向かう

 天音が教国アルメシアへ帰ってから、一週間ほどが経った。


 ベルフェとアラームはというと、「デリバリー」という文明の利器をすっかり使いこなしていた。

 ピザに弁当。スマホひとつで家まで食事が届くと知ったベルフェは、特に疑問も持たず、電話やアプリからの注文を覚えてしまった。


 怠惰を極める者にとって、これほど相性のいい仕組みはない。


 ——ただ。


 その一週間、天音からの連絡は一度もなかった。


 ベルフェはソファに沈んだまま、届いたピザの箱を開ける。


「……遅いな」

『一週間じゃぞ。さすがに音沙汰なさすぎるのじゃ』


 アラームもピザをもぐもぐ食べながら言う。それが心配からなのか、単に世話役がいない不便さからなのかは、本人にも分からない。


 そのとき、窓の外から声がした。


『そんなあなたたちに、少し悪いお知らせがありますよ』


 振り向くと、そこにはカラス姿のマモンがいた。


 ちなみに強欲の魔王マモンは先代の名前だろ、という理由で、ベルフェからはアドミン(管理者)とマモンを合わせて“アドモン”と呼ばれている。


 これにアラームが『妾は役割名なのにマモンは可愛いのずるいのじゃ!』とごねていたのは、また別の話である。


「悪いお知らせって……天音のことか?」

『ご名答です。どうします?お代を多めに頂けるなら、少しサービスしてもいいですよ』


「……キャッシュレス決済でいいか?」

 

 ベルフェはそう言って、ソファの肘掛けに頬杖をついたまま、指先でスマホを操作した。

 なぜ魔王名義の口座が存在しているのかという疑問は、今さら誰も口にしなかった。

 

『本当は現金決済の方が好みですが……ポイントも貯まりますし、問題ありませんよ』


「助かる」

『助かるのは私の方ですが』


 窓枠に止まったカラス——マモン改めアドモンが、やけに上機嫌な声でそう言った。


「で。サービスってのは?」

『天音さんの状況説明です』


 アドモンは翼を軽く広げ、淡々と告げる。


『彼女は現在、教国上層部の主導によって拘束されています。“偽聖女”の嫌疑です』


『なっ……!?』


 アラームがピザを落としかけて叫んだ。


『あやつが偽者なわけなかろう!?』

「……そうだな」


 ベルフェも同意するように一言だけ返す。


『教国では、“神託が曖昧であること”は致命的です。彼女は以前から、正式な聖女として疑問視されていました』


「つまり、都合が悪かったってことか」


『ええ。ちょうど良い口実が整った、というところでしょう』


 その一週間、天音から連絡がなかった理由が、ようやく形を持って突きつけられる。


『祖父が倒れたから戻ったんじゃなかったかの』


 アラームの言葉に、アドモンは一瞬だけ沈黙した。


『……祖父。教皇様ですね』


 そして、静かに告げる。


『教皇様は亡くなったようです』


『———!!』


 アラームが言葉を失い、ベルフェも僅かに目を細めた。

 

『病死とされています。ただ……』

「ただ?」


『その前後で、教国の上層部が急速に動いています。天音さんの拘束も、その流れの中にあります』


 偶然ではない。

 誰かが、意図的に天音を落とそうとしている。


『上に立つ奴の悪意ってのは、ほんとろくでもねえな』


 ベルフェはそう呟きながら、ようやくソファから立ち上がった。


 怠惰の魔王が腰を上げる。

 それだけで、空気がわずかに重くなる。


「で。その教国はどこだ」

『案内できます』


「なら、連れてけ」


 即答だった。


『……よろしいのですか?』


「面倒事なのは分かってる」


 ベルフェは欠伸をひとつ噛み殺し、続ける。


「でも、世話になったガキが牢に入れられてるって聞いて、寝てられるほど怠惰じゃねえ」


『……魔王とは思えん台詞じゃの』


「うるせえ」


 アラームも立ち上がり、ベルフェの隣に並ぶ。


『妾も行くのじゃ。あやつは妾の友じゃからな』

『では、目的地を説明します』


 アドモンは一拍置いてから、淡々と言った。


『教国アルメシアは——現世にあるものではありません』

「?」


『ダンジョンです』


『……は?』


 アラームが間の抜けた声を出す。


『ダンジョン……?国が、か?』

『正確には、“数百年前に現れた遺物型の巨大ダンジョンを国家として運用している”という形ですね』


 アドモンの説明は容赦なく続く。


『内部に都市機能を持ち、神殿と政庁を併設し、外部世界から正式に国家として承認されています』


『……』


 ベルフェはしばし黙り込み、やがて小さく笑った。


「なるほど」


 面倒くさそうに、しかしどこか納得したように。


「道理で、嫌な予感がするわけだ」


『どういう意味じゃ?』


「ダンジョン国家なんてのはな」


 ベルフェは窓の外——教国の方角を見やりながら言った。


「大体、神の距離感がおかしい」


 アドモンは何も言わなかった。

 それ自体が、肯定だった。


「案内しろ」

『承知しました。準備が整い次第——』


「今すぐだ」


 ベルフェはそう言って、二つのクッションを持ち上げる。


「天音は待たせすぎだ」


 その言葉を合図に、怠惰の魔王と、元魔王2体は教国へ向かうことになった。


 ——教国編の始まりであった。

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