第52話:魔王、次の火種を受け取る
その異変は、いつも通り前触れもなく世界を襲った。
【黒門攻略完了】
突如として同一のシステム通知が、同時刻に表示されたのである。
問題は、その“黒門”を誰も認識していなかったことだった。
記録上、出現報告はない。
警戒態勢も敷かれていない。
避難勧告も出ていない。
それなのに攻略完了。
世界は、一瞬で混乱に包まれた。
「いつ出た!?」
「誰が入った!?」
「黒門だぞ!?なぜ無傷なんだ!?」
知らないうちに世界を滅ぼしかねない災厄が現れ、知らないうちに、誰かがそれを終わらせていた。
——冷静に考えれば、それはホラーでしかなかった。
◇
一方、その“誰か”は。
東京の一室で、完全に魂が抜けた状態になっていた。
転移門から戻って以降、ベルフェは一切動いていない。
大量のクッションを抱き枕に、床に転がったまま、呼吸以外の生命活動が見られなかった。
「……」
近づいても反応はない。
呼びかけても、まぶたすら動かない。
『……既視感が半端ないのじゃが』
アラームが、遠い目をする。
妖精国のときも、まったく同じ光景を見た。
『……生きてはおるよな?』
そう言いながらも、アラームはベルフェの横に座り、尾でゆっくりとポンポンする。
ベルフェは、かすかに「……だる……」とだけ呟いた。
「……よかった、生きてますね」
天音が、ほっと胸を撫で下ろす。
なお、本人曰く。
「魔力……使いすぎたな……」
それだけだった。あとで玄聖に燃費問題を解決できないか相談するらしい。
◇
世界のもう一つの“後始末”も進んでいた。
青門ダンジョン——水没都市ルナトリアは、消滅していなかった。
黒門の中核が失われても、都市そのものは安定して存在し続けている。ひとつの「世界」として、すでに成立していたからだ。
それは、かつて強欲の魔王マモンが、あまりにも丁寧に、几帳面に、管理してきた結果だった。
消えたのは、地下に存在していた“黒門としての入口”だけ。
そこだけが、まるで最初から存在しなかったかのように、綺麗に消えていた。
そして。
白いカラス——元・強欲の魔王マモンは、沖縄に残ることを選んだ。
理由は単純だった。
「こいつと一緒にいると、飽きねえしな!ここにいてくれよ!」
瑠波が望み、屈託なく笑ったからだ。
『……軽いですね』
「今さらだろ?」
ちなみに、瑠波が“うっかり”懐に入れていた宝石について。
あれは、もともと水没都市ルナトリアにあった宝の一部だった。つまり——持ち主は、ルナトリア。
だからマモンは、止めなかった。
『……返す場所も、もうありませんし』
そう言って、白いカラスは肩をすくめた。
魔王としての力は失われた。
だが、元魔王であり、元大天使でもある故に完全に無力というわけではない。
『世界中のカラスから、情報を集めるくらいなら可能ですよ』
「え、それ地味にすごくね?」
『……妾のほうが役に立つのじゃ!』
なぜかアラームが張り合っていたが……定期的な情報提供。
それは、ベルフェ陣営にとって、間違いなく大きな収穫だった。
◇
「……魔王様」
しょんぼりした様子で、天音が切り出した。
「申し訳ありません。急なのですが……しばらく、教国へ行かなければならなくなりました」
アラームが、ぴくりと尾を揺らす。
『なにかあったのじゃ?』
「……お祖父様が倒れてしまって」
教国では、次期教皇をどうするか、内部で揉め始めているという。
「少し……戻れなくなるかもしれません」
天音は、申し訳なさそうに視線を伏せた。
ベルフェは、クッションに顔を埋めたまま、短く言う。
「……行ってこい」
「……!」
「面倒ごとは、早いほうがいい」
それだけだった。天音は、深く頷いた。
こうして。
強欲の魔王編は、静かに幕を閉じる。
そして次に待つのは——教国を舞台にした、新たな火種。怠惰の魔王に、休息の時間は、まだ訪れそうになかった。




