第46話:魔王、強欲と相対する
強欲の魔王のティータイムが終わるまでの四十分間は、思いのほか長かった。
アラームと天音は、広間の端で並んで座り込み、ひたすらベルフェの様子を見守っていた。
……というより完全に寝ている魔王を、誰も起こせずにいた。
「……魔王様、本当に起きないですね……」
『いくらなんでも緊張感がなさすぎるのじゃ……』
ベルフェはモフ3号を枕代わりに、気持ちよさそうに寝息を立てている。
ここが黒門の最奥であるという事実が、完全に置き去りにされていた。
一方その頃。
「いや〜、良いもん見たわ……」
満足げな笑みを浮かべながら、瑠波が宝の山から戻ってきた。
肩の力が抜けきった様子で、明らかに収穫があった顔だ。
『……おぬし、ポケットが妙に膨らんでおらんか?』
「ん?気のせいじゃね?」
アラームの視線が、瑠波の腰元に突き刺さる。
そこには――明らかに宝石らしき硬い膨らみ。
『……命知らずにも程があるのじゃ……』
「だ、大丈夫だろ……?ちょっとだけだし……」
ドン引きするアラームと、能天気な瑠波。
その温度差を裂くように——
リリリリ……。
乾いた音が、広間に響いた。
強欲の魔王が懐中時計を開き、静かに頷く。
『……ティータイム終了の時間ですね。お待たせいたしました』
ゆらりと椅子から立ち上がる。
その瞬間、天音とアラーム、瑠波は反射的に身構えた。
「……っ!」
気づけば、そこにあったはずの円卓も、椅子も、ティーセットも——すべて消えていた。
「え……!?い、いま……」
『強欲の権能じゃ……完全に収納されたのじゃな』
『約束通り、ベルフェ様も起こして差し上げないとですね』
強欲の魔王が、ぱちん、と指を鳴らした。
次の瞬間。
ベルフェの頭上に、どこからともなくフライパンとおたまが出現する。
しかも、魔法のように空中に浮いたまま——
カン! カン! カン!
「……うるせぇ……」
半目のまま、ベルフェが文句を言った。
「えっ!?魔法みたいに出して、動かしてますよ!?」
『完全に魔法じゃな……権能の使い方が上手すぎるのじゃ』
ベルフェはのっそりと上半身を起こし、面倒そうに目をこすった。
「……時間か?」
『はい。お目覚めの時間です』
強欲の魔王は、きっちりとした所作で一礼する。
左手を腹部に添え、右手を背に回した、まるで執事のような礼だった。
『改めまして。私は強欲の魔王——マモンと申します。以後、お見知りおきを』
その名を聞き、空気がわずかに張り詰める。
「……目的はなんだ」
ベルフェが短く問う。
マモンは一瞬だけ沈黙した。
次の瞬間、頭部の羽をぱたぱたと揺らしながら、両腕を大きく広げた。
それは、どこか祈りに似た……恍惚の仕草。
『私の目的は、この世界を一度——リセットさせることです』
魔王らしい言葉。
あまりにも、魔王らしい宣言だった。
その瞬間。
ベルフェの周囲から、魔力の流れが“引き剥がされる”感覚。
価値あるものだけを吸い寄せる、見えない引力場。
『第二権能——遠隔簒奪』
マモンの足元を中心に、見えない“引力”が広がった。
空気が歪み、価値あるものだけが引き寄せられる感覚。
天音と瑠波は思わず一歩引き、アラームが歯を食いしばる。
ふわり、と。
ベルフェの頭の下にあったクッションが、すっと宙へ浮いた。
「……あ?」
次の瞬間、それはマモンの腕の中へ。
「……俺のクッション!」
珍しく、はっきりと焦った声だった。
『おや』
マモンは腕に抱えたモフ3号を見下ろし、少しだけ首を傾げる。
『重力操作の機能がついていますね。さわり心地もなかなか素晴らしいです』
白い羽根に覆われた異形の頭が、もふ、とクッションを撫でる。
羽毛と羽毛が触れ合う、完全に意味の分からない光景だった。
「……返せ、それは寝る用だ」
「魔王様、そこですか!?」
『価値があると判断しましたので』
淡々と言い切るマモンに、アラームが震える。
『……権能の発動条件を、瞬時に見極めおった……!?』
ベルフェは舌打ちし、片手を床に叩きつけた。
「……なら、これでどうだ」
次の瞬間。
ゴゴッ、と音を立てて、マモンの真下の床が盛り上がる。
地面そのものが変質し、鋭い槍が次々と形成されていった。
「——無為鍛成」
瑠波が息を呑む。
だが。
槍が突き出る、その直前——スゥッと。
すべて、消えた。
「……は?」
槍は折れたわけでも、砕けたわけでもない。
存在そのものが、綺麗に“抜き取られた”。
『第三権能——王冠の倉』
マモンは静かに告げる。
『私が所有すると決めたものは、すべて保管されます。たとえ、それが今生まれたばかりの武装であっても』
ベルフェが眉をひそめる。
「……厄介だな」
『権能の扱いが……あまりにも洗練されすぎておる……!』
アラームが歯噛みする。
『同じ魔王として、正直……妬ましいのじゃ……!』
天音は呆然と立ち尽くし、瑠波は小さく笑った。
「いや……これ、派手にやり合ってるはずなのに……」
「どっちも、なんかズレてません?」
クッションを抱えたまま、優雅に佇む強欲の魔王。
それを睨みながら、本気で取り返そうとしている怠惰の魔王。
黒門最奥で。
価値と怠惰が、奇妙な形でぶつかり合っていた。




