第44話:魔王、沈んだ迷宮を歩く
青門の向こう側。
静謐な水底の光が満ちる神殿跡に、四人と一匹はそっと降り立った。
沈んだ都市の中心にある巨大な建造物——
まるで古代文明の祈祷殿のように、荘厳でありながら朽ち果てていた。
天音と瑠波、そしてアラームは周囲を見回して探索を始める。
一方でベルフェは最初から柱に腰掛け、眠気と戦う気配すらない。
「なにもないですね〜……」
神殿跡には、音がなかった。
波の気配すら届かない静けさが、逆に落ち着かない。
『妾は……嫌な感じしかしないのじゃがな……』
「気になるのは……ほら、あれだな」
瑠波が指さした先には、人間の体に鳥の頭を持った巨大な像が、柱の間に倒れ込んでいた。
全体に深いヒビが入り、今にも砕け散りそうな状態だ。
「……いまにも壊れそうじゃねぇか」
瑠波が近寄って確認していたそのとき、天音がそっと像の肩に触れた。
バキィッ!!
『ぎゃーーーーっ!?天音ちゃんやってしまったのう!?怪力スキルの暴走か!?』
「えっ!?天音ちゃんって怪力スキル持ってたのか!?」
「あわわわわ!?!?ごめんなさぁぁぁい!!そんなつもりじゃなかったんですよぉぉぉ!!」
天音は両手をわたわたさせながら、壊れた像の前で土下座する勢いで謝っている。
だが、その慌てぶりとは裏腹に——
静寂の神殿で不意に“光”が走った三つの月光が、空中から柱へ差し込む。
バシュンッ!! バシュンッ!! バシュンッ!!
レーザーのように柱々を順々に撫で——柱全体が淡く青く発光しはじめた。
光はそのまま床へと流れ落ち、まるで水脈のように一本道の“光の川”を描く。
それらが神殿中央へ向かって集まり、巨大な魔法陣のように交差した。
ゴゥン……ッ!
中央の石床が低く震え、沈み込むように開いた。
「ひっ……!」
『こ、これは……まさかのギミック発動なのじゃ!』
倒れた像が月光を遮っていたため、長らく起動しなかった仕掛け。
どう見てもそうとしか思えなかった。
『……結果オーライなのじゃ!』
「えぇぇぇぇ〜〜〜!?」
天音は泣きそうになりながら、崩れた像を見つめる。
瑠波は肩を叩いて「気にすんな」と笑った。
開かれた地面の先は螺旋階段になっている。
薄い青光がぼんやり揺れ、下の様子は見えない。
「……なんか懐かしいような気がする」
瑠波がぽつりと呟く。
来たことがあるはずはないのに、魂の奥をくすぐるような感覚がした。
「行ってみます?危なかったら戻れば良いですし」
「……いいのか?俺は、行きたい!」
『妾も気になるのじゃ』
天音とアラームも頷く。
ベルフェは……明らかに面倒そうな顔で立ち上がった。
「……はぁ……」
それでもついてきてくれるだけで十分心強い。
◇
階段を降りた先は、遥か昔に造られた巨大な迷宮だった。
天井は高く、左右に無数の分岐。
光源はないのに視界だけが淡く青く照らされる、不思議な空間。
「……迷うからな。念のため印つけとくぜ!」
瑠波が壁と床に×印をつけながら進んでいく。
冒険慣れした動きが頼もしすぎる。
最初の広間には宝箱が二つぽつんと置かれていた。
大きい箱と小さい箱。
「こういうとき、小さいほうが正解ですよね……?」
『そ、そうじゃろ……普通なら……』
天音が小さい方を開けた瞬間——
ヒュンッッ!!!
『ぎゃあああああああああああああ!?!?』
矢の雨が飛び出し、アラームが慌てて全力で回避する羽目になった。
天音は絶望したようにしゃがみ込み、「こ、怖い……!!」と小声で震えていた。
「……大きいほうが正解だったんだな」
と、瑠波がでかい箱を開けると、中には普通に“複数の宝石”が入っていた。
『なんていじわるな意図を感じるのじゃ……!罠の構造が……あまりにも性格悪いのじゃ!』
次の部屋では三本の橋がかかっていた。
細い橋・普通の橋・太い橋の三つ。
下は闇が広がる深淵。底が見えていなかった。
「落ちたら……死にますよ……ね……?」
『妾はもう嫌なのじゃ……!』
その横でベルフェは無言で中央の橋を渡る。
ガラガラガラガラ!!!!
「崩れてるぅぅぅぅ!?!?」
天音の悲鳴と同時にベルフェはそのまま落下した——が、
ぼよん。
ベルフェが落ちた先には、ふわりと浮かぶクッションのようなものが待ち構えていた。
まるで雲の塊が形を保ったままそこに“置かれている”かのようだ。
「な、なんですかそのクッション!?!?初めて見ましたよ!?!?」
『なんでもアリじゃな!?!?』
アラームも天音も驚愕している中、ベルフェは面倒くさそうに言った。
「……玄聖の最新作だ……重力操作型の式神……“モフ3号”」
『重力操作!?あの陰陽師、そんなヤバい機能どうやって……』
「……あのうるさい榊原が、なぜか宇宙物理学を延々と語ってたらしい……あれを聞いた玄聖が、“なるほど、こういう理層構造か” とか言ってな……」
瑠波は目をしばたたかせた。
「陰陽師って……そんなノリで宇宙理論取り込めるのかよ……?」
『彼奴らはとんでもないオーバーテクノロジーを生んどらんか……?』
モフ3号は、ベルフェの周りをくるりと飛び回りながら重力場をふにゃりと歪めて見せる。
「……ただし、重力操作は燃費が最悪だ。あれ一匹動かすだけで、下手すると数日分の魔力が消費する」
ベルフェがぼそりと愚痴る。
『つまり、切り札扱いということじゃな』
アラームが震えながら呟く。
引き続き探索を進めていく中、正解ルートを一番当てているのは瑠波だった。
「こういうのはな、“価値”の流れが分かるんだよ」
と得意げに言いながら道を進む。
逆に天音は“良さそうな方”を選んで外す。
ベルフェは適当に選んで外すが罠が効かない。
その光景に、天音は羨望と絶望の入り混じった目で言う。
「魔王様……ずるい……!」
「……知らん……」
そんなこんなで迷路を突破していく。
やがて。
「ここ……最奥っぽくないですか……?」
ベルフェたちの前には巨大な大扉が、静かに鎮座していた。
迷路の“核心”——ついに、最深部へ辿り着いたのだった。




