第41話:魔王、波音に誘われる
「海の観光地では今年も〇〇で賑わっております!こちらの——」
朝のテレビから流れる海の特集。
真っ青な海、白い砂浜、観光客の笑顔。
華やかな映像に、ひとりだけ画面へ釘付けになっている魔王がいた。
嫉妬の魔王レヴィアタン——通称アラーム。
水蛇の姿で床にとぐろを巻き、尻尾をパタパタ揺らしながら呟く。
『海……恋しいのう……久しぶりに行ってみたいのう……のう……?』
ちらっ……ちらちらっ……何度もこちらを見る。
完全に圧がすごい。
「海……?濡れる……だるい……絶対行かねぇ……」
『行きたいのじゃあああ!!後生じゃ!!妾を海へ連れていってほしいのじゃ!!』
必死に身をくねらせて懇願する水蛇。
しかし魔王ベルフェは枕を抱えたまま、露骨に無視を決め込む。
そこへ、聖女がずばっと割り込んだ。
「魔王様、アラームちゃんにいっぱい助けてもらったじゃないですか!恩返ししましょうよ!」
「…………」
その一言で、ベルフェの肩がわずかに下がった。
(そんなこと言われたら……行かないわけにはいかねぇだろ……)
仕方なく折れたという雰囲気が全身から滲み出ていた。
すかさず聖女が満面の笑みを浮かべて宣言する。
「せっかくなら沖縄行きましょう!昨日も温泉で一日休みましたが、有給が溜まりすぎて怒られまして……一週間、きっちり休めます!!」
「知らんがな……」
『やったのじゃ!!その“ゆうきゅう”とやらは分からんが、休むのは良いことじゃ!!』
こうして、半ば強制的に沖縄行きが決定した。
空港に着くと、レヴィアタンにとって初めての試練が待っていた。
「こちらのお連れ様——ええと……水蛇さんは……ペット枠にあたりますので、貨物室の扱いになりますね」
『妾を、ぺ、ペット扱いじゃと!?妾は魔王じゃぞ!!嫉妬の魔王じゃぞ!!』
「三時間くらいだ。我慢しとけ」
「が、頑張ってくださいアラームちゃん!!」
水蛇は箱に収められ、しゅんと肩(?)を落とした。
魔王の威厳はどこへ行ったのか。
到着後、さらに真実が知らされる。
「あ、言い忘れてましたが……ギルドの転移門なら沖縄まで一瞬で来れますよ」
『……………………は?』
「へぇ、世の中便利になったな……」
「ごめんアラームちゃん!ギルドの転移門って仕事扱いじゃないと申請が通らなくて……!」
『む……むぅ……ならば仕方ないのじゃ……妾は寛大じゃからの……!』
少しふくれつつも納得している。
「“魔王同行時の周辺環境確認”って名目でいいだろ」
「あ、それなら完全に公務扱いですね!申請通りそうです!」
ベルフェの合理的な判断が炸裂した瞬間である。
古代から生きる英雄の知恵は、現代社会の穴もよく見抜くようだ。
そして一行はついに沖縄へ到着した。
青い空。
蒼い海。
吹き抜ける潮風。
それらすべてが眩しく輝いていた。
『うおおおおお!!海じゃあああ!!』
「いやっっほおおおおお!!!!」
アラームは蛇体のまま海へ一直線。
水面を切り裂くように滑らかに泳ぎ、本来の“海の王”の姿を取り戻したかのようだった。
天音はすでに海へ駆け出し、透き通った波の中ではしゃぎ回っている。
どうやら、意外と泳ぎは得意らしい。
そしてベルフェはというと——
モフ2号が開く異空間からサマーベッド、パラソル、タオル、サングラスを取り出し、完全に海仕様で寝転がっていた。
「……魔王様、準備良すぎません?」
「なんで全部揃ってるんだ……?」
「モフ2号ってなんなんだ……?」
護衛と名目上の休暇を兼ねて同行していたハンターたちもざわつく。
ベルフェは寝転がったまま、サングラスをくいっと上げて呟いた。
「濡れるのは……だるいからな」
その一言で全て完結した。
「……魔王様、飲み物などいかがですか?」
「飲み物?」
「トロピカルジュースとか、さっぱりして美味しいですよ」
「ふーん。なら頼む」
差し出された南国ジュースを受け取り、サングラス、パラソル、サマーベッド、そして海の風。
楽園のような環境が完成したことに、ベルフェはわずかに口元を緩めた。
「……悪くねぇ」
その様子を見たハンターたちは納得したように頷きあう。
「あそこまで整えたなら、もうこだわりたくなりますよね分かります」
「魔王様、海でベッド持ってくるの草」
「いや寝るために来たんじゃないですかね……?」
どこもかしこも笑い声で包まれ、海は一行を温かく迎えていた。
——しかし。
その海の奥。観光客にも天音にもアラームにも、ましてやベルフェにも気づかれぬ深い場所で。
ゆっくりと、水が渦を巻いた。
ひとつ。ふたつ。
泡が海面へ浮かび上がる。
その下で、“強欲”の気配が目を覚ましつつあった。
誰も知らぬまま、新たな魔王の理が揺れ動き、海底の迷路が開こうとしていた——。




