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第35話:魔王、妖精核に触れる

 揺れる。地下都市の通路を、ベルフェたちはひたすら駆け抜けていた。


 先頭を行くのは、双刃鎌を構えた樹国トリーグニルの団長、グマンティ。

 

 その肩の上にはベルフェ(首元にアラームが巻いている)。

 さらにその後ろを、天音が続く。


『しかし……さっきのは少し意外じゃったのぅ』


 走りながら、アラームが尻尾をぷるぷる揺らす。


『お主はもっとこう……飛び回って斬り刻むイメージがあったのじゃが』


 その一言に、グマンティの耳がぴくりと動いた。


『……あまり飛ぶのは得意ではなくてな』


 小声だったが、はっきり聞こえた。


「えっ?」


 天音が目を丸くする。


『昔から高度を取るのは苦手なんだ。地上での斬撃と間合い取りに特化していて……翅は、ほとんど飾りのようなものだ』


 そう言って横を向くグマンティの耳先は、うっすら赤い。


『……恥を晒したな』

「いえ!なんというか……すごくギャップが……いえ、かっこいいです!!」


 天音は謎にテンションを上げていた。

 肩の上のベルフェは、特に何の感慨もなさそうに腕を組んでいる。


「……まぁ、飛べなくても地上で斬れるしな」

『フォローになっておらぬようでいて、微妙に合っておるような……』


 アラームが半眼になる。


 ◇


 その時だった。


 ——ガガガガガッ!!


 前方の壁が内側から抉れるように弾け飛び、黒い影がなだれ込んでくる。


『ギャギャギャッ!!』

『ギィィィィ!!』


 魔蝗だ。さきほどまでとは比べものにならない数。

 天井、壁、床。あらゆる隙間から溢れ出し、通路を埋め尽くしていく。


『数が……増えたのう……!』

「うわっ、近っ——!」


 グマンティはベルフェを担いだまま双刃鎌を構えようとして、ぴたりと動きを止めた。


『魔王殿を持ったままでは、まともに戦えないな……よし、聖女殿。替わってくれ!』

「へっ!?か、替わるって、まさか……!」


『あぁ、魔王殿の運搬をだ!』

「私がああああ!?この状況でですかあああ!?」


 抗議の叫びを上げる天音をよそに、ベルフェはいつも通りの無表情だった。


「……まぁ、どっちでもいいぞ」

『いや、そこは少しくらい抵抗するところじゃろ……!?』


 アラームが素でツッコむ。

 しかし——残念ながら天音は怪力スキル持ちである。


「も、もう……やりますよ!!ええ、やればいいんですよね!!」


 半泣きになりながら、ベルフェを——ひょいっ。

 両腕で抱え上げ、完璧な姫抱っこ の体勢に持っていった。


『おお……!これはいわゆる姫抱っこというやつでないか!』

「逆ぅぅぅぅぅ!!」


 自分で自分に叫ぶ天音。

 だが抱えられている本人はまったく動じていない。


「……安定してるな。素晴らしいぞ」

「褒めないでください今はぁぁぁ!!」


 そう言いながらもなぜか誇らしげに胸を張る天音と、されるがままの怠惰の魔王。

 どう見ても立場が逆である。


『そういう逞しさ、嫌いではないのじゃ。好ましいぞ、天音ちゃん』

「聖女としては複雑です……!」


 アラームのフォローにもなっているのかいないのか分からない声が飛ぶ中——


『道を開く。構えろ』


 グマンティが一歩前に出た。

 双刃鎌が、かすかに唸り、刃先に黒紫の光が宿った。


『——虚閃鎌ヴォイド・サイズ


 その名が、静かに告げられる。

 次の瞬間——音が、遅れてやってきた。


 空間に、目に見えない“線”が走る。

 魔蝗たちの胴体、翅、脚、顎。その全てに、一瞬で細い切断線が刻まれ——


 ズ……ッ。


『ギャ……?』

『ギギ——』


 音もなく、崩れ落ちた。


 正面だけではない。

 天井に張りついていた個体も、背後から迫っていた個体も、そもそも姿を現すより前に、すでに切られていた。


 アラームが目を剥く。


『は、速っ……!?なんじゃ今の……視認できなんだぞ!?』


 天音もベルフェを抱えたまま口を開けっぱなしにする。


「これ……範囲攻撃……?斬撃……?えっなに、何が起きてるんですか今!?」


 ベルフェは肩の上から、その光景をじっと眺めていた。


「……カマキリらしいな」

『誉めているのか、それは』

「悪くねぇって意味だ」


 グマンティの翅が、かすかに震えた。

 それは恐怖ではなく、武人としての昂ぶりだった。


『……ただし、虚閃鎌は多くは使えん。急ぐぞ、この先が世界樹の魔核がある中心部だ』

「了解ですぅぅ……!」


 天音はベルフェを抱えたまま、再び全力で駆け出した。


 ◇


 どれほど走っただろうか。


 通路はいつしか、むき出しの岩肌から、巨大な根に覆われた“樹の内部”のような景色へと変わっていた。


 壁も床も天井も、太い根と細い根が絡み合っている。

 その中心に——


「……あれが、核か」


 ベルフェが、天音の腕の中で呟いた。

 そこにあったのは、巨大な“実”のような球体だった。


 無数の根に絡め取られ、宙に吊られている。

 本来なら柔らかな光を放つはずのそれは、今はどす黒くくすみ、ところどころひび割れていた。


『……世界樹の、魔核……』


 グマンティの声が震える。


『以前は……美しく透き通った緑色だった。国が栄え、木々が揺れ、妖精たちが笑っていた頃は……』


 拳が、震えていた。


『この有様……まるで呪いだ』


 天音は、魔核をじっと見つめた。


「……たしかに。これは“呪い”です。魔蝗の魔力に、何か……もっと底の方から混じってる……」


 その“何か”には、ベルフェも覚えがあった。

 かつて、別の世界で見たことのある“悪意の質”。


 ——だが、それを口に出すには、まだ材料が足りない。


 ベルフェは代わりに、天音へ視線を向けた。


「……どうする」

「やってみたいことがあります」


 天音は前へ進み出た。


 先ほどまで震えていたその指先は、今はまっすぐ魔核へ向かって伸びている。怯えでも焦りでもない。

 ——そこにあったのは、確かな“覚悟”。


 光を宿したその横顔は、いつものドタバタした天音ではなく……まぎれもなく、ひとりの聖女だった。


 地下空間に、静かな決意だけが響いた。

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