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第33話:魔王、妖精王と相対す

 頭上では、無数の魔蝗が黒い雲のように旋回していた。

 その中心で——双禍の繭(バイス・コーン)が、生き物の心臓のように脈動している。


 規則的で、重たい鼓動。

 大地と空を同時に叩くような、不快な律動。


 ぐちゅり、と。


 腐れた花弁を無理やり引き裂くような音とともに、繭の外殻が崩れ落ちた。


『ヴォオオ……!!』


 呻きとも、吐息ともつかない音。


 そこから現れたのは——もはや、王と呼べる姿ではなかった。

 樹皮と肉が絡み合った巨体。


 距離は、まだある。

 だが——はっきりと、見える。


「……でかすぎませんか……」


 天音の声は、風に溶けるほど小さかった。


 空中で静止している即席の馬車。

 ベルフェはその縁に腰を掛けたまま、前方を見据えている。


 焦りも、緊張もない。

 あるのは、淡々とした観察だけだった。


「……なぁ」


 妖精騎士たちへ向けて、問いを投げる。


「この浮かせるスキル。離れても、効果は続くか?」

『距離にもよりますが……数分ほどなら、維持できます』

「……よし」


 ベルフェはそう言って、馬車を一瞥した。

 次の瞬間、指先を軽く弾く。


 無為鍛成アーク・フォージ


 軋む音を立てて、骨組みが悲鳴を上げる。

 屋根が削ぎ落とされ、側面が砕け、余分な部材が次々と分解されていき……


 残された部材が、空中で噛み合い、細長く、鋭い形状へと再構成されていく。


 ——その瞬間。足元の“床”が消えた。


「ぎゃーー!!落ちますぅううう!!」


 重力が主張するよりも早く、天音はベルフェへとしがみついていた。


「……そういや普通は飛べないんだったな」

「えっ!?魔王様、飛べるんですか!?!?」

『……人間は飛べないのじゃぞ?』


 いつのまにか首元に巻きついていたアラームが、呆れたように呟く。


「……動きづらいから、あんま暴れるな」

「無理です!!」


 再構成されたそれは、もはや馬車ではなかった。

 速度だけを目的とした、即席の飛行体。


「……様子見だ。囮にする」


 ベルフェの意図に気づいたワスプルが、飛行体を両手で掴む。


『了解しました、行きます!!』


 一瞬だけ、前方を見据え——

 投げられたそれは、紙飛行機のような軽さで空を裂いた。


 風を切る音。一直線に、妖精王だったものへ向かう——


 その途中でざわり、と空気が反転した。

 旋回していた巨体の魔蝗たちが、まるで意思を共有したかのように一斉に向きを変える。


 黒い影が重なり合い——そこにあったはずの“それ”は、跡形もなく消えていた。


 噛み砕く音すら、ない。

 破壊の余韻すら、残らない。


『……あ』


 ワスプルの声が、途中で止まる。

 天音は、息を吸うことすら忘れていた。


『……食い尽くされたのじゃ……』


 アラームの声は、乾ききっていた。


 そのとき。ぬるり、と。

 妖精王だったものの頭部が、わずかに傾く。


 複眼が重なり合い、焦点を結び——正確にベルフェたちの“位置”を捉えた。


「……なるほどな」


 ベルフェが低く呟くが、天音は、しがみついたまま悟る。


 ——あれに、乗ったままでいなくて良かった、と。


『ヴォォ……ッ』


 妖精王だったものの喉が、低く鳴った。


『……完全にこちらを“狙って”ます!』


 ワスプルが震える中、アラームが顔を青ざめる。


『あれは……まさかモフ1号と同じ“魔力探知”で察知しておる!』

「えっ……!?つまり魔力がある私たちを狙ってきてるってことですか!?」


 すると、ワスプルがさらに震え始めた。


『ちょ、ちょっと待ってください!!そうなると……!!以前、現世でモフ達が私を殴りかかったのも……魔力探知で“私の魔力に反応していた”ということですか!!?あれ……本当に怖かったんですよ!!!!』


「す、すごいトラウマになってる……!」

『あれは誰でもトラウマになるのじゃ……』


 妖精王はゆっくりと腕を持ち上げ、空気を震わせるほどの魔力を収束させた。

 ベルフェは小さく息を吐く。


「……なら、まず動きを止めるしかないか」


 天音が振り向く。


「ま、まさか……!」


 怠縛鎖チェインズ・オブ・スロース——あの玄聖ですら動きを止めた“魔王の権能”。

 天音は期待を込めた目で見つめる。


「これなら……!」


 しかし。その瞬間。

 地面から樹の根が爆ぜるように飛び出し、ベルフェの足元に絡みつこうと向かってきた。


 ズガァンッ!!


「……ちッ」


 樹皮に覆われた巨大な根は、まるで“樹国トリーグニルの世界樹”そのもののような硬度を持ち、ベルフェの魔力を阻害するように脈動していた。


『こ、これは……!世界樹の根!?』

「世界樹がどうして……!?」

『王は今や魔蝗の核でもある……世界樹も妖精王の一部かもしれん』


 ベルフェは舌打ちをし、根を振り払った。


「……面倒だな。鎖は……しばらく使えないか」


 ワスプルの顔に絶望が走る。


『そ、そんな……!!』


 ベルフェは片眉を上げて続けた。


「まぁ……世界樹も魔物だ。先に魔核を壊せばいいだろう」


 その瞬間だった。

 ベルフェが抱えていたもう1つのクッションが——ぴくっ、と動いた。


「……は?」


 次の瞬間、クッションからモフ1号がひょこっと顔を出した。


「いや、お前……両方ともモフだったのかよ……」

『ベルフェ……お主もそういうところあるのじゃな……』


 ベルフェでさえ地味にショックを受けているのを、アラームはなぜか感動していた。


 しかし、それはともかく。

 モフ1号はクッションの角をクイクイと“地面”へ指し示した。


「……下か?」


 モフ1号が力強く頷く。


 その合図で妖精騎士団が一斉に動いた。

 魔蝗と妖精王の攻撃を避けながら、モフ1号が示した位置へ“風魔法”を叩き込む。


『はッ!風裂斬ウィンド・スラッシュ!!』


 ズザァッ!!!!


 大穴が開き、地下へと続く暗闇が露わになった。


『地下……!?』


 咄嗟に地下へ入るとモフ1号がぽふんと跳ね、サイズを倍に膨らませて穴を完全に塞いだ。アラームが小声で叫ぶ。


『便利すぎじゃろ!?!?』

「……まぁ……玄聖だしな……」


 ベルフェも顔をしかめた。


 暗い階段を降りる。足音が静かに響く。

 周囲に広がるのは——古い地下都市。


 石で組まれた壁に色褪せたステンドグラス。

 崩れた噴水や、朽ちた街路。


 かつて栄えた文化の残骸が、闇の中へ沈んでいた。


『ここは……トリーグニルの“旧宮殿”……!まだ残っていたとは……!』


 ワスプルが震える声で呟いた瞬間——


 シャキィィィン!!


 周囲の闇から槍が突きつけられた。


『動くな!!!』

『魔蝗のやつらか!?』

 

 ワスプルが叫ぶ。


『待て!!味方だ!!』


 それを聞くと、槍の列が左右に割れた。

 現れたのは、カマキリの翅と鋭い眼光を持つ女性妖精。戦士としての気迫が凛と立っている。


『そなたは……フラワニルの団長ワスプルか。無事だったとはな』

『グマンティ団長……!』


 ——彼女は樹国トリーグニルの騎士団長。

 グマンティはベルフェを見据える。


『魔王よ。……ここにいるということは王を救うために来たのだな?』


 ベルフェは少しだけ肩を竦めた。


「救えるかどうかは……見てみないとわからん。ただ、やれることはやる」


 グマンティは深く頷いた。


『……ならば、この命、すべて預ける。フェガルドの未来は、そなたに託そう』


 深淵の戦いが、静かに幕を上げた。

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